番外915 墓参りと散策と
「これで完璧ね」
「うんっ。綺麗になった」
程無くして母さんの家の掃除も一段落する。フローリアが満足そうに頷くと、セラフィナも隣で空を飛びつつ、腰に手を当てて同意していた。
墓所についてはハロルドとシンシアが綺麗に保ってくれているそうだ。そちらについては少しのんびりしたら挨拶と手入れを兼ねて様子を見てくるとしよう。
「お茶の用意をしますね」
と、アシュレイが水魔法で水を精製してお茶を淹れてくれた。そのまま縫い物をしたり本を読んだりとみんなと共に腰を落ち着けつつ、居間で談笑する。
「赤ちゃん用の肌着も大分出来上がって来たね」
「人数分と換えはしっかり確保できましたからね」
俺の言葉にグレイスは頷いて答える。ローズマリーが魔法の鞄から出した作製途中の肌着や布おむつ、それに外出用のツナギ……カバーオールもみんなで手分けして縫ったりしているわけだ。
「それにしても……この服は暖かくて動きやすそうで良い感じですね」
グレイスが出来あがり間近のカバーオールの袖を伸ばすようにして見やってから微笑む。
カバーオールは防寒が出来ると共に手足の動きを阻害せず、比較的着せ替えもしやすい。
元が飛行服というルーツがあるだけにルーンガルドには近しい物がなかったのだが……みんなから地球側のベビー用品について聞かれた折に幻術を交えて「こんな服もあるね」と、話をしたところ「良さそうだから手作りしてみよう」という事で、みんなも盛り上がっていたのだ。
「袖の部分は……こんな所かしら」
「ん。いい感じ」
ローズマリーがカバーオールの袖を見ながら言うとシーラもうんうんと頷く。あまり縫い物は得意ではないと言っていたローズマリーとシーラであるが、ローズマリーは元々警備の人形を自作していたし、シーラは言わずもがなという感じで、二人とも手先が器用だ。子供達の肌着などを自分で作るという事で結構意欲的に作っている様子であった。
出産の予定日が冬から春にかけてと言う……まだ肌寒い時期だろうという予想もあって外出用に中綿がたっぷり入った温かそうなカバーオールだ。みんなで手分けしつつ無理しない程度の作業量で日々作製中なのである。
少し母さんの家でのんびりしてから墓所へと移動する。フロートポッドにしても大型のものは降ろすにはややスペースが足りない気がしたので、大型フロートポッドに接続して持ってきていた個人用のものに乗り込んで、森の中を移動する事となった。紅葉で色付いた森の中をゆっくりと移動する。
「あ、キノコも生えてるね」
森の中を見回していたユイが嬉しそうに言った。母さんやグレイスと一緒に暮らしていた頃の記憶であるとか、前にこの森でみんなと一緒にキノコ狩りをした時の事とか、そういった記憶も対話の中で伝えているからな。
ユイにしてみると、この森の秋の記憶として印象に残っているのかも知れない。赤くて艶やかな目立つキノコだ。
「あれはタマゴタケだね。明日天気が良かったら、花畑の近くに敷布を敷いたりして森の食材を集めて食事でもしようか」
花畑は少し開けていて日当たりも良いからな。端の方なら花を潰したりせずに敷布を敷ける、暖かい場所もあるだろう。明日は誕生日という事で、今日の内にみんなでしっかり墓参りして母さんに挨拶をするとしよう。
「リサ様も喜びそうですね」
俺の提案を受けてアシュレイも微笑む。そういう賑やかさも母さんは好きだからな。
やがて森の中から開けた花畑に出る。母さんのお墓の周りには色とりどりの花が咲いており、相変わらずこの時期は綺麗だ。ユイも「ああ、これが……」と声を上げ、花畑の様子に目を奪われているらしかった。
「ただいま、母さん」
と、まずは帰ってきた事を報告する。目を閉じて黙祷を捧げていると、ふわりと柔らかな風に包まれ……その風が通り抜けていくような感覚があった。
「この場所に来ると――相変わらず温かいような雰囲気になるわ」
クラウディアが穏やかに微笑むとみんなも場の雰囲気を感じ取るかのように目を閉じる。そうだな。きっと母さんが歓迎してくれているのだろう。
ハロルドとシンシアはいつも通りきっちり仕事をしてくれているようで手入れが行き届いていて綺麗なものである。持ってきた布で改めて墓石やその周りを拭いたり、風で飛んできた枯葉を除けたりして。ドクロの小さな人形も相変わらずだ。
そうして、みんなも順番に母さんに挨拶をしていく。
「ただいま戻りました、リサ様」
「えっと……テオドール君との子供もできたって報告しないとね」
「冬の終わりから春先にかけてで、みんな少しずつ時期は違うけれど、私達も子供達もみんな元気です」
グレイスが穏やかな表情で黙祷を捧げ、イルムヒルトとステファニアも母さんの墓前に報告する。
「出産予定日は――早くても命日よりは後になってしまうようですが」
「でも、みんなの体調がよければ、生まれてから改めて顔を出すかも」
エレナの補足説明に合わせるように俺も言葉を付け加える。
祈りの影響か母さんからの反応か、場の魔力も活性化しているようだ。ユイとオウギも一緒に目を閉じて墓前に手を合わせる。
「初めましてリサ様。ユイと言います」
「ユイ様の補佐役の、オウギと申します」
と、二人で揃って墓前に手を合わせて祈りを捧げる。動物組、魔法生物組も母さんの墓前に挨拶と祈りを捧げていった。
母さんへの挨拶が終わったところで花畑の周囲を見ていく。マルレーンが良さそうな場所を見つけたのか、こちらに向かって笑顔で手を振ってくる。
「ここなら日当たりも良いね」
「そこの木の間なら、敷布も広げられそう」
カルセドネとシトリアがにこにこしながら言った。
木々の向こうを見れば湖も見える位置だし……うん。中々悪くない。
「みんなの体調はどう?」
問題がなければ少し森の中を散策してみようと提案すると、「フロートポッドに乗っているし今日は暖かいから大丈夫」とか、「ん。体調は良い」と返答がある。
そんなわけでみんなと一緒に森の中を散策する。その最中に山菜やキノコを集めたりして、明日に向けての食材集めをしておく。
食材集めが長引きそうならグレイス達には先に戻って貰ってもいいだろう。ティアーズとシーカー、ハイダーもキノコ探しを手伝ってくれているし、食材集めといってもみんなはフロートポッドに乗って移動している気軽さもある。
「キノコでしたら、近くに群生しているところを見かけましたよ」
そう思っていたら、ハロルドがそんな風に教えてくれた。俺達が訪問してくるという事でキノコの群生しているポイントも探しておいてくれたらしい。それは有難い話だ。ハロルドとシンシアにもしっかりとキノコ料理を楽しんでもらおう。
そうして案内を受けてキノコや山菜、木の実や果実を回収してから母さんの家に戻る。キノコは明日の料理に使うという事で、今晩の料理は俺が作る予定だ。
収穫の方はと言えば……首尾も上々といったところだ。コルリスもアンバーも匂いでキノコを探すのは得意なようで、トリュフやポルチーニ、マツタケといった結構な高級食材も集めてくる事ができた。ソテーにしたり、色んな野菜と一緒に煮込んでキノコ汁にしても美味だろう。鮮度を落とさないように発酵魔法で状態を採取した時から劣化しないように留めておく。
ローズマリーも魔法の鞄から楽器を出して……イルムヒルトやクラウディアがユイに楽器の演奏を教えたりしていた。リュートや横笛、二胡や魔力キーボードなど色々持ってきているのだ。
「趣味があると……いい。楽しい……」
と、シグリッタが言って、カルセドネとシトリアもうんうんと頷いて、ユイに何かしらの趣味を勧めていたからな。
シグリッタは言うまでもなくというか、絵画が趣味だし、カルセドネとシトリアもそれに倣って編み物をしたりシグリッタに絵を習ったり、楽器演奏を覚えたりと色々楽しんでいるのだ。ユイも「確かに」とそれに倣う事にしたらしく、色々積極的に趣味を嗜む事にしたらしい。