番外898 鬼との対話を
「鬼と言っても色々ですからね。守護神としての性質を強くするならば……想念結晶に溜まっている力を利用するというのが良いのかも知れません」
魔王国の想念結晶については治世に対する感謝の念等が集まってくる設計だからな。そういった想いであればきっと力を与えてくれるだろう。
そう言うとメギアストラ女王は少し思案してから頷く。
「想念結晶か。あれについてはベルムレクスを討伐した事、それに協力してくれたルーンガルドの各国と国交を持った事が周知されていて、儀式で使った直後なのに早速力が溜まってきているな」
「迷宮があるなら浄化儀式に使う必要も無くなったし、丁度良いのかも知れないわね」
ジオグランタも目を閉じて腕組みしながらうんうんと頷いた。
「では、決まりだな。今蓄積されている力に関してはラストガーディアンの為に活用してもらえるだろうか」
「分かりました。話し合いの後で早速取り掛かりましょう」
メギアストラ女王の言葉にそう答えると、ジオグランタと共に頷いていた。ラストガーディアンが形成される前であるが、その段階で祈りや想いを込めるのもきっと良い影響があるだろう。
「それから、迷宮内部の活用についてですが……」
「ふむ。内部に移住が可能という話でしたな」
迷宮代行の一人として話し合いに参加しているボルケオールが、真剣な表情で顎に手をやって思案する。迷宮村やフォレスタニアと同様にファンゴノイドの集落や知恵の樹を迷宮内部に移す事が可能だ。迷宮の構築も一段落したので、内部の居住区画等も造っていけるようになった。
「そうですね。この辺の話は希望するならではありますが」
「一旦皆のところに持ち帰って話をする必要があるでしょうな」
ファンゴノイド全体に関わる事であるから、ボルケオールの一存では決められないというのは当然だな。急ぎというわけでもないので話し合って決めてもらえれば良いだろう。
それにアルディベラが望むかは分からないが、水竜親子や不死鳥のように、ベヒモス親子に迷宮内部に住んでもらうという事もできるだろうな。子育てや食料確保において良い環境を、というわけだ。
「迷宮が機能不全に陥っていた時は色々と迷宮村の皆にも不便を強いてしまったけれど……今は仮に同じ事態に陥っても同じ轍を踏まないように対策を講じてあるわ」
と、クラウディアが迷宮移住についての補足説明をしてくれた。迷宮が機能不全を起こしていた時は、居住区画が迷宮魔物に襲われないように住民の感情の抑制措置が必要になったりもしていたが、今現在では問題点を洗い出して対策を講じた事により、同じような事態が起こっても感情抑制措置を行う必要がなくなっている。
対策としては――居住区画内部の非常時において、ごく弱い魔物を出動する防衛戦力として設定しておくというものだ。これにより、居住区画に限り迎撃や退避勧告の対応を完了する、と定義する事で改めて強力な魔物が送り込まれる事を防ぐわけである。
魔物の出現ポイントも限定しているので見張りや対処も簡単という具合だな。
因みに迷宮村はエンデウィルズと隣接していたから……迷宮魔物が迎撃に動いても避難勧告に赴いたにしても、エンデウィルズの強力な魔物が迷宮村に来る事になるので一大事だったわけだ。
まあ、ファンゴノイドが迷宮内部に移住するならば、知恵の樹に関しては……結界で覆うなどの保護もしておいた方が安心だろうか。知恵の樹自体に感情があるわけではないから、それ自体は魔物の攻撃対象にはならないし、迷宮魔物の保護対象とする事は可能だけれど。
そうしてフォレスタニア城での話し合いも終わり、早速魔界側のラストガーディアン構築に向けて実際に動いていく事となった。
迷宮核に指示を出し、鬼を構築するための準備をしていくわけだ。
『まずは東国の鬼に沿うように迷宮深層を異界に見立てるわけだね』
これから行う事を通信機も使ってみんなに知らせていく。
鬼には一口では語れない程色々なイメージがあるが……鬼が住んだり、アジトとしたりするのは深い山であったり絶海の孤島であったり、或いは冥府――地獄であったりする。
異界、異境に住まう、人ならざる存在、超常の力の化身が鬼とされたわけだ。
人の立ち入れない領域に住まう者。或いは人にはどうにもならない不条理の原因を擬人化したもの。自然の脅威に形や人格を与えたものが鬼であり、成り立ちそのものは精霊に近しい。
ただ、鬼は肉体をしっかり持っているので、生まれた後に人のイメージで大きな影響を受ける事はない。だからこそ最初が重要で……そういった寓意を迷宮の深層部に当てはめていくわけだ。
迷宮中枢を人の手が届かない異界、異境と見立て、そこに管理者であるジオグランタが精霊として持つ自然の力を集め、想念結晶が蓄積した人々の感謝の想い等を混ぜ込むわけだ。
そうして場を整えた所で器となる鬼の幼体を構築する、というわけだな。人格に関しては迷宮核内部での構築を行い魔法生物の育成と同じ方法を取る。
そうした流れを説明すると、みんなも納得したというような反応を見せる。
「精霊の性質を考えるなら実際に鬼達に接したわたくし達が、構築に携わるというのも意味がありそうね」
ローズマリーが頷きながら言う。レイメイは人格者であったし、ジンやツバキも落ち着いた性格だった。里の鬼達も総じて明るくて気の良い性格だ。
『人と仲良くしている鬼を具体的に想像できるっていうのは確かに重要だね』
魔法陣を描き、その中でみんなに祈りや想いを込めて貰う事で、これから構築する人格にそれを届けようというわけだ。始原の精霊であるジオグランタの想いも届けてやりたい。
「魔界の存続の為……それは意義のある事だけれど、あまり使命に縛られてしまうような形にはなって欲しくはないわね」
ラストガーディアンについて、ジオグランタはそう言っていた。ヴィンクルのように一緒に笑い合ったりして隣にいてくれる存在であってほしい、とも。
俺の意思に反応して術式の海が輝き――ラストガーディアンの構築に向けて迷宮核が動いていく。目の前にぼんやりとした光が生まれた。
ラストガーディアンの人格の基となるが……現時点ではまだまだ自意識も希薄で、特定の魔力の集まりのようなものだ。みんなや想念結晶に込められた想い。ジオグランタの力……それに同調する力が迷宮核の仮想空間内部に引きこまれたものである。これを核として魔法生物の対話と同じような方法で人格を形成していくわけだな。
育成途上であり、まだラストガーディアンでも代行でもないので、迷宮核そのものには干渉できないように光の結界で隔てられる。これで準備はできた。
後はこのまま仮想空間の作業用スペース内で俺と対話していくだけだ。
挨拶と自己紹介をすると、ぼんやりと浮かぶ光が応じるように反応を伝えてくる。俺に同調するように挨拶を返してくれているようだ。
自分は一体何者なのか。この場所はどこで、何故あなたと話をしているのか。
挨拶を済ませるとそういった疑問を抱いたようだった。相対する俺に向かって質問しているというよりも……純粋に不思議に思っているというところか。元になった魔力の性質が性質なので、力強さや雄大さもあるが穏やかさを感じる魔力で……落ち着いている印象なので対話はしやすい。
信頼を得る為に俺からもできるだけ丁寧に、一つ一つ答えていく。時間はあるから、ゆっくり対話していくとしよう。