番外894 試写会と調整
そんなわけで工房での試写会翌日から早速幻影劇場の上映ホールで作業を進めていった。
まだ上映ホールは余っているので、職員用通路を使えば観客の列等には影響もなく、平常通りの営業をしながら作業を行う事ができる。
幻影劇場の客入りについては――連日盛況である。新作である初代獣王サーヴァやホウ国の二人の王については勿論のこと、ドラフデニア王国のアンゼルフ王の話も遠方から人がやってきて満席の状況が続いているという状況だ。
チケット売り場も幻影劇毎に分け、並んでもらう列もそれぞれの上映ホールごとに分割。混乱が起きないように調整している。
王侯貴族用に防備の厚いVIP席もあって、そちらは流石に警備上の観点から予約制になっているが……まあ、それぞれ今の所は上手く回っているといって良いだろう。
さて。幻影劇については映像や音響回り。それに表現の匙加減等も問題ないと皆から感想を貰っている。
ホールで実際に幻影劇を上映した場合、それぞれの座席の位置に合わせて調整する必要があるのだが、そのへんも過去の事例からどの席にはどういう調整をすればいいのか、というデータも集まっているので、ある程度ノウハウがあるわけだ。
後は……それを誰かに実際見てもらってきちんと意図した演出通りになっているか確認する必要がある。何度か同じ劇を見返す事になるので多少時間的にも拘束されるし、座って鑑賞する事になるので、この辺を今グレイス達に手伝ってもらうのはやや負担が大きい。
それもあって、まず出来上がったものの試写会を工房で行ってグレイス達にも一足先に見てもらって感想を聞いた、というところもあるのだが。
そんなわけで魔道具の設置と動作確認作業が終わったところで、調整作業を進める為、あちこちに声をかけたのであった。
『皆さんに喜んで貰えると良いですね』
「そうだね。親子向けだけど、幻影劇がまだ物珍しくて万人受けするみたいだし」
水晶板モニターの向こうで微笑むグレイスに答える。今日は……フォレスタニア城でのんびりしてもらっている。
マギアペンギンが雛達を連れて遊びに来ているので、城の船着き場で寛いでいる様子であった。シャルロッテも先程まで頭にカーバンクルを乗せたりマギアペンギンの雛を撫でたりしてご満悦だったが、事前調整に合わせてフォレスタニア城を出発したようだ。
というわけで上映ホールでの事前調整を行いたいから、手伝って欲しいと知り合いに声をかけてあるのだ。
城で働いている武官、文官、使用人。迷宮商会の店主ミリアムとお抱えの職人達。ギルド長のアウリアや副長オズワルド、受付嬢のヘザーとベリーネ、月神殿と孤児院の面々。ロゼッタとルシール。
これだけの人数がいれば……何度かの確認で問題が無くなる程度まで調整が可能だろう。あちこちの席にバロールやカドケウスにも座ってもらって、俺自身も五感リンクで確認する予定である。
更にメルヴィン王と王妃、ジョサイア王子と婚約者のフラヴィア嬢、宰相のハワードと宮廷魔術師のリカード老。イグナシウス。それに各国からヴェルドガル王国に滞在している顔触れも調整が終わったところで鑑賞しに来てくれる予定だ。賓客の護衛として騎士団からミルドレッドと、メルセディア、チェスター、ラザロも一緒である。
調整が終われば仕事の手伝いではなく、お披露目という名目で観覧してもらえるからな。
まあなんだ……。随分と豪華な顔ぶれで賑やかなことになりそうであるが。
「おお、テオドール!」
「ご無沙汰しておりますな。境界公」
と、フォレスタニアの武官達に案内されて幻影劇場の職員用通路で上映ホールまでやってきたアウリア達が、にこやかな笑みを浮かべて挨拶をしてきた。
「ええ、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「いやいや、それはこちらの台詞であろうよ」
「境界劇場の方では色々冒険者ギルドには運営の手伝いをしてもらっていますからね。役得と思って頂けるのであれば、そのお返しと言いますか」
「ふふ、境界劇場もテオドール様のお陰ではありますが」
アウリアと笑って言葉を交わすと、ヘザーやベリーネもにっこりとした笑みを見せる。
『こんにちは』
「これはアシュレイ様」
続いて水晶板モニター越しにアシュレイとベリーネを始めとする面々も挨拶をしていた。アシュレイにとってベリーネは領地の安定に尽力してくれた人物でもあるからな。
続いてゲオルグ達……家臣団もやってきて、文官達から俺に丁寧に挨拶とお礼を言われてしまう。
「境界公にはこのような機会を設けて頂いた事、お礼を申し上げます」
「仕事の手伝いではあるけどね。喜んで貰えるなら話を持ちかけた甲斐があったよ」
と、文官達を取りまとめているアレクセイにそう答えると、ゲオルグも笑顔を見せる。
「ふっふ、実際封切り後にすぐ見るのは中々に大変ですからな。役得の方が大分勝るというものでしょう」
そんなゲオルグの言葉に頷く文官達である。まあ、なんだ。今日はこっちの仕事を手伝ってもらう代わりに文官達の通常の仕事は臨時で休みというか……代わりにこっちの仕事を手伝ってもらうといった具合だ。
武官達は全員で休みというわけにはいかないので、メルヴィン王達が鑑賞した後、交代で貸し切りで見てもらうという予定になっているが。
「親子連れ向けか。俺に理解できると良いのだが」
「いやあ、テスディロスは何だかんだ反応が素直だし大丈夫じゃないか?」
テスディロスとフォレストバードが気の置けない感じで言葉を交わしている。そんなやり取りにウィンベルグやオズグリーヴも相好を崩したりしていて。
「ふふ。となると、シオン殿達や双子殿の反応が気になるところですな」
「子供に楽しんでもらうという事ならそうでしょうな」
と、ウィンベルグとオズグリーヴは頷いていた。
そうだな。シオン達とカルセドネ、シトリアも家臣団扱いで今はフォルセトが連れて来てくれている。
そんな調子で、フォレスタニアとタームウィルズの知り合いが集まったところで上映ホールに案内する。最初の上映が終わったら席を配置換えして、一人当たり合計2回程見てもらう予定だ。展開を分かっている上でもう一度見る事で何か新しく気付くというのもよくある事だしな。名目上仕事の手伝いではあるが楽しんで貰えたら何よりである。
「いや……! 面白かったぞ……!」
と、上映後に絶賛してくれたのはアウリアである。にこにこと上機嫌に膝を打つアウリアに、シオン達とカルセドネ、シトリアも一緒になってこくこくと頷いて、楽しかったと異口同音に語ってくれた。
うむ。シオン達に楽しんで貰えたのは狙い通りではあるかな。アウリアは――まあ、あれで精神的な所では大人だが、面倒見が良くて子供達の気持ちを慮るのは得意分野なので、アウリアがそう評価してくれるというのは心強いところはあるかな。
というわけで物語や演出に関しては総じて好評な様子であった。
「それは――何よりです。見る座席によって違い……は性質上多少あるのですが、何か不自然な点に気付いたりしましたか?」
「どの席に座っても妖精が隠れに来たりしていたようなので、そういう点は色々気を遣って調整しているのを感じましたね。不自然な点は……私は気付きませんでした」
というのはミリアムの言葉だ。微笑みを浮かべつつも割合真剣な分析を聞かせてくれた。
他のみんなも少し思案していたが、特に幻術が破綻していたとか、不自然な点は気付かなかったという事らしい。ノウハウを積んだという事もあるが調整も前に比べると大分スムーズだな。これならお披露目や封切りもそれほど間を置かずに進められそうだ。