番外906 陰陽術の力も借りて
「こんにちは」
「ええ、こんにちは」
やがて通信機で連絡があった通り、ユラとイチエモンがやってくる。というわけでみんなの待っているサロンへと案内した。
顔を見せた二人とみんなが挨拶を交わす。
「ユラ様……! イチエモンさん……!」
「こんにちは、ユイ」
「ユイ殿も元気そうで何よりでござる」
ユイも嬉しそうな反応を見せてユラもにこにことそれに応じる。早速クレアがお茶を運んできてくれて、そうして腰を落ち着けた所でユラが口を開く。
「では、早速ではありますが見ていきましょうか」
ユラがそう言うと、イチエモンが背負っていた唐草模様の風呂敷を机の上に置いて、包みを解く。風呂敷の中から桐の箱が出てきて――蓋を開けると、その中に白い金属塊があった。靄が立っていて強い魔力を感じる事から……普通の金属ではない事が一見して分かるが。
「私達の祖神が悪龍を屠った際に、その身の内から出た金属……と、文献では伝えられておりますね。その金属は宝剣となりましたが……同時にその金属の精製法を、祖先が何代もかけて作り上げた、という話です」
……それはまた。草薙の剣に似たエピソードを持つ金属だな。ユラによれば、白い靄――雲気を宿している事からムラクモノカネと言うらしい。
「宝剣の他に素材がある、という事は……精製法も確立した、という事ですか?」
「そうですね。まずある地方から産出する鉱石から精製した金属が必要で、同じ地方に祀られている龍神に奉じて、長い年月をかけてその霊力を注いでもらうのだと」
「これは些か専門的な――陰陽術の話になってしまうのでござるが、相生を利用したもの、とヨウキ陛下は仰っていたでござるよ。相生というのは異なる気を生み出していくものとされ――土気は金気を生み、金気は水気を生むといった具合でござる。故に……水気を宿した武器ならば、木気とされる鬼の力を強く引き出す事ができる、と陛下はお考えのようでござるな」
ユラとイチエモンがそんな風に説明してくれる。
なるほどな……。ヨウキ帝も性質等を色々考えてこの金属を選んでくれたわけだ。意味を与えて物品を配置し、陰陽術や仙術で力を引き出す、というわけだな。
寓意に基づいて配置するだけでは気休めやおまじない程度にしかならないが、然るべき者がきちんと手順を踏めば強い力を発揮する。
「一方で五行には相剋というものもあって、金気は木気に勝つ相剋の関係ですが、その金は火には弱いのです。木は火を生みだす相生の関係なので――そうやって流れを構築して操作してやれば、相性の悪い力に対抗する力も引き出す事ができるようになる、というわけですね」
「そして、宝剣にも使われている金属でもあるので、武器としても優秀、というわけですか」
俺が言うとユラはにっこり微笑んで頷いた。
ともあれ、ヨウキ帝の見立ては正しいようで箱に収められた金属塊にユイが手を翳すと――確かに、その力が増しているようだ。
「本当だ。陰陽術の魔力の使い方で……私の力を増幅してくれるみたい」
そう言って手を握ったり開いたりして頷くユイである。
「いやあ、これは凄いですね……! 宝剣の伝説は聞いた事がありますが……まさかその金属の実物にお目にかかれるとは……!」
と、コマチは些か興奮気味である。
金属を精製する方法があるとしても、聞いている感じでは長い時間がかかる貴重なものだ。準備していたのではなく何かの折に活用する為にと伝えてきた物だろう。
「こんな貴重な物を用立てて頂いたというのは、ありがたいお話ですね」
「ヨウキ陛下にも、ちゃんとお礼を言いにいかなきゃ……」
俺の言葉にユイも真面目な表情になって言う。
「ジオグランタ様の守護や魔界の安定は、私達の暮らすルーンガルドの平穏にも繋がるお話でもありますから、ユイさんを応援しているとの事です」
そんな反応に、ユラは穏やかに笑みを浮かべていた。
「それにしても水の属性を宿した金属、ですか。炉に入れて普通に鍛えて、大丈夫なんでしょうか?」
ビオラが首を傾げると、ユラが疑問に答えた。
「水気を宿していますが金属でもありますから。金属が火に溶ける様を水に喩えて、金気が水を生むという見立てもあり……そういう方向で力を誘導してやれば、炉に入れて鍛える事でより水気を洗練する事ができるし、合金化の邪魔にもならないとヨウキ陛下は仰っていました」
炉に少しだけ陰陽術によって下準備をしておけば、問題なく鍛えられるとの事らしい。
「その為の手順も学んで参りました」
「そこも織り込み済みというわけですか」
にっこりと微笑んで言うユラの返答にエルハーム姫が感心したというように頷く。
「――軽量型の神珍鉄との合金化も見越しているわけね」
「柄と揃えるのなら、やはり合金にした方が良いというわけですね」
ローズマリーが思案しながら言うと、グレイスが目を閉じて頷く。合金化した方が重量バランスも良くなるだろうしな。ヨウキ帝が刃の素材を提供してくれるというので神珍鉄と合金化するかも知れないという話は伝えてあるが、その辺もヨウキ帝は承知の上というわけだな。
「金属同士の相性や最適な比率については――迷宮核で分析してこようか。少しだけこの場から金属を借りて行ってもいいかな?」
「勿論です。その間に下準備を進めておきましょう」
というわけでユラの許可を得て、早速二つの金属の相性を分析する為にクラウディアと共に迷宮核に飛んだ。俺達が戻るまでの間にユラ達が工房で準備を進めてくれるだろう。
そうして分析を進めてみたが、合金化した際のシミュレーションで強度等の相性を調べただけなので比較的早く済んだ。
変形する金属を水気と見立てることができるので、五行の相生、相剋の概念もシミュレーションに折りこんで当てはめれば……相性が悪くないどころか、かなり良いと言うのが分かった。
時間的にも余裕があるので、ついでにその他、微小な素材を合金に加える事で武器としての強度が上げられないかを調べておく。良い比率の組み合わせが見つかれば、後はユイの薙刀の大きさに合わせた量だけ、素材を精製してもらうというわけだな。
本来なら何度も試作を繰り返さなければいけない過程も迷宮核ならあっという間に色んな組み合わせでの配合比を試算できるというのがありがたい話だ。
そうして得られたデータを元に素材を生成し、みんなが待つ工房へと向かったのであった。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「ん。お帰り」
工房に到着すると既に作業は進んでいて、俺達の姿を認めるとみんなが微笑んで迎えてくれた。
「相性はどうでしたか?」
エレナが尋ねて来たので、俺も笑みを返して結果を伝える。
「悪くない……というか、大分良いね。刃の部分も武器として強度を上げられると思う。他の素材も混ぜて、より性能の上がる配合比も調べてきた」
そう言って二つの金属と更に配合する微量の素材を見せるとエルハーム姫がうんうんと頷く。
「素材が希少でやり直しが効かないですからね」
そうだな。最適な配合比は素材や用途によってその都度変わってくるが……今回はユイの戦い方等に合わせたつもりだ。
「炉の方はどうなったかな?」
「いやあ、それが凄いんですよ。五行を応用すれば炉の火力も増強できるらしくて……!」
「通常の鍛冶仕事の仕上がりにも恩恵がありそうで、みんなで喜んでいたところなんです……!」
炉の進捗について尋ねると、テンションが高めのコマチやビオラからそんな返答があった。そんなコマチ達の様子に、マルレーンとユイは揃ってにこにことしている。なるほどな。職人の面々のテンションが上がるのも分かろうというものだ。