番外924 傷痕と神殿と
そうして不在の際の体制作りや魔道具開発等、いつも通りの日常を続けている内に、リヴェイラの傷に関しての解析も終わった。いや、終わったというのは語弊があるか。
リヴェイラ――ランパスは迷宮核にもデータがなかったからな。結局ランパスという精霊種を解析した上でシミュレートする事になったわけだ。
どんな状況なら冥精にああしたダメージが残るのか。シミュレートでもなければできない実験だと言える。
リヴェイラ自身は勿論、みんなも傷痕や予後については気になっていると思うので、解析結果については腰を落ち着けてしっかり伝えておくべきだろうと、フォレスタニア城で話をする事になった。
「分かったことを色々伝えていこうと思う」
といった前置きをしつつお茶の用意が整うまで待つ。当人であるリヴェイラはと言えば、テーブルの上に置かれた小さなサイズのソファに座って、こちらを真剣な目で見て頷いていた。
セラフィナやアピラシアはサイズの合った家具類があると喜ぶので、俺も木魔法や土魔法で模型を作っているし、工房の職人の面々も折を見て端材からこういったものを楽しそうに作っている。
そんな事情からノウハウや下地があったという事もあり、城の一室には既にリヴェイラ用の家もあったりするのだ。リヴェイラが無事冥府に帰れる事になったらアピラシアの模型部屋に家ごと引っ越しという事になるので無駄にはなるまい。
リヴェイラには迷彩フィールドを展開する魔道具を装備してもらっているから、そこそこ行動の自由もある。
ただ――記憶が戻らないという事や不安定な立場もあって時折物憂げにしている様子だ。
やはり問題が解決していないので、それが気になってしまうのだろう。
俺達としてもなるべく気が紛れるように一緒に外出したり、みんなで一緒に楽器を奏でて歌ったりといった時間を設けている。
だがやはりしっかり冥府調査の仕事を進め、進捗や分かったことを伝える事がリヴェイラの不安を和らげる意味では重要だろう。
「まずは――リヴェイラの受けた傷についてだけれど……結界が壊れた時の衝撃やその余波を受けた時のものだとか、何らかの障壁みたいなものにぶつかった時に近いんじゃないかって迷宮核が結果を出してきた」
リヴェイラが墓所に出現した時からの魔力反応はウィズが記憶していて、高位精霊の下で回復して意識を取り戻すまでの状態変化を、データとして迷宮核に渡してある。
そのデータを元に様々なダメージからの回復過程等を試算し、迷宮核が解析した時のリヴェイラの状態と比較した、というわけだ。
「あの白い光が、そうなのかな」
俺の言葉を聞いたリヴェイラは少し眉根を寄せて目を閉じる。今の話を手掛かりに記憶を思い出そうとしているのだろう。
「結界破壊の余波、ね。確かに見せられた記憶の状況とも一致するかしら」
クラウディアが口元に手をやって思案しながら言った。
「どこかの拠点で何らかの設備が壊れたとか、何かの封印が壊れたとか……色々考えられるけれど、やはりまだはっきりとは断定できないわね」
「そうだね。それに状況と記憶に即してはいるけれどまだはっきりしてないところがあってね。迷宮核の試算に時間がかかったのは、一番近いのがそれというだけで、一致していないというか、まだ分からない部分があるんだ。多分、間違いのない結論を出すには前提となる何かの情報が足りてないんじゃないかと思う」
ローズマリーの言葉にそう答える。迷宮核の伝えてきた結果は、あくまで前提条件の中で最も近いダメージを残すならば、という条件でのものになる。
単純な障壁や衝撃との激突とは違って、あの白い光が特殊な術という事なのか。それとも巻き込まれないように退避させる術を使った者がいて、術式の干渉が思わぬ結果を生んでしまったとか。推測上でなら色々と考えられるが……サンプルが足りていない状況ではシミュレーションを続けるのは難しいな。
いずれにしても正確に分析するためには欠けているピースがあるのは間違いない。その事は、調査の時も念頭に置いておくべきだろう。
「そんなわけで、解析結果がはっきりしなかったのは、リヴェイラには申し訳ないって思ってる」
そう伝えると、リヴェイラは笑って首を横に振った。
「テオドール公は既に沢山の事をしてくれているであります。元々冥府の問題を解決するだけなら、こんなにも私に親切にして下さる必要はないはずであります。ですからテオドール公にも皆様にも……とても感謝しているでありますよ」
それは、理屈の上ではそうなのだろうが。何が起こったかはっきりすれば、そこから逆算して記憶を取り戻す方法を考える手立ても考えられた。中々、ままならないものだ。
とは言え、そんなリヴェイラの反応にみんなも気合を入れ直しているようだった。確かに、こうした反応をされてしまうと逆に力になりたいと思う、というのはあるな。
「うんっ。一緒に調査しようね。記憶がちゃんと戻る様に手伝うから……!」
ユイも拳を握って闘気を高めていたりする。そんなユイの様子にリヴェイラも魔力を高めて立ち上がる。
「ユイ殿……。はいっ! 私も頑張るであります……!」
そう言ってユイの手に自分の両手を重ねるリヴェイラである。二人のそんなやり取りにみんなも微笑ましそうな表情だ。
俺も目の前の仕事を一つ一つ確実に前に進めていくとしよう。
リヴェイラの傷だけでは冥府の状況の推測の手助けにはなっても状況を説明しきれない。いずれにしても現地調査はする予定だから、万全を期して臨めるよう力を尽くしていくのが俺のするべき事だと思う。
「わあ……」
「ああ……これは綺麗ですね」
転移の光が収まるとみんなから感動の声が漏れた。崖の上に立派な神殿があり、下を大きな大河が流れている。上流を見れば断崖の上から注がれる大きな滝があって、転移してきた場所と中央部の神殿からは虹が見えるように計算されて作られているわけだ。滝といっても景久の記憶を元にして――ナイアガラの滝やイグアスの滝、ラインの滝のような広い範囲で一斉に水が流れるような滝をイメージして構築してあるから中々に圧巻である。
遠景に映る景色は雄大な山岳や森だ。山岳の――雪と黒い山体のコントラスト、緑の森とそこから流れてくる川と滝の色。空にかかる大きな虹の美しさが印象的な場所で、空気も澄んでいる。
迷宮の新しい区画――冥府との双方向移動の為の設備であるのだが、外周部に映し出される景色や環境魔力も防衛戦力の強化や寓意の為にそれなりに重視する必要があったわけだな。
光を放つ猛禽の魔物ライトニングヴァルチャーが群れを成して飛んで行ったり……森からは光る角を持つ鹿の魔物プリズムディアーが顔を覗かせたりして――。川の中にもガラスのような質感のワニの魔物が泳いでいたりする。グラスダイルと呼ばれる魔物だな。
基本的に探索や資源採取を目的とした区画ではなく、光の属性を持つ様々な魔物が防衛する区画となっている。場を整えた事で光の精霊も沢山現れているな。良い傾向だ。
この区画の魔物達は管理者代行とその客である俺達に危害を加える事はないが、冥府からの招かれざる客であるとか、侵入者に対しては現段階でも排除しようと動くはずだ。
「神殿は――もう出来ているのですか?」
「うん。地下部分に闇属性の魔物もいるし、識別型の結界も多重展開してあるよ。俺達には属性問わず魔物は襲ってこないし、結界も作用しないけれどね」
首を傾げるアシュレイに答える。要するに許可のある者は出入り可能な結界というわけだ。まあ、折角景観も良い場所に仕上がったのだし、リヴェイラも区画を見て明るい表情になっている。このまま息抜きがてら、みんなで神殿部分を見てくるというのも悪くないだろう。