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番外892 幻影童話

 最終的な童話劇の調整が終わったところで俺の今日の仕事は一段落だ。アルバート達の仕事はまだ続いているので、その時間を使って工房の一角で事前準備を進めていく。

 工房の一室では、幻影劇場に合わせるようにして木魔法で足場を組んである。そこに座席を置けば劇場の座席の一部を再現できるというわけだ。

 工房で幻影劇を実際に近い形で鑑賞できるようにしておけば、実際に見ながら微調整できる、といった工夫がしてあるのだ。


 座席の位置に合わせて幻影劇の魔道具も配置すれば準備完了だ。後は皆が過ごしやすいように座席の形状を調整したり、空調を利かせて温度、湿度共に過ごしやすいものにしておく。少しだけ魔道具を起動して意図した通りに幻影が表示されているのを確認したら準備完了だ。


 そうやって前準備している内に、アルバート達の仕事も終わったようだ。


「ああ。こっちは仕事が終わったよ」

「うん。準備はできてる」


 そう答えると頷いて笑うアルバートである。


「色々調整に時間もかけていたものね」

「仕上がりが楽しみだわ」


 と、微笑むクラウディアとステファニアである。

 そんなわけで工房の一角に移動してもらって、みんなに座席に座ってもらったところでカーテンを閉めて、闇魔法のフィールドで外からの光が入ってこないようにする。


「それじゃあ始めるよ。途中で体調が悪くなったら教えてね」

「楽しみです」


 そう伝えるとみんなも頷いて、アシュレイがエレナやマルレーンと顔を見合わせてにこにことする。中々楽しそうな様子だな。

 というわけで俺も座席について、部屋の照明を落とし、魔力を送って魔道具を起動させる。


 すると――周囲の壁と、部屋の中に草原が広がっていく。

 童話というと狼などが悪役にされやすい傾向だが……まあそこはラヴィーネやアルファ、ベリウスが身近にいる手前、話の内容や順番も調整しているな。


『昔々あるところに――』


 と、グレイスの穏やかな声でナレーションが入るところから始まる。

 最初の話は――森に住む良い魔物の話だ。

 童話になっているが、そのモデルとなった話は冒険者の間でも有名で……月神殿もギルドも、友好的な魔物や種族には手を出さないようにと人々に伝える時にその話を引き合いに出しているぐらいだ。

 まあ……冒険者にはハーピーを助けて結婚した話とか、そう言った内容の方が人気もあるが。


 お話の主人公はとある開拓村に住む少女だ。楽しげなBGMと共に草原の上空をカメラが進んでいき、やがて開拓村が見えてくる。人も魔物も、それに家々や森も……やや可愛らしく、幻想的にデフォルメされている。こうしたデフォルメ表現は景久の記憶があればこそだな。アニメやゲーム等のデザインを参考にさせて貰う事ができる。


 開拓村の近くにある森では――洞窟に大きな魔物が住んでいる、と言われていた。

 毛むくじゃらでずんぐりとしていると伝えられる、種族のよく分からない魔物だ。多分、初代獣王が出会った森の王のように、独自の変異を果たした種なのだろうと思われるが……まあ、特徴からしてコルリスをモデルにさせてもらった。コルリスよりも大分全身の毛が長い種族であったようだが。


 たまに開拓村の住民が森で見かけても向こうから距離を取るので村人とは互いに不干渉といった関係性であった。ただ……怒らせると良くない事が起こる等と言われ、何か悪い事が起こると森の魔物のせいにされたり、悪戯をした子供には森から魔物がやってきて連れて行ってしまうだとか、そんな風に開拓村では言われていたそうだ。

 だから……敬われているというよりは恐れられているというのが正確だったのだろう。


 導入部でそういった事情を説明したり、開拓村の日常風景を映し出したりして……子供でも分かりやすいように伝えていく。そうしてお話が始まった。


 少女は村に住む薬師の娘だ。ある時村の子供が熱を出して寝込んでしまい……解熱の薬草が必要だと村人が少女達の住む家を訪ねてくる。

 ところが、薬師である父親は少し前に薬草摘みに行った折、足を怪我してしまい治るまでの間、薬草採取に行けず目的の薬も切らしている、という話であった。


『すまないな。薬師が怪我をしていては本末転倒ではあるのだが』

『いえ、そんな事は……』

『それなら……私が薬草を採りに行ってくるわ、お父さん』


 と、立ち上がったのは薬師の娘だ。娘の声自体はアシュレイのもので、それを少し加工してキャラ独自の声に仕上げていたりする。

 心配する父親達に、娘は村の若衆にも声をかけるから大丈夫、と笑って答える。父親の手伝いをしているから必要な薬草の生えている場所や見分けがつくのも娘だけ、という感じだな。

 そうして娘は森で怪我をした時の為に薬師の手元に残っている傷薬等を手に、数人の若者達と共に森の中へ入ったのであった。


 ところが目的の薬草を採取して森から帰ろうとした時に――一行は魔物に遭遇してしまう。それは猿の魔物――キリングエイプであったそうだ。

 種族名からも分かる通り好戦的な種族だ。ただそのエイプは単独行動をしており……当然、普段も森では見かけない。外から紛れ込んできた、渡りかはぐれの魔物であったと考えるべきだろうか。


 そうして距離を挟んで一触即発。後ずさりながら逃げようとしたその時、一人が木の枝を踏んでしまったのを機に、飛びかかってくる。そこに――割って入ったのが森に住んでいた毛むくじゃらの魔物であった。飛び込んできた森の魔物と、少女は目があった……ような気がしたらしい。顔も毛が長くて表情が窺い知れないが、目があったように思ったと、少女は後に語っている。「逃げろ」と言ったように思ったと。

 跳び上がったエイプに対して横合いから飛び込んできて、茂みの中に落ちていく。その、瞬間。


 咆哮と木々の枝が折れる音。幻影の森の魔物とエイプが、くんずほぐれつ座席の周りを転げまわる。森の魔物の太い腕がエイプを真っ向から叩き落とすと――エイプはたまらず森の奥へと逃げて行った。

 疲れたように座り込む魔物。少女は少し考え込んでいたが、意を決したように顔を上げると、魔物に向かって歩み寄る。


『お、おい。危ないぞ』

『さっきの猿の魔物も戻ってくるかもしれない。もう村に帰ろう』

『ううん。きっと、大丈夫だから』


 そう言って少女は魔物の前まで行く。魔物は顔を上げて少女を見やり、少女は丁寧に頭を下げた。


『助けてくれて、ありがとうございます』


 そう言うと、魔物は静かに頷いたそうだ。少女は微笑んで、怪我をした場所に傷薬を塗ったりと、森の魔物の手当てをした。

 それでお別れかと思いきや、一行が帰途につくと後からついてきた。村の近くまで見送ってくれて――。そうして少女達は無事に村へと帰りついたのだ。


『熱を出していた村の子供は彼女の摘んできた薬草で元気になりました。少女の父親である薬師の怪我も治り、平穏な日常が戻って来たそうです。さて、森に住んでいる魔物はと言えば――』


 というグレイスのナレーションに続いて、森の魔物のその後の風景が描かれる。少女が森から帰った翌日に、村の端にお礼というように木の実や果物が置かれていたらしい。それを見つけた村人は森の魔物を見かけて……それからは「怖い森の魔物」ではなく「森と村を守ってくれる守り神」とか「良い魔物」と言われるようになったそうだ。


 村の住民達との関係も変わる。猟師が取れた獲物をおすそ分けしたりして、それにまたお礼の果物が届けられたりして。段々村人との関係も近いものになっていき……ついには村の中に魔物が住むようになった。開拓の際に木の根を掘り返したり、随分と村の住民にも頼られていたそうだ。


『そうして……魔物は村人達と一緒にずっとずっと、幸せに暮らしたと言います。このお話は今でも語り継がれており……良い魔物には親切にすると幸運があると言われるようになりました』


 ゴブリンやオークのような相容れない悪い魔物も確かにいるけれど、良い魔物達とは仲良くしようと神殿や冒険者ギルドでも言われているのですと、そんな風にナレーションを結んで、座り込んでいる魔物の頭に少女が手作りの花の冠を乗せてやって笑っている……そんな場面を映しつつ最初のお話が終わる。みんなもそんな光景を見て笑顔になっていた。


 うん。中々良い手応えだ。


 BGMやらがフェードアウトし、また違うBGMとナレーションが入ってきて、次のお話が始まる。次の話は狸の魔物が恩返しに来る話だったな。そんな調子で魔物との適度な付き合い方等を語ったお話であるとか、目先の利益の為に悪事を働いて結局大損をしてしまう男のお話とか……寓意や教訓を交えた話を色々用意している。


 そういった教訓話ばかりではなく、妖精達が逃げ出して各々の座席に座っている親子の背中に隠れたりとか、座席側の人物を巻き込んでのエンターテイメント性の強い童話劇も一緒に収録してある。色々表現にも工夫をしたので鑑賞した面々に楽しんで貰えたら嬉しいのだが。

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