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番外893 魔女と妖精と

『おのれ、妖精どもめ……! どこに逃げおった!』


 と、魔女があちこち探し回る。ヒョコヒョコと座席の陰から妖精達が顔を出して、魔女に対してあっかんべーと舌を出して見せたりする。魔女がこちらを見る寸前に慌てて肩のあたりから出していた顔を引っ込めたりしていたが。

 BGMや効果音に合わせて動く魔女と妖精達。妖精を探しながら足を踏み出すとBGMが鳴り始め、魔女が足を止めると音楽も止まり、ぎろりと周囲を見回すと曲にも変化が生じる。それに合わせて妖精達も隠れて動く。


 この辺はカートゥーンのお約束的な演出っぽいというか……まあ、参考にさせてもらっているな。


 魔女に捕まっていた妖精達が少年に助けられ、魔女の家から逃げ出す場面だ。座席から座席へと動く影は主人公である少年のもので……彼は豪商の家の生まれである。

 そんな少年が何故森の奥にある魔女の家などにいるのかと言えば、家督相続のお家騒動に巻き込まれ、命を狙われて逃げてきたからである。


 少年の叔父が悪事――相続権を持つ少年の暗殺を企んでいるのを使用人の一人が聞いてしまい、機転を利かせて計画の実行前に逃がしてくれた。かくして少年は移動中の馬車から抜け出して森の中に逃げ込んだわけだ。行く当てなく彷徨っている内に森の奥にある魔女の家に辿り着き、檻に囚われている妖精達を見つけ、解放してやったというわけだな。


 まあ、童話の表現も原本からややマイルドにしているので「命を狙われている」という直接的な表現ではなく「悪い者達に狙われています」といった表現になっている。


 大人には言い回しで裏の事情も伝わるが、子供は割合ストレートに受け取るというか、全体的にそんなラインを目指した台詞回しをしている。あまり過激な内容では親子連れでも安心して見られないからな。


 この魔女もまあ……鱗粉で魔法薬を作る為に妖精達を捕まえていたものの、そこまで怖い役回りではない。この後妖精達に水瓶へ、魔女自身が作っていた惚れ薬を入れられてしまい、気付かずに鏡を見た途端に、自分自身に見惚れてしまって……という、少しばかりコメディな展開が待っている。


 お話のメインは魔女に対するあれこれではなく、妖精達の力を借りた少年の逆転劇といった感じだからな。

 因みに魔女役は――ローズマリーが志願して担当してくれた。


「こういった演技なら任せておきなさいな」


 そう言って笑って、中々に真に迫った演技を見せてくれている。惚れ薬を飲んだ後も割とノリノリで演じてくれた。


 そうこうしている間に妖精がにやっと悪い笑みを浮かべて、水瓶に惚れ薬を流し込んでいく。あちこち探し回って喉が渇いたのか、魔女が戻ってきて水瓶の水を飲む。

 そうして部屋の中の姿見を目にした途端――。


『おお……。何と美しいのか……!』


 と、声を上げて姿見に抱きついたりして。


『水瓶に……何を混ぜたの?』

『魔女は前に惚れ薬って言ってたよ』


 そんな話をしながら少年と妖精達は、奇行に走る魔女を後目に、連れ立って魔女の家から離れていく。

 少年役は声変わり前の年齢だったという事もあり、ステファニアが担当してくれている。凛々しい演技も結構嵌っている感があるな。少年役を女性が、というのは景久の記憶ではままある事だが、みんなにしてみると結構斬新に感じるらしい。


「年齢も性別も違う相手を演じるというのも、楽しいものね」


 と、ステファニアは収録に際してそんな風に感想を漏らしていた。冒険者に憧れのあるステファニアとしては少年と妖精達の話は結構気に入ったらしい。


 幻影劇の方はと言えば――少年は妖精達に聞かれて事情を話し……『何それ、許せない!』と奮起した妖精達の全面的な協力を得た。

 そうして暗殺を仕掛けてきた叔父達の悪事を暴いたり、窮地を妖精達の幻術で凌いだりして、少年は家督を継ぐ事になる。


 後に商人として大成するも、お家騒動の時の妖精達との絆もそのままだった、という話だ。まあ中々立身出世の物語としてはカタルシスがあって良いな。


 童話のモチーフが事実に基づくものであったかは分からないが、本当であれば言葉を話せる妖精という事で、結構力のある妖精だったのではないだろうか。


 妖精役はエレナが担当している。妖精達の性格がお転婆な感じだったので新鮮だったらしいが、少年を手助けしたいと思うその気持ちはよく分かると、頑張って熱演してくれた。


 他にもイルムヒルトが作中で子守歌を披露していたりする。マルレーンは声こそ収録できないまでも楽器演奏でみんなと一緒に頑張ってくれた。


 そんな調子でみんなと共に作り上げた童話集である。やがて工房での試写会も終わると――鑑賞していた面々から拍手が起こった。


「いや、面白かったよ。演出や音楽も良いし、童話でも幻影になっていると大人でも楽しく見られるんじゃないかな?」

「そうですわね。色々考えて作られているように見受けられましたし、子供達と一緒に見ても安心だと思いますわ」


 アルバートとオフィーリアは楽しそうな表情で頷き合い、童話集の感想を聞かせてくれた。


「音楽に合わせて動くところは好きですね。悪役も憎めなくなると言いますか」

「ふふ。子供が少し育ったら……一緒に見に来たいですね」


 エリオットとカミラも笑って教えてくれる。

 昔話で典型的なのは教訓を含んだ話であるし、その意味や有用性も分かるのだが、そればかりというのもどうかと思うからな。全体的にコメディ色やエンターテイメント性を強くしたりしているが、いずれにしても表現は子供に分かりやすく、怖がらずに楽しめるようにというのは共通していて、そこは意識したところがある。

 アルバート達とエリオット達に楽しんで貰えたのは何よりだ。


「ん。楽しかった。収録した時の事も見ながら思い出してた」


 と、シーラがこくんと満足そうに頷く。シーラは何というか……怪しい商人だとか騎士役の収録をしており、普段と全く違う口調や性格で演技をするのは「楽しかった」との事で。


「通して見てみると、やっぱり楽しいですね」

「妖精達が背中に隠れてきたのは面白かったわ」


 アシュレイが言うと、クラウディアも表情を綻ばせる。総じてみんな収録も観劇も楽しんでくれたようで、俺としても嬉しい。魔物の咆哮役や鳴き声を担当してもらった動物組も心なしか誇らしげだ。


「後はこれを――幻影劇場で上映できるようにするだけかな」

「封切りが楽しみですね。この内容なら……親子連れでなくとも楽しんでもらえるのではないでしょうか?」


 グレイスが笑顔で言うとマルレーンもにこにこしながら首を縦に振る。


「かも知れない。親子連れ向きとは言っても、幻影劇の新作だから他の人達からも注目されると思うし……封切り直後は色んな人が見にきそうではあるね」


 それはそれで今までの幻影劇を好む層とはまた違った面々を客層として取り込む事ができそうだ。

 ただ、あくまで親子連れをメインの客層としているので、そこはブレないように抑えておきたい。この幻影劇に限っては親子連れだと料金が割安になるとか、そういった形でコンセプトを周知していくのが良いだろう。


 そういった考えを伝えるとみんなも「良い案ですね」と笑顔で応じてくれる。

 幻影の動きの調整であるとか、内容そのものも反応や感想を見る限りでは問題は無さそうなので、後は幻影劇場の上映ホールに合わせて魔道具を設置すれば、あまり間を置かずに封切りまで持っていけそうだ。明日からは色々と幻影劇場での作業を進めていくとしよう。

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