番外905 鬼の得物は
そうして、その日からユイのラストガーディアンを目指しての修業が始まったのであった。俺との修業は杖術の基本を教え、それを薙刀にも応用したりといった具合だな。
型というほどのものではないが、状況ごとの返し技であるとか、持つ場所を変えて武器自体の使い方を変えたりとか、薙刀を基本形としてどんな状況、武器でも打ち合えるように色々想定して訓練を行う。
薙刀で斬撃を見舞う際は正しく刃筋を立てなければならないが、戦いの中でのその調整をユイは得意としている。実際に相手をして見て分かったが……相手の動きを魔力反応でいち早く察知して、どんな角度、体勢からでも刃筋を合わせてくるので、この辺は心配いらないだろう。
先端に膨大な闘気を纏わせて槍以上の強烈な刺突を繰り出す事もできるし、ユイに限っては薙刀の弱点を晒す、という事はないのではないだろうか。
ただ、ソナーのような魔力感知は確かに強力だが……頼り過ぎても良くないという事は早めに知っておいた方が良い。
放射された魔力を減衰させたり、魔力波長を合わせた偽装反射をしたりといった対策を訓練の中で見せて、そうされた場合の察知の仕方や対応の仕方も調べていく。
「反射が減衰して抜けた中心に相手がいるとか、放射する魔力に、その都度干渉して属性を乗せる事で相手の偽装反射そのものをさせないとか……反射の失敗を誘発したり、戻ってきた時の違和感で見破る、なんてのが対策や予防になるかな。魔力感知自体の方法はかなり良いと思うから、応用の手を持っておくといいね」
「凄いなあ……。うんっ、返された時の対策も考える」
感知対策の対策として具体的な方法を実践して示すと、ユイは目を見開いて驚いたような表情をしながらこくこくと首を縦に振っていた。
というより魔力感知を察してその場で対策できる相手というのは、警戒すべき技量を持っていると見て間違いない。実際、ガルディニスやオズグリーヴなら同じような対策を実行できるだけの技量があるのではないだろうか。
ユイの訓練は俺が相手というばかりでなく、ヴィンクルやヘルヴォルテ達ガーディアン仲間や、シオン達、カルセドネとシトリアといった面々もユイの相手になってくれる。通常の訓練だけでなく空中機動に慣れる為に追いかけっこをしたり。
ヘルヴォルテやカルセドネとシトリアの転移術であるとか、シオン達の息のあった連係であるとか……対応するユイとしても一筋縄ではいかず、そうした訓練内容を見ているとお互いの動きが良くなっているのが分かった。
何をやるにしても意欲的で楽しそうなのでユイにとっては勿論、みんなにとっても良い刺激や勉強になっているようで何よりだ。
仙術や陰陽術、通力に関しての座学や修業もしっかりと行っており、瞑想して気を整えたり、習作として護符を書いたりといった姿も見受けられる。
「護符に関しては民間にとっては結構重要な修業でな」
とレイメイが教えてくれた。
魔力を込めて符を書く事そのものが制御や出力操作の修業になるらしいが……その為に見習いが習作の護符を量産しても、師匠である仙人や道士にとっては使い道に困るものであるらしい。
そこで師匠から「実用に堪える」という評価が貰えた護符は民間に流通させる事が許されているそうな。妖魔に対しての魔除けやお守りというわけだな。流派によって販売したり、食材を分けてもらったりというのはまちまちだが、いずれにしても修業生活を支える一助とする事があるそうで。
「あ。陰陽術でも符術の修業が目的としている内容は同じですね。幻惑の術を使ったり特定の属性を増幅したり減衰させたりと、少し得意とする術の分野が違うようですが」
というのはユラの言葉だ。仙道も陰陽道も符術があるが、内容を細かく見ていくと結構変わってくるようだな。
「符術は封印術にも応用が利きそうな気がするね」
「研究のし甲斐がありそうですね」
俺の言葉にシャルロッテは真剣な表情で頷いていた。
元々みんなとの戦闘訓練やシャルロッテの封印術の訓練は日常だったからな。そこにユイの修業も加わっているというわけだ。
シャルロッテの封印の巫女としての修業については……最近ではシーリングマジックによる魔法封じや、身体能力を制限してしまう術だとか、俺が実戦で使っている封印術も行使できるようになっているシャルロッテである。
さてさて。そんな調子でユイの修業や座学も日常として馴染んで日々も過ぎて行き……季節は秋。段々と植物の葉も色付き始めた頃合いだ。
ユイが使用する武器の種類も本格的に決まり、使いやすいと感じる武器の大きさやバランス等も訓練を通して分かってきたので、実際に薙刀を作っていこうという事でフォレスタニア城にて、工房の面々と打ち合わせをしているところである。
グレイスの斧に使われている神珍鉄を迷宮核が分析し、新しい金属素材を構築してくれている。新しい金属素材は神珍鉄よりも軽くなっていて、それを柄として使うわけだ。
ユイは鬼なので闘気や腕力にも優れるが……それを前面に出すよりも技量を以って戦う事を好んでいるからな。伸縮自在でありながら細かな技が使えるようにした、というわけだな。
まあ……グレイスやユイにとって「軽い」というだけで、他の面々が使うには十分重い武器であったりするのだけれど。それはそれで鹵獲される心配も少なくなって安心ではあるが、更に仕上げの際に契約魔法を行使してユイ専用の武器に仕立てようと考えているところである。
「いやあ、面白そうな金属だねえ」
アルバートは迷宮核で構築した金属の延べ棒を見て感想を漏らす。色は通常の鉄よりも黒っぽい。
「まあ……ラストガーディアン用の装備だし、そもそも普通の人には重くて使いこなせないから一般流通はできないけれどね。性質としては――こんな感じかな」
レビテーションをかけて持ちながら延べ棒に魔力を流し込み、意思を込めてその場から動かずに刺突を見舞うと、凄まじい速度で伸びて遠くに置かれた木の的を打ち抜く。引き戻して再度振るえば、鞭のようにしなって隣の的に絡みつき、そのまま縮める事で的を手元まで引き戻してくる。その光景に「おおー」とみんなから歓声が漏れた。
「凄い……!」
「ん。楽しい」
ユイが声を上げ、シーラもにこにことしたマルレーンと共に拍手を送ってくれた。
「軽量化で性質が少し変化すると仰っていましたが、こういう事ですか」
グレイスが感心したように言う。グレイスは神珍鉄を組み込んだ武器を使っているから、性質についてはよく分かるようだ。
「そうだね。巨大化についてはそこまででもないけれど……今見せた通り、伸縮と変形については強化されてる。後は――ここから基本の形を決めて、強度を上げるために鍛えてから制御用の術式を組み込んでやる必要がある」
「なるほどね」
アルバートが頷き、ビオラ、エルハーム姫、コマチといった職人の面々は興味津々といった様子だ。
熱して鍛える事で強度が増強し、基本の形も定まる。その辺の加工を迷宮核任せにできないのは……武器を仕上げるまでの工程に人の意思が込められる事で魔力的に強化されるからだ。そして、金属加工となれば職人の出番というわけだな。
術式を組み込むのは――柄と刃の接合部まで何かのはずみで変形されたら困るからで、その際契約魔法や自動修復等の術式も一緒に施す予定ではある。
柄を短くする事で閉所においては刀として使い、広い場所ならば逆に更に間合いを伸ばしたり、鞭のように変形させたりと……完成すれば相当に変幻自在な武器になりそうな予感だ。
「柄に関してはこれ以上の素材は無さそうね」
「刃の部分はまた別の金属という話でしたが……」
ローズマリーが頷き、アシュレイが首を傾げる。
「刃については――ヨウキ帝が任せてくれって言っていたからね。それを使うつもりでいる」
今日ユラとイチエモンがそれを持ってきてくれるという話だ。ヒタカの宝剣にも使われているらしく……中々に楽しみだな。