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番外917 墓所と精霊

「ああ。キノコの香りと旨味が良く出ていて……何とも良い味ですね」


 キノコ汁を口にしたグレイスがほうと息を吐き、みんなも笑顔になる。


「美味しい……。香りも味も好きかも……」


 ユイはキノコの味に目を瞬かせていた。ハロルドとシンシアは森の幸は割と慣れているからか、ユイの反応に笑顔を見せている。


「ハロルドとシンシアがキノコを残しておいてくれたお陰だね」

「キノコの生育状態から見て、テオドール様達がいらっしゃる日が、丁度収穫の頃合いになるかなと思っていましたので」


 ハロルドがにっこりと笑う。俺達が来る日程は分かっているから、というわけだな。


「んー。身体が温まるわ……」

「結構たっぷり作ったからね。おかわりもあるよ」


 イルムヒルトとそんなやり取りを交わしつつ、和やかに食事を進める。

 ソテーやキノコ汁の他にも、果物をゼリーにして持ってきている。この辺もみんなにはウケが良いな。


 動物組も各々食事をして……ティールは早速湖を見ながらうずうずしている様子だった。


「遊んでくると良いよ」


 と伝えると、ティールは嬉しそうな声を上げて、こちらにフリッパーを振りつつ湖に向かっていく。リンドブルムやアルファ、ラヴィーネ達もそれに続いて湖に潜ったり水面を凍らせて滑ったりと食後の腹ごなしの運動をしているといった様子だ。


 コルリスとアンバーはたっぷり鉱石を食べたからか、日当たりの良い所で一緒に寝転がっていた。日向ぼっこするモグラというのもなんだが……きちんとした番になったからか、仲の良い事である。


 そうしてデザートを食べながらカップにお茶も注いで、イルムヒルトの奏でるリュートとセラフィナの歌声に耳を傾ける。暖かな日差し、色とりどりの花々に、懐かしさを感じる場の魔力と……ゆったりとした時間を過ごさせてもらう。木々に背中を預けると暖かさと満腹感から眠気を感じて欠伸が出てしまう。


「ふふ、いい天気だものね」


 と、クラウディアが俺の様子を見て小さく笑う。


「ああ。温かくて少し眠気があるかも」

「テオドール様がお昼寝するなら、私が周囲を見ておくね」


 ユイがそんな風に言ってくれて、みんなも笑顔で頷いていた。

 そう、だな。そういう事ならみんなの言葉に甘えさせてもらおうか。昨日の夜、我儘を言ってくれても嬉しいというような話をしてくれていたし。カドケウスやバロール、ウィズもいるし、念のために魔力を広げて探知の網を展開しておけば何かあっても問題あるまい。


 そうして日差しとみんなの楽しそうな声に身を任せて目を閉じると、俺の意識も急速に夢の中に落ちていくのであった。




 そっと誰かが隣に腰を降ろし……髪を撫でられるような感覚があって。夢を見ているのか。懐かしいような心が落ち着くような。そんな魔力波長を感じた。他の誰とも違う。


 母さんかも知れない……と思うと、それに応えるように髪の撫で方が変わる。

 だとしても、人の魂というのはそう簡単に現世に干渉できないものだ。目を開ければ夢が覚めて感知できなくなってしまうような気がして、そのままに任せる。もしかしたら夢を見ているだけ、かも知れないけれど。


 そうして半分眠っているような、起きているような微睡みの中にいたが――。

 ふと、場の魔力に変化が起こった事に気付く。ぼんやりとした精霊のような魔力が広がり、その場に何かが出現してきたのだ。

 隣に腰かけた誰かも少し驚いたようで、そちらを見ているような気配があった。出現した何かに嫌な感じはしないが、これ、は――?


「……っと」


 目を開いて上体を起こすと隣にいた気配が周囲に紛れて感知できなくなってしまう。やはり、母さんは目を覚ますと感じ取れなくなってしまうようだが。と、妖精のような何かが、ふらふらと花畑の上に落ちていくところが見えた。


「何かいきなり出てきたみたい。あれは――?」


 ユイが驚いたように薙刀を構えて言う。


「分からない。今この場に出現した感じがするけれど」


 デュラハンやガシャドクロがすぐに近寄って……デュラハンが妖精のような何かを、掬い上げるようにそっと手の上に持ち上げた。ああ。どこかで感じた魔力波長だと思ったが……デュラハンやガシャドクロに少し似ている所があるのだ。二人程の強さは感じないが。


 妖精のような大きさで、少女の姿をしているが……見た目は結構違うな。手足は光沢のある黒い鱗に包まれており、蛇の尻尾が生えていて。妖精というよりは小悪魔のようにも見える……。どうやら大分弱っているようで、苦しそうに目を閉じて大きく息をついていた。


「魔力波長を合わせれば、治療もできるかな」


 そう言うとデュラハンは頷いて、俺にその子を預けてくれた。ウロボロスで魔力波長を合わせて力を送り込んでいくと……苦悶の表情が幾分か和らいだようだ。まだ弱っている事には変わりないが……。


「知ってる相手?」


 デュラハンに尋ねると少し思案するような仕草を見せた。

 マルレーンが胸に手を当てて頷き、通信機に文字入力してデュラハンの意思を翻訳して教えてくれたが、ランパスと言われる精霊で……個体としては知らないが種族としては知っている、との事だ。


 ランパス――冥府の精霊か。デュラハン達の故郷とでも言うべき場所から来た、という事だ。デュラハンが時々冥府に魂を導いていたり、死者の魂と幾度か交流を持ったりしているので冥府が存在する、というのは分かっていた事ではある。


 並行世界や魔界とはまた別の原理で隣り合う世界。

 死を通して向かい、生を通して去る場所。割と人々の死生観によって影響を受けるらしく、世界そのものが精霊のような性質を持つ幽界である……等と言われている。


 精霊に近しいというのは自然に近しいという事で、魂が還り、また生まれてくるまでに備える場所であるというのなら性質としても納得のいく話ではあるかな。


「どうして冥府の精霊が?」


 と、ローズマリーが首を傾げる。

 デュラハンはその質問に、首を横に振った。弱っている理由は分からない、という事らしい。デュラハン達も……召喚獣としてこちらに居つくようになったから、冥府の情勢にも疎いところはある。


 ただ――この場所が墓所である事や自分達がいる事等から、現世側に渡ってくる際に無意識にか、或いは強い力に向かって引き寄せられるようにして流れてきたという事は有り得る、と。そんな風にデュラハンは推測していた。なるほどな。冥府の住人としても、相性の良い場所でもなければ自由に行き来できるわけでもないらしい。


 なるほどな……。とりあえず、夢の中で感知していた母さんの動きや反応からすると、この一件とは無関係という感じがするので、そこは安心だ。

 ただ、この精霊がトラブルに巻き込まれていて、何かが追いかけてくる可能性というのは否定できない。隠蔽フィールドを施して、魔法的な追跡をできないようにした後で、シーカーを一体配置し、結界で覆って母さんの墓所の防衛をしておくとしよう。


 後は……ランパスの意識が戻るのを待って話を聞くべきなのだろうが……。


「ここは予定通りに行動した方が良いかも知れないね。フォレスタニアに行けば、ティエーラ達の力も借りられるし、精霊なら弱っているとしても早めに元気になるかも知れない。デュラハン達も……状況が分からないから今はまだ冥府側に戻るのも控えた方が良いね」


 そう言うとみんなも真剣な表情で頷く。今の状況だと非戦闘員も多いからな。行動は早い方が良い。

 それから――母さんの墓前に向かい合い、黙祷を捧げる。

 少し慌ただしくなってしまったけれど、と、想いを込めると、温かな気配が頬を撫でるようにして通り過ぎていった。

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