番外891 近付く秋と工房と
「ああ……。涼しい日が増えてきたわね」
魔王国の飛行船のデザインが決まってから数日。
フロートポッドに乗って工房の中庭に降り立ったところで、爽やかな秋めいた風を感じたのかイルムヒルトが空を見上げて言う。
「そうですね。秋らしい空気です」
エレナがイルムヒルトの言葉に微笑んで頷く。涼しい日が混ざり始め……段々と秋が近付いてきているのが分かる。グレイス達の出産予定日については少しばらけているが、冬から春にかけてという感じなのでもう少し先だが。
グレイス、ステファニア、ローズマリーが冬、イルムヒルトとシーラが春頃だろうか。ラミアについても妊娠期間については人とほとんど変わらないとの事で、その辺はややこしくなくて良い。
「んー。そうだね。秋もだけど冬が来るのを楽しみに感じているなんて……少し不思議な気分だな」
「リサ様の命日……までには無理ですが、秋のテオの誕生日には良い報告ができそうですね」
そう言ってグレイスは穏やかに微笑む。――そうだな。循環錬気で確かめているし、ルシールとロゼッタも検診してくれるがグレイス達も健康で子供達も順調だ。誕生日に命日と……母さんの墓前で経過報告もできるだろう。母さんも喜んでくれると思う。
そんな事を考えていると、みんなもにこにことした表情で俺を見ていた。むう。
そう言えば先日、ふとした拍子で「会った頃に比べると俺の印象も丸くなった」なんて話にもなったっけな。まあ……自分でも少し変わったとは思うが。
その時にはグレイスには「ふふ、テオは元々優しいのです」と微笑まれてしまったっけな。
俺が冬は苦手だったというのはみんな知っているから……その時の会話を思い出しているのかも知れない。
「ああ、おはようテオ君」
アルバート達が工房から顔を出し、俺を迎えてくれる。
「うん。おはよう」
アルバート達に朝の挨拶をしていると、中型フロートポッドがゆったりとした速度で飛んできた。工房の中庭に着陸すると、中からエリオットと……それからエリオットに手を取られてカミラが降りてくる。
「ああ、これは皆さんお揃いで。おはようございます」
エリオットは俺達の姿を認めると、笑顔を向けて来た。
「ええ。おはようございます」
「おはようございます、エリオット兄様。カミラ義姉様も」
と、エリオットにも朝の挨拶を返す。
女性陣はサロンで集まるという話もしているが……それとはまた別に、アルバートとオフィーリア、エリオットとカミラとはこうして週に1、2回は顔を合わせる事になっているのだ。
毎日ではないにしても循環錬気をしておこうというわけだな。循環錬気は色々相手の身体の事が分かってしまって、医療行為に近くとも気を遣うところがあるので……アルバートやエリオットに循環の間に入って貰い、生命力や魔力の増強をしようというわけだ。
精査はしなくとも増強は可能だし、戻ってくる魔力の感じで同時に循環錬気している相手に異常があればわかる。継続的にという事であればこうするのが一番良いだろう。
「それじゃあ、今日の分を早速進めていきましょうか」
工房の奥を示して言うと、アルバートとエリオットが穏やかな表情で頷いた。
そんなわけで循環錬気を行う。最初はアルバートとオフィーリアからだ。椅子に座って手を繋いだアルバートとオフィーリア。アルバートの手を取って二人纏めての循環錬気を行っていく。
循環錬気は互いの生命力と魔力を増強する術だが……不調な相手に循環錬気を行うと復調させる為に補うので、ややロスが生じる。増幅した生命力、魔力の返ってくる量を確かめてロスが生じていた場合……手を繋いでいるアルバート側に異常がなければそれはオフィーリアの方が不調だという事だ。
アルバートの体調はと言えば――まあ、最近は喫緊の仕事があるわけでもないので夜更かしなどもなく、オフィーリアと一緒にいる時間も大切にしているので体調も良いようだ。
返ってくる反応も……ロスはないな。
しばらく循環錬気を続けて、手応えも十分な物になったところで循環錬気を終える。
「どうでしょうか?」
そう尋ねると、オフィーリアは笑顔で頷く。
「良いですわね。定期的に循環錬気を行うようになってからというもの、身体が軽く感じて、普段よりも調子が良いぐらいですわ」
「ルシールさんとロゼッタさんも問題ないって言っていたからね。僕としても安心だ」
そう言ってにっこりとした笑みを見せるアルバートである。アルバートとオフィーリアの様子に、マルレーンもにこにこと上機嫌だ。
というわけで続けてエリオットとカミラとも循環錬気をしていく。
「では、よろしくお願いしますね」
「はい。楽にしていて下さい」
エリオットと手を繋いで微笑むカミラの言葉に答える。それからエリオットの手を取って循環錬気を行った。
オルトランド伯爵領の領主となったエリオットであるが循環錬気で見ると研鑽は怠っていないようで。身体能力にしても魔力にしても、以前と同様かそれ以上の水準を維持している。
「前から思っていましたが、エリオット伯爵は流石ですね。騎士の頃と比べても身体能力や魔力の状態に遜色がないと言いますか」
「テオドール公にそう言って頂けると自信が持てますね。念のためにと言いますか執務を疎かにしない程度には鍛練は欠かさないようにしています。東の森にもよく魔物が出没しますから」
エリオットが笑って応じる。オルトランド伯爵領だが……東側の森に魔力溜まりが存在しているわけだ。ステファニアの管理する領地だった頃に俺達が訪れた時は、ゲオルグが狩った魔物を俺達に振る舞ってくれたっけな。
そんな話をしつつも返ってくる魔力反応をつぶさに見ていく。ロスは――生じていないな。これならカミラも大丈夫そうだ。
そうして暫く循環錬気を続けてから、増強の手応えも十分になったところで切り上げる。
「どうでしょうか?」
「そうですね。かなり調子が良いようです。お医者様の診断でも、問題はないとの事ですね」
質問をするとそんな答えが返ってきた。胸元に手をやって、穏やかな表情で応じるカミラである。
「ふふ、安心しました」
「ん。みんな元気で喜ばしい」
と、カミラの返答に笑みを見せるアシュレイと、うんうんと目を閉じて頷くシーラである。
「本当、そうだね。テオ君がいてくれて心強く思っているよ」
アルバートも機嫌が良さそうだ。今回の循環錬気も問題がないと確かめられたところで、グレイス達はのんびりと身体を休めつつ談笑をしたりして、俺やアルバートは工房の仕事を進めていく。エリオットもカミラがいるので慌ただしくならないようにと、時間的な余裕を結構作ってきているらしい。魔道具作りなどに協力できたら、と、そんな風に言って、水魔法系の魔石作りを手伝ってくれるそうだ。
今日の工房での俺の仕事は……幻影劇の調整だ。
幻影劇場の童話集がそろそろ出来上がりそうなのだ。短い話を色々入れて上映時間丸々使い、新しい演出法等も考えていたので結構時間もかかったが、その分良い物が作れたのではないかと自負している。
「実は、そろそろ以前話をしていた童話の幻影劇が出来上がりそうなのです。調整が済んだら見て意見を聞かせてもらえると嬉しいのですが」
「私で良かったら、勿論協力させてもらおうかな。協力というより……役得な気がしますが」
エリオットが少し冗談めかして言う。
「中々に仕上がりが楽しみね」
「私達も声を収録したものね」
ローズマリーが言うと、クラウディアも微笑む。
「親目線や子供目線で見て意見が出せたらいいわね」
と、ステファニアが言うとみんなも頷いていた。さてさて。では、調整を終えたらみんなに童話集を鑑賞してもらうとしよう。