番外904 ラストガーディアンを目指して
そんなわけで仙術の基礎と妖怪の通力についてユイはゲンライ、レイメイの二人から学べる事となった。船着き場にテーブルを出してそこに腰を落ち着けると、使用人がお茶を運んできてくれる。
「修業については……問題がなければ儂らの方からこっちに通って来る事にしようと話していたのだが、どうかの?」
「それは――助かりますが、お手間をかけてしまうのでは?」
「何の。転移港もあるし、ホウ国の状況も落ち着いて、見守っていても大丈夫な所に来ておるからのう」
ゲンライが顎に手をやって笑う。
「シュンカイは真面目で根を詰めそうだから、息抜きに連れ出すには良い口実にもなりそうだしな」
「くっく、それもあるかも知れんな」
レイメイの言葉にゲンライが楽しそうに肩を震わせる。そうやって冗談めかして笑えるというのは、逆にシュンカイ帝は心配ないという事の証左でもあるか。ホウ国は戦乱が長かったし妖魔もいるので、ショウエンが倒れてからは皆安定に協力的、という話だ。厭戦の機運というか、治世を皆が待っていたという事なのだろう。特に……シュンカイ帝は即位の時が瑞獣まで姿を顕して派手だったからな。
地方から徴兵されてきた者達も多かっただろうし、ホウ国の津々浦々までシュンカイ帝の評判は知れ渡っているとの事らしい。
ともあれ、そんな二人のやり取りに改めてユイと共にお礼を言うと、二人は「何の」と笑っていた。
「まあ、テオドールには大分世話になったしな」
「それに、ラストガーディアンの候補という事を考えれば、あまりフォレスタニアの外では修業もできないじゃろうとも思っている」
「それは確かに。それに……修業自体も秘匿すべき内容というわけですか」
「ああ。その点、フォレスタニアは高位精霊達の加護を受けた場所。仙術の修業場としても申し分ないだろう」
レイメイは首肯しながらそんな風に言った。
「でしたら、お弟子さん達が修業する際に活用して頂くなんて事もできそうですね」
「む。それは確かに……」
ゲンライが俺の言葉に、少し虚を突かれたような反応を見せる。
「修業で何か問題が?」
「ううむ。都ではどうしても人目に付くからのう。弟子達も政務の手伝いをしておるが、修業も進めてやりたいという気持ちもあってな」
「では、一緒にフォレスタニアに来て修業する、というのはどうでしょう? 僕としてもご足労頂いているというのもありますから、そうなると気が楽と言いますか」
俺の言葉にユイは嬉しそうな表情を浮かべていた。
「同門の兄弟子さん達にも会えるというのは、良い刺激になりそうですね」
グレイスが微笑むと、ユイが「うんっ」と明るい笑顔で声をあげ、ゲンライも愉快そうに肩を震わせた。
「ふむ……。では、何人かの弟子達が交替で同行してくるかも知れぬが」
「いつでも歓迎します。事前の連絡があれば食事等も用意できると思いますよ」
「修業がてら迷宮で狩ってくるってのはありだな」
にやりと笑うレイメイと「確かにのう」と、割合真剣に検討していそうなゲンライである。
そうやって話をしていると、アルバートを始めとした工房の面々と、ユラ、リン王女とアカネ、イチエモンといったヒタカの面々がフォレスタニア城を訪問してきた。
訪問してきた面々とユイを引き合わせ、お互い自己紹介を行う。
「初めまして。というわけで早速ではあるけれど、通信機も持ってきたよ」
「ありがとう……!」
アルバートは挨拶がてらユイ用の通信機を持ってきてくれたようだ。工房の面々は武器を作ってくれると言う約束をしている事もあって、ユイは嬉しそうな表情をしながら、ビオラ、エルハーム姫、コマチといった面々にも丁寧に挨拶とお礼の言葉を口にしていた。
「ふふ、名前も少し似ているので親近感がありますね」
「よろしくね、ユイ」
ユラとリン王女が笑顔を向ける。
「うんっ、よろしくね」
そんな調子で、ユラ、リン王女ともにこやかに挨拶を交わすユイであった。
「陛下より、陰陽術の知識も必要なら協力は惜しまないと言伝を預かっているでござる」
挨拶が終わったところで、イチエモンがヨウキ帝からの伝言という事でそんな風に教えてくれた。
「ああ――それは助かります」
「妖怪退治するのに陰陽術は有効。それ故、知識を付け、五行に通ずる事で本来相性の悪い技をも無効化する事もできるようになる、との事でござる」
「ですから、私もそうした術を伝える事ができればと考えております」
ユラが直接色々とユイに陰陽術を教えてくれるということらしい。ユラ当人はあまり前線に出られる立場ではないが、巫女寮の長として陰陽術の知識は豊富だし、特に防御面での術には優れている、というわけだ。
それにヨウキ帝も……ユラが外に出る機会を作ってやりたいと思っていたようだからな。ユイに陰陽術を伝える為という正当な理由があればユラもこちらに訪問しやすい、というわけだ。
「中々修業が大変になりそうね」
そんなやり取りを見ていたジオグランタが言った。
「そこは負担にならないように、余裕を持って予定を組んでいきたいところだね」
「幸い、修業に関しては時間もあるものね」
そう言うとステファニアもうんうんと同意して、居並ぶ面々も頷く。
「私なら大丈夫だよ。鬼だから体力もあるもの」
ユイはにこにことした笑みを見せている。当人もやる気十分ではあるが……まあ、そんなユイだからこそ、余裕を持たせてやりたいというのもある。
誰しも色々学びながら成長するものではあるが、ユイの場合は読み書き計算に社会常識といった基本的な所は、迷宮核の構築と対話の時点で習得してしまっているからな。
だからこそ気を付けておかないと訓練や術の勉強ばかりになってしまう。ラストガーディアンとして、というのも大事な事だが、みんなと一緒に遊んだり出かけたり。
「そういう時間を過ごす事もきっと無駄にはならないと思うよ」
そう伝えると、ユイは「それは――。うんっ、楽しみだな」と色々と思いを巡らせている様子であった。うむ。
というわけで、俺とゲンライ、レイメイとユラの間で話し合い、この日はゲンライ、この日はレイメイといった具合で、曜日ごとに教えに来る日を決めていく。
週ごとの休みの日もしっかり設定して余裕を持たせ、何かしらの事情で動けない時は通信機で連絡を取り合うという事で取り決めも決まった。訓練に関してはヴィンクルやルベレンシアも一緒に参加する気満々なので、修業仲間に困らないというか。
先程の模擬戦での実力を見る限り、迷宮に潜るにしても結構高難度の場所でも大丈夫そうなので人目に付かない場所で実戦訓練も積めるだろう。まあ、監督役として同行はするけれど。
そうして話も纏まり……ユイもモチベーションが高い事から、早速ゲンライから仙術の基本について学ぶ事になった。
フォレスタニア城の一角……中庭に面した場所に教室を作り、そこに黒板と教卓、机と椅子を持ち込んで、簡易ではあるが講義室とする。
「ヴィンクル殿も一緒にどうかの? 仙術を習得せずとも知識があれば、相手に使われた時に対策を練る事には繋がると思うのじゃが」
と、ゲンライが言うと、ヴィンクルは嬉しそうに声を上げ、いそいそと机と椅子を運んでくると、ユイの席の隣に机を並べていた。ユイも一緒に学ぶ相手がいるのでにこにこと上機嫌である。みんなもそんな光景を微笑ましそうに見やる。
まあ……ホウ国の仙術使いがラストガーディアンとしてのヴィンクルと対峙するというのは確率としてかなり低いだろうけれど、知識は多いに越したことはないし……何よりユイと一緒に、というのはお互い嬉しそうだからな。