番外890 魔界の飛行船を
さてさて。執務や工房の仕事、それに迷宮構築の仕事もあるが、造船所でも同盟各国に飛行船を一隻ずつ建造する計画を抱えており、その仕事も順調に進んでいる。
飛行船にはそれぞれの国々に合わせた特色をつけてあって……例えばドラフデニアであればレアンドル王のグリフォンであるゼファードが乗り降りしやすいように甲板のハッチ部分にも工夫がしてあったりするわけだ。
契約魔法による登録を行う事で、ゼファードの合図用の鳴き声でハッチの開閉が可能となっている。グリフォンの生態や厩舎も調べて船内の環境を調整したが……実際ハッチ内部の船内厩舎をゼファードに見て貰ったところ嬉しそうに声を上げていた。
エインフェウスは体格の大きな獣人も多いのでそれに合わせた座席の大きさになっていたりと……まあ、お国柄に合わせて運用しやすいように調整しているわけだ。
そんな調子で建造中であった同盟各国の船も次々と完成していき――今は魔王国用の飛行船を建造するために材料集めをしているところだ。
魔界で運用される船に必要とされるのは、やはり耐久性と隠密性だろう。雷雲だとか海中だとか、色んな場所を様々な魔物がテリトリーとして動いているので、魔力溜まりを避ければ遭遇の確率が減るというわけでもないからな。
魔王国の正当な飛行船となるとやはり住民の注目を受ける。シリウス号が白を基調としたデザインなのは……討魔騎士団と共に戦う事を意識して、それを見る住民達も勇気付けられるようにという理由があってのものだ。
そうして魔界の住民の目を意識した場合、センス回りで俺達とは違うところがあるので、魔界の住民の意見を参考にした方が良い。そんなわけでタームウィルズに集まって貰って塗装やデザイン等の意見を聞いてみようという事になった。
マルレーンのランタンでそれぞれが幻影を映していき――こんな飛行船の見た目が良いのではないかと意見を募る。そうして評判の良かったものを採用するというわけだ。
「な、何だか妙に評判がいいわね」
みんなで幻影を見ていく中で、特に魔界の面々から称賛を送られていたのはディアボロス族のオレリエッタがイメージしたものだった。当人は称賛を受けて些か所在無げというか自信が無さそうにしているが。
黒を基調とした船体。両側面にあしらわれたぼんやりと光る紫の炎を模した装飾等、割と厳ついというか……ともすれば禍々しさを感じるデザインである。
魔王の船という字面からは離れていないし、まあ、魔界の都市部を見ればわかるが、こうした方向性のデザインは魔界の面々には受けが良いようで。
「きっと私以外のパペティア族が見ても格好良いと言うのではないかと思いますよ」
カーラが微笑む。
「そ、そうかしら? でも私はカーラさんの考えたものの方が好きなのだけれど。私の幻影では細部の出来もそんなでもないし」
オレリエッタは些か照れながらもそんな風に返すとカーラは少し笑って「ありがとうございます」と応じていた。
パペティア族はこうした美的センスでは魔界でも一目置かれる種族だ。
カーラが映した幻影は幾何学的な模様と鮮やかな色合いの、ステンドグラス風のデザインで構成されたものであった。
「本当に個人的な好みで良いという事なので……実用にはやや目立ち過ぎるかも知れませんね」
と、当人は些か遠慮がちだった。まあ……その見解は頷けるところもあるか。迷彩する方法はあるからカーラのデザインでも問題はないけれど、飛行船は現状、軍船としての性格が強いからな。
とは言え、カーラのデザインは俺達から見ても綺麗なものだったので、あれはあれで良いものだと思う。
「別の形……美術品にして見ても評判は良くなりそうな気がするわね」
「ん。確かに」
ローズマリーとシーラがそう言うと、カーラは嬉しそうに「ありがとうございます」と、微笑んでいた。
確かにな。本当にステンドグラスのデザイン等として採用するのはありなのではないだろうか。
パペティア族は魔界的なセンスの他にも割とゴシックな物も好む傾向があるようで、身に纏うドレス等もそうした雰囲気を重視している節がある。人形としての端正な見た目と相まって似合っているな。総じて、退廃的だとか耽美的だとか、ダークな雰囲気というのもパペティア族の好みであるらしいので、その辺でオレリエッタのデザインが琴線に触れているところがあるのだろう。
「それじゃあ、カーラがオレリエッタの幻影の細部に手を加えてみるというのは?」
「ああ。それは良いかも知れません」
スレイブユニットで参加しているジオグランタが提案すると、オレリエッタも笑顔で頷く。俺達は魔界のセンスは分からない所があるので今回は見守る役回りだな。
カーラがブラッシュアップするというのは良い案だろうと、メギアストラ女王やロギ、ブルムウッド達やベヒモス親子もジオグランタの言葉に賛同する。
「では……僭越ながら」
と、カーラがランタンを受け取ってオレリエッタの映した幻影を元に細部を仕上げていく。基本的なデザインはそのままに、炎の装飾のイメージも洗練されて……うん。俺から見るとディテールが細かくなった事で幻想的な雰囲気も増した気がするな。
船体も光沢の具合を変える事で塗装だけで装飾を施したように見せるといった工夫を施しているようだ。
「おお……。これは良いのではないですかな」
ボルケオールが言うと、みんなも真剣な表情で頷く。エルナータも「格好良い」と笑みを浮かべ、オレリエッタも「細かくするとこんなに良くなるのね」と満足そうに頷いていた。
「確かに良さそうだな。こうした意匠を組み込む事は可能かな?」
メギアストラ女王がこちらを見やる。
「問題ありません。染料に手を加える事で光沢を抑えたり、逆に光らせる事も可能ですし、迷彩用の魔法を機能させる事で、必要な時に隠密性も確保できると思います」
紫色の炎の意匠というのはやや厳ついが威光として通じるものがあるかな。軍船としての性格が強いし、技術力等々を示して侮られるのを避けられれば余計な争いも減らせる、というわけだ。魔界で好まれるデザインであれば民衆も憧れの目で見てくれるので尚良いだろう。
その辺はメギアストラ女王もしっかり分かっているようで「良い意匠だが、飛行船が皆から頼れるものだと思ってもらえるように気を付けねばな」と言って真剣な表情で頷いていた。
「では、この幻影を形にできるように建造作業を進めていこうと思います」
「よろしく頼む。テオドール公には色々と世話になってしまっているな」
「いえ。僕としてもこういう仕事に携われるのは楽しいですからね」
メギアストラ女王の言葉に笑って返す。国の特色や事情に合わせて飛行船のバリエーションを考えたりするのは俺としても中々に楽しい。
「ありがとうございます、マルレーン様」
と、カーラが礼を言ってランタンを返すと、マルレーンもにこにこと微笑んで応じてそれを受け取る。
みんなもそれを微笑ましそうに見ながらティーカップを傾けたりと、のんびりとした時間をフォレスタニアのサロンで過ごさせてもらう。話し合いは終わったが時間は余裕を持って空けてあるからな。造船所に関わる仕事という事で七家の長老達も一緒だ。
具体的なデザインは魔界の面々に任せる形ではあったが、グレイス達と子供達の体調が良いので長老達も中々に上機嫌な様子だ。
「仕事も家の中も順調なようで良い事よな。うむ」
家での事に話が及び、色んな準備も進んでいるという話をすると、嬉しそうに頷くお祖父さんである。
「色々と準備も進んでいるので、私達としても安心できます」
と、ステファニアが長老達に笑って答える。そんな調子で世間話や魔王国用の飛行船の装備等の話を交えながら、時間はゆっくりと過ぎていくのであった。