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160 サボテンとネズミと

 シーラが脇を通りかかるタイミングで突然動き出して攻撃を仕掛けてきたのは立ち並ぶサボテンの中の一本であった。宵闇の森にいるキラープラントと同じような手合いだ。ウォーキングカクタスという魔物である。


 サボテンの手足と形容するのもおかしな話だが、一旦振り被って、その両腕から針を飛ばしてくる。だがシーラはサボテンの襲撃を可能性の1つとして予想していたらしい。

 針の弾幕を範囲攻撃と捉え、大きく回避行動を取ると天井、壁へと足場を蹴って、ウォーキングカクタスを胴薙ぎにする。


 砂塵回廊は、砂漠にいるような魔物が多く出る区画なのだが、サボテンも生えている。ただの障害物と見せかけて、宵闇の森のように魔物が擬態していることもあるのだ。

 していることもある、というのが若干性質が悪い部分だ。


「やっぱり動きましたか」

「人っぽい形状のは、特に警戒してた」

「針を飛ばしてくるのも当たったわね」

「動くとしたら殴ってくるか、飛ばしてくるかでしょうからね」


 うん。それで正解だ。警戒度を高めていたから俺としても安心して見ていられた。


「頭の果実は食べられるからね」


 ウォーキングカクタスの剥ぎ取り部は、頭に相当する部分に髪飾りのようにくっついている派手なピンク色の果実である。


「サボテンの果実ですか?」

「ドラゴンフルーツって言うんだ」

「何だかすごい名前ですね」


 グレイスが楽しそうに笑う。

 まあ、果実でなく花が咲いていたり……何もない場合もあるのだが。果実がついていない奴は樹液で水分補給が可能なので、迷宮ではなく砂漠地帯に出没する野生種は歩くオアシスとか言われたりして重宝がられているそうだ。


 そういえば、野生種をテイムして観葉植物代わりにしているプレイヤーもいたっけな。花や果実がついているから女の子みたいで和むとか言っていたか。まあ、俺の家でもイビルウィードを栽培していたりするけどな。


 閑話休題。

 迷宮の奥から複数の魔物達がやってくる。どうやらサボテンによる奇襲を仕掛けて、他の魔物が襲い掛かる手筈になっていたようだ。


 敵の編成は――サボテン、蠍、それに今回の目当てであるファイアーラットもいる。

 蠍はアーマースコルピオ。見かけよりは俊敏で、ハサミに毒針、体当たりとそこそこに攻撃の種類が豊富だ。

 アーマーの名を冠する通り、外殻が強固で防御力が高い。……衝撃打法の試し打ちとしてはもってこいな相手だろうか。


「砂の中に巨大な生き物」

「鮫じゃない、と思う。芋虫みたいな」


 サンドワームか。大物だな。


「蠍は俺が相手をする。ネズミはなるべく、毛皮を傷付けないように倒してね」

「了解」


 皆が頷いてそれぞれの行動に移る。アシュレイとラヴィーネが周囲の砂ごと氷で固めて防御態勢を整えてしまう。安全地帯の形成というのは重要だ。いざとなったら氷壁をつくったり魔道具でディフェンスフィールドを展開したりと、かなり突破の難しい陣地に発展するわけである。


 さて――。俺の相手はアーマースコルピオだ。突貫すると数本のサボテン共が随伴してきた。このフォーメーションは――。


 蠍のハサミをウロボロスで受け流す。サボテン共はそこを狙うかのように針を雨あられと浴びせてきた。蠍の装甲には無意味な攻撃だからだろう。巻き込むのはお構いなしといったところだ。同時に蠍の毒針が頭上から迫る。

 ウロボロスの先端にシールドを展開。双方の攻撃を止めながら、シールド越しに衝撃打法を叩き込む。蠍の尾が不自然な形で弾き飛ばされた。


 シールドを展開したままで突っ込む。蠍の頭部に密着すると、顔面に向かって打撃を打ち込む。仰け反る。コンパクトなモーションからは想像できないダメージが通っているらしい。


 怯んだ隙に、風魔法を併用。蠍を掬い上げるように腹側を持ち上げ、竜杖に魔力を込める。

 杖の中ほどを握って腰だめに構えると、ウロボロスはその後の顛末に予想が付いたのか、嬉しそうに唸り声を上げた。


「飛べ」


 無造作に突き出した杖の先端が触れる。ウロボロスによって増幅された魔力が蠍の装甲を丸っきり無視して内部に衝撃を叩き込む。一挙動に逆端を振り切って弾き飛ばすと、蠍の巨体が後方に倒れ込んでいく。

 サボテン達が泡を食ったように両手を挙げて逃げようとするが、やや遅い。そのままひっくり返った蠍の巨体に押し潰された。

 

 ……使える。これは使える。動作が小さくて済むので非常に追撃しやすいというか。


 仲間達はどうかと言えば――。

 鼠の相手はイルムヒルトとラヴィーネらしい。ファイアーラットはバスケットボールほどの大きさの巨大ネズミだ。所謂トビネズミのフォルムをしていて、丸い身体に細長い脚を持っている。高く跳躍して火球を吐き出すという魔物である。


 天井はそれほど高くないので空を飛べるアドバンテージは屋外より低いのだろうが、そこはそれ。氷の鎧を纏ったラヴィーネが空中を疾駆し、ネズミを追い立ててイルムヒルトが矢で撃ち抜くという、非常に真っ当な狩猟を行っていた。


 なるほど。矢傷だけなら毛皮もあまり傷つかない。アシュレイの射撃とラヴィーネの牙で効率良く追い立てて、たまらず飛び上がったところを矢で射るという戦法で――見る間に鼠達の頭数が減っていく。


 サンドワームの相手はグレイスとシーラだ。巨体故のタフネスを誇り、砂嵐を起こしたり、砂の中から巨大な口で襲い掛かるという難敵ではあるのだが――。音を頼りに動いていると看破され、セラフィナによって偽の戦闘音で炙り出されてしまう。


「そこですか」


 後はもう一方的だ。グレイスの鎖で絡め取られて身動きを封じられ、力尽くで引き摺り出されたところを、空中を滑るシーラにやりたい放題刻まれまくる。

 何せシーラは移動の際に全く音がしないのだ。サンドワームには切りつけられるまで察知できていないようで。

 後は無茶苦茶に暴れて距離を取るしかないのだろうが、そこはグレイスの力で押さえつけられている。振りほどくことさえできない。暴れることで被害を受けるのは専ら周囲のサボテン達ばかりだ。


 そのうちにシーラへの対処を諦めたのか、サンドワームは引っ張られるグレイスの方へと突っ込もうとする。

 呆れたタフネスではあるが――それを読んでいたかのようにグレイスは鎖を解いて離脱する。迎え撃ったのは直上から馬ごと降ってきたデュラハンの大剣であった。馬で押し潰しながら大剣で串刺しにしてしまう。


 グレイスの今日のテーマは仲間のサポートであるらしい。なかなかの手応えを感じられるものだったらしく、マルレーンやシーラと視線を合わせて笑みを向け合っていた。




 鼠は一匹一匹が割とサイズが大きい。大部屋を見つけてアタックしまくれば、毛皮は全員分の外套を作ってもまだ余りが出るほどに溜まった。余剰も出たのでギルドに売りに行く。

 フカヒレにドラゴンフルーツなど、今日は珍味も手に入っている。サンドワームは……売るか。ファングワームもそうだが、現物を見てしまった後だとあんまり食欲をそそらないからな。


「今度は……もしかして砂塵回廊ですか? しかもこんなに持ち込むなんて……」


 余剰素材の山を見てヘザーは目を丸くした。


「炎熱城砦に挑むので、耐性装備用の素材を集めているところなんです」

「炎熱城砦とは……。もう何年も向かう人自体がいない場所ですね……。それでファイアーラットの毛皮を集めているわけですか」

「ですね」


 苦笑する。やっぱり炎熱城砦は敬遠されるか。仕方がないところはあるが。 


「大腐廃湖とか魔光水脈の水中の魔物とか……テオドールさん達は難易度の高いところを攻略してくれるので私達としては大助かりなんですけどね。怪我はしないようにしてくださいね」

「気を付けます」


 そんな会話を交わして素材の換金を終えてから、その足で工房へと向かう。ファイアーラットの毛皮をビオラに加工してもらうためだ。


「こんにちは、テオ君」

「ああ、テオドールさん、皆さん、こんにちは」

「ん。こんにちは」


 アルフレッドとビオラに挨拶をする。


「今日は――その毛皮ですか?」


 持ってきた毛皮を見て、ビオラは興味深そうに覗き込んできた。


「うん。ファイアーラットの毛皮なんだけどさ。これで外套を作ってほしいんだ」

「外套ですか。任せてください」


 彼女は自信ありげに笑みを浮かべる。フードを付けたり袖から手を出せるようにしたり。身体のあちこちを火炎から守りながら活動できるように、と細かな要望を伝えると、彼女は頷いた。

 鍛冶だけでなく縫製もできるあたり、彼女も大概万能である。


「イルムヒルトの分は足りるかな? 尾を全部覆える感じにしたいんだ」

「多分――この量なら間に合うのではないかと思いますが、大まかに採寸してみますね」


 採寸のために2人が隣の部屋へ向かった。


「ああ、テオ君。晩餐会の日取りも決まったよ。チェスターやメルセディアが良いところを見せるって張り切ってた」

「分かった。どんな風になるか、ちょっと楽しみだな」

「だねぇ。今年が初お目見えっていうのも多いし」


 空中戦装備が導入されたからな。試技がどうなるかにはなかなか興味がある。

 後は……今回、褒賞があるためにシーラとイルムヒルトも含めて全員参加の予定である。

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