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番外899 鬼の望みは

「君は――俺達がいるこの場所で生まれたばかりなんだ。これから心も身体も、しっかりと形作られていく。だから、まだ名前が決まっていない」


 彼女の諸々の疑問を一口で説明するのは難しいが……まず最初に分かりやすく説明し、その後で詳しく説明していく事にする。

 まだぎこちないものの、こちらと対話する為の知識、知性は形成された時に下地として備わっている。備わっているというか語彙の類は今現在も猛烈な勢いで学習中である。


 意味が分からない事があれば説明すると伝えると、鬼の魂――彼女が頷くような反応を見せた。今の所は大丈夫ということらしい。

 ただ彼女の興味は自分だけでなく、疑問に答えた俺自身にも向いたらしい。今までの疑問に加えて、何故俺と話をしているのかよりも、俺が何者なのか、という点に意識が向いているようだ。強い興味を感じる。


「うん。色々と興味を持つのは良い事だね。順番に一つずつ話をしていこう。この場所がどこで、俺が誰で、どうしてこの場所で君と話をしているのかも……全部繋がっているんだ。少し長くなってしまうけど、きちんと話をしよう」


 そうしてこの世界が魔界と呼ばれている事。その魔界の中にある迷宮という場所の一番奥にある迷宮核の内部だと伝える。

 俺がここにいて彼女と話をしている理由は……そうする事で心を成長させるためだと答えた。


 そうすると、ありがとう、と感謝の気持ちを伝えてくる。俺も小さく笑って頷く。こうしている間にも彼女の知識や語彙も増えていっている頃合いだろう。

 更に色々な話をして理解してもらえる準備も整ってきているはずだ。ゆっくりと対話を続けていく。


 それから彼女が興味を向けてくれている俺の事。俺が何者で、どうしてこの場所に至ったか。

 それを伝えるというのは――ルーンガルドと魔界、そして迷宮の積み重ねてきた歴史に触れる話でもある。実際それらを語るのなら、俺が今までに過ごしてきた日々の中で知った事、見た事を伝えていくのが良いのかも知れない。


 改めての自己紹介を兼ねて、俺の名前について伝える。そうして、過去から今に至るまでの話を――記憶を基にしたイメージも交えて伝えていく。

 それを、彼女はじっと聞いているようだった。その内に……話に一喜一憂したり、感情も対話している内に発達しているのが伝わってくる。




 そうして……長い長い話が終わる。


(――私が、ラストガーディアンになるの?)


 彼女はそう尋ねてくる。


「今、俺達がラストガーディアンを育てる為に動いているのはそうだね。少し不安に思っているのが伝わってくるけれど……もしなりたくないなら断っても良いんだよ」

(……それでいいの?)


 不思議そうに首を傾げたのが分かる。それに対して俺が脳裏に描いて伝えるのは、マクスウェルやアルクス、ヴィアムス、アピラシア達の事。そして……ヴィンクルの事。

 新しく人格を宿して生まれてきた彼らには、隣人であり、友人であり、仲間である事を俺はまず望んだから、それは彼女に対しても同じだ。


 ラストガーディアンとして育てようとして俺達が行動しているのは事実だが……生き方を決めるのはやはり当人なのだと思う。

 俺達や……ジオグランタやメギアストラ女王と友達になって欲しいと、そう望んでいるし、そう思ってもらえるようにありたい。だから生き方を強制する事はしない。


 ラストガーディアンになる事を重荷に感じるのであれば……そう伝えて欲しい。仮にラストガーディアンになる事を断ったとしても、生まれた彼女の魂や形成中の器をそれで今更どうこうするという事はない。それは間違いないと、はっきりと約束する。

 断ったとしても隣人、友人が1人増えるだけの話だ。それはそれで……楽しそうだと思うし。


(――うん。そう思ってくれているのは、うれしい。でも嫌だってわけじゃないよ。私に望まれている事の意味もだけど、みんながテオドールみたいに思ってくれているの……伝わってきてはいるもの)


 彼女が頷き――迷宮核の外部の映像情報が仮想空間に映し出される。そこには魔法陣の中で祈り、想いを向けてくるみんなの姿。

 ああ、そうだな。こうして話をしている間にも……みんなの祈りや想いは迷宮核を通して彼女の周りに流れ込んでいて――その温かな気持ちはこちらにも伝わってくる。

 みんなも俺がマクスウェル達やヴィンクルに望んだことを知っている。だから彼女に対しても俺と同じような気持ちを向けてくれているのが分かる。


(ラストガーディアンが必要な理由も……ちゃんと伝わってる。私が不安に思ったのは、ちゃんとその役割を果たせるかなって事。お母さん――ジオが魔界の外……ルーンガルドの事を知って喜んだのも、テオドールのお話を聞いた、今なら分かる)

「そっか……」


 重荷というより……彼女もまた魔界を守る事を大事に思っているから不安に思った、というわけか。

 それに、お母さん、か。確かにな。魔法生物と同じ方法で人格形成しているが、ジオグランタの力を借りて、そこから精霊が分化して生まれるプロセスを再現している。

 彼女にしてみればジオグランタは母親みたいなものという認識だろうし、それは正しいと思う。


(だからラストガーディアンのお仕事も……とっても大切なこと。それは魔界に住んでいる皆を守る事でもある、から。テオドールは私に迷宮の守り方を、教えてくれる?)

「それは勿論。そう言ってくれる気持ちは嬉しいよ。ただ、焦らずにゆっくりいこう。知識も大事だけれど経験や一緒に過ごす時間も大切だからね」

(うん……。それも、楽しみ)


 ヴィンクルの前身であるラストガーディアンは……いくつかイレギュラーな事態があったものの、機械的に任務をこなす器とした事から想定外の事態になってしまったし。

 話をして、共にいる時間を作っていく事で、そうならないようにしたいと思っている。


 ヴィンクルも……自分の前身であるとは言え、クラウディアが迷宮に囚われてしまった事や、イシュトルムに利用されてしまった事を悔いているのだ。だけれど……そうした経験があるから今がある。ティエーラやコルティエーラの事を大切に思っているし、改めてラストガーディアンを目指して成長する事と同時に、俺達と一緒にいる時間を大事にしてくれている。


 アルファもベリウスもそうだ。過去から生まれ変わったという意味ではルベレンシアもだな。今は彼らもヴィンクルと一緒に訓練したり、フォレスタニアの湖の上を飛んだりして楽しそうにしているが……彼女もそれに加わる事になるだろうか。


 俺の言葉に、彼女はしっかりと頷く。最初はぼんやりとした輝きだったのに、どんどん力が増して……流れ込んでくる想いや祈りをその身に取り込んで、ますます眩い輝きになっていく。


(私の器は……どんななの?)

「まだ形成中だけど……迷宮核が予想図を作れるみたいだよ」


 迷宮核が幻影を映し出す。赤子からではなく、ある程度育った姿で形成されてはいるが、これから同じ時間を過ごしてラストガーディアンとして成長していくという事で、まだ少女の姿だな。見た目の年頃はアシュレイと同じぐらい、だろうか。


 膝まで届くような長く艶やかな黒髪。その髪の間から鬼である事を示す、二本の角が伸びている。角の生えている位置は頭頂部よりやや前、ぐらいだろう。赤色の瞳と陶磁のような白い肌。

 迷宮核は蓄積したデータや俺達が鬼に持つイメージ等も参考にしているので――服装はヒタカのそれに近い。落ち着いた柄ながらも綺麗な振袖だ。


(綺麗な服……)

「晴れの日……おめでたい日に着るものだね。誕生祝いかな。服装に関しては他にも色々あるみたいだけれど」


 巫女服であるとか修験者風の姿であるとか……色々蓄積されたデータを使えば服を着替える事も出来るし……大人になった時の姿を予想する事もできる。


 艶やかな振袖姿。非常に整った顔立ちで色白なので怜悧さがあるが、表情にどこか温かみがあるのは……みんなの想いを受け取っているからか。


(こんな風に……立派になれたらいいな)

「なれるよ、きっと」

(うんっ……)


 では――彼女の身体がしっかりと形成されるまで、過去の事だけではなくこれからのための知識や技術……色んな事を伝えていこう。

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