番外895 童話劇のお披露目
お披露目についても問題なく予定が決まり、連絡を受けた国内外の王侯貴族も鑑賞会という事でフォレスタニアを訪れてくるという事になった。幻影劇の新作披露についても結構なイベントになりつつあるような気もするが。
ウィスネイア伯爵家のオリンピアは丁度想定しているぐらいの年齢なので楽しんで貰えたら良いな。
その他の大人達の反応も悪くない。反応の予想がつかなかったところではテスディロスあたりだったが――。
「これまでの話も面白かったが……童話集は綺麗だと感じる事や、穏やかな気持ちになる事が多かったな。俺は好きだと思う」
そんなテスディロスの言葉に、ウィンベルグや隠れ里の住民達はうんうんと頷き、フォレストバードの面々やオズグリーヴはそんな反応に微笑ましそうにしていた。
実際テスディロスや隠れ里の面々にとっては良い傾向だと思う。
「味方も悪役も演出に合わせて動くところは可愛かったですね」
「あれ、好きかも」
「……絵に……描いてみたい……」
シオンとマルセスカ、シグリッタはそう言って頷き、カルセドネとシトリアも頷く。
「可愛い魔物もたくさん出てきた」
「幸せになったってお話も多くて、良かったと思う」
「魔物や動物は動きも良くて本当に可愛かったですね。声や歌も優しい感じで、素敵です」
にこにことしているカルセドネとシトリアの言葉にシャルロッテも目を閉じてしみじみと零すように言う。魔物、動物についてはデザインがデフォルメされていたし、童話の流れに沿って擬人化していた部分もあるが……挙動自体は本物に近くなるように描写しているからな。シャルロッテのそういった感想は狙い通りで俺としては喜ばしい所がある。
そんな調子で城に戻ってからも興奮冷めやらぬ、といった具合で内容についてあれこれと語る面々に、みんなも表情を綻ばせていた。
シャルロッテが声や歌について言及していたが、その辺もウケが良く……収録に臨んだみんなも嬉しさもあるものの、安堵したところが大きいようだ。
「何と言いますか、変な演技になっていなかったようで良かったです」
「こういうのは初めてでしたからね。マリー様のお香が助けになっていたのだと思います」
アシュレイがほっとしたように言うと、グレイスも楽しそうに笑って言った。水晶板モニターを通しての反応も良かったし、調整を手伝ってくれた面々が城に戻って来てからの様子も芳しいものだったからな。
ローズマリーによれば「こういうのは演技だと構えるからぎこちなくなってしまうものよ」という事で、リラックス効果のある香を焚いたりして収録したが、この方法が結構上手くはまったようで。みんなの演技も自然体な雰囲気があった。
まあ……ローズマリーはこうした補助がなくとも元々得意分野であるが、その反面演技の必要がない親しい相手ばかりという場面で素のお礼を言われたりすると反応が初々しくなったりしてしまうという所があるな。
まあ、そんな調子で童話集については収録したみんなもそうだし、調整に参加してくれた面々も楽しんでくれたようで。後はお披露目を待つばかりというところだ。
そして――それから数日後。予定通りに童話集のお披露目が行われた。
メルヴィン王と王妃達、ジョサイア王子とフラヴィア。それに国内外の王、貴族達が鑑賞に来るという……まあ中々の一大イベントだ。
境界劇場や幻影劇場が盛況なのも、こうした面々の来訪が話題になって後押ししてもらっているところもあるだろうな。
「新しい幻影劇のお披露目におきましては……沢山の方々から鑑賞したいとのお声をかけて頂き、誠に嬉しく思っております。親子連れでも和やかに楽しめる物をという考えから作製に着手したものではありますが……大人でも楽しめるように作ったつもりでおります。今日集まった皆様にも楽しんでいって頂けたら望外に存じます」
そう言って檀上で一礼すると、みんなから大きな拍手が起こった。そうして俺も座席に戻ると早速劇場の照明が落とされて、ざわめきが静かになっていく。
童話集と名を冠しているが、各地の民話であったり題材として短編に落とし込みやすいものを採用していたり、こっそり景久の記憶にある童話等も混ぜ込んである。
月の民の童話はと言えば……地上を舞台にしたものもあって、互いに理解しやすいし月の民の暮らしぶりも秘匿できるので、その辺の中から採用させてもらった。
月の民達の童話から採用したものとしては……魔物や動物と言葉を交わし、意思疎通のできる吟遊詩人の青年が旅の中で、魔法を受けて動物に姿を変えられてしまった貴族の令嬢と出会い、これを助ける、という話がそうだ。
月の民の完全な創作らしいが、地上と交流のあった頃の資料を元にしているなど、原作は考証が細かくてしっかりしているのが窺えた。
貴族の家に取り入った悪い魔法使いを、様々な動物達と力を合わせて懲らしめるといった内容で……カートゥーン的な演出とはとても相性が良かった。香辛料の入った瓶をネズミが戸棚から落として魔法の妨害をしたりとか。
詩人の青年も飄々としているが動物達と友人として付き合うという……中々に良いキャラだったな。
最終的には大団円だ。魔法が解けた貴族の令嬢と結婚し、家族と動物達に囲まれながら詩人としての生き方も続け、幸せに暮らすというラストであった。作中の楽器演奏等々についてはイルムヒルト達が担当してくれているな。
他にも人ではなく、動物や魔物を主人公としたものもある。傷付いていたところを助けてもらった魔物が冒険者に恩返しにやってくる話……というのは割と童話の内容として定番な気もするが、これは実話が基になっていたりする。凶暴な個体でなければ義理堅いものも多いのだ。このお話はアドリアーナ姫の使い魔であるフラミアと同じ、ファイアーテイルとの間の話だな。
冒険者とファイアーテイル役はアドリアーナ姫とフラミアが楽しそうに担当してくれた。
そうして童話集のお披露目が終わると上映ホールは大きな拍手に包まれたのであった。
「うむ……。大人でも楽しめるようにという言葉の意味はよく分かった。行動に頷けるものが多かったり、主人公を応援したくなるような話も多かったな」
メルヴィン王が言うと王妃達もにこやかな表情で言った。
「時間があっという間に感じました」
「最後のお話が終わった時には物寂しさを覚えてしまいましたね」
と、王妃達が顔を見合わせ、ジョサイア王子も言葉を続ける。
「私も楽しませてもらったが……うん。フラヴィアも随分と気に入ったらしい」
「楽しい時間をありがとうございました。私が子供の頃に慣れ親しんだ狐のお話もあって、現実の物のようにすぐ近くまで来てくれた時は嬉しくなりました」
ジョサイア王子の言葉を受けて一礼してくるフラヴィア嬢である。アドリアーナ姫の使い魔と同種族で、実際に声も担当してくれたと教えると結構驚いた様子で、当人であるアドリアーナ姫やフラミアとも楽しそうに言葉を交わしていた。
メルヴィン王達に楽しんで貰えたのは何よりだ。
ウィスネイア伯爵家のオリンピアも「妖精さん、可愛かった……!」と上機嫌である。
「この調子なら公開してもみんなに喜んで貰えそうですね」
そう言うと集まった面々も頷いていた。孤児院や迷宮村、隠れ里の子供達も幻影劇場に招待する予定だから……そちらも楽しんで貰えたら幸いだな。
最近では子供達の間でも友達同士、横の繋がりができている様子だし、幻影劇場への招待を通してより交流が進んでくれれば俺としても嬉しい所である。