番外887 流体騎士の力
俺が迷宮核から外に出て来た時には迷宮核と隣り合うフロアが構築されていた。その大広間にて模擬戦を行う。本来ならラストガーディアンが配置される事を想定した区画で、ルーンガルド側のものと内装は違うが基本的な構造は同じだ。
ラストガーディアンが本気で戦闘をする事を想定しているので広間そのものがとにかく頑丈で、模擬戦を行うには持って来いだろう。というわけで離れた位置に椅子を設置し、ディフェンスフィールドを張って模擬戦を見る、という事になったのであった。
「もし流れ矢が飛んできた時は任せて貰おう」
と、メギアストラ女王が翼を少し動かしながら笑う。みんなも一緒に見るから守ってくれるというわけだ。心強いというか有難い話だ。
「ありがとうございます。僕もみんなの前に出て、マジックシールドを展開できるように準備はしておこうと思います」
模擬戦なのでそこまで殺傷能力の高い攻撃が飛び交うわけではないが、ゴーレムも弾幕を展開するしな。メダルゴーレムを使っている他、役割ごとにゴーレムを構成する素材を変えて能力を向上させている。
流体騎士に対してはジオグランタから「自己判断でゴーレム達と模擬戦を行うように。但し、内蔵しているメダルは傷つけないように」と伝えてある。
「では――これより模擬戦を始めます」
流体騎士を空中、地上からゴーレムで包囲したところから模擬戦のスタートだ。コイントスを行い、床に落ちたら開始の合図となる。
合図を待つ流体騎士とゴーレム達を、みんなが真剣な表情で見守る。
コインを親指で空中に跳ね上げ――それが床に落ちたその瞬間、一斉に動きを見せた。
マジックシールドを展開して空中に立つ流体騎士に、正面から迫る前衛のゴーレム達。応じるように真っ向から突っ込んでいく流体騎士に向けて、四方から水弾や結晶弾が殺到する。
偏差射撃。流体騎士の初速を計算に入れて放たれた弾幕を、流体騎士はシールドを蹴って軌道を変えつつ錐揉み状態で突っ込む。
一閃。鞭のようにしなる長い腕の先端から光の刃が展開したかと思うと、すれ違いざまに水晶ゴーレムを胴薙ぎにしていた。光属性の魔法の刃だ。
手甲に備わったギミックで、今回の流体騎士の装備としたが、見た目は殆ど変らないデザインで光弾を放ったりといった、別の装備品に換装する事が可能だ。
手甲の内側に不完全な術式を描き、専用の術式で制御した流体と、合わせてやることで初めて完全なマジックサークルとなる。鍵と鍵穴を揃える事で術式として機能する仕組みだ。
ヘリアンサス号の紋様パネルを合わせて術式を起動させる技術から得た着想だ。
獲物の長さや出力等は流体側で制御するので多少の応用は利く。仮に装甲を鹵獲されてもそれ自体は不完全なのでそのままでは役に立たない、というわけだ。
両断されて墜落していく水晶のゴーレム。通り過ぎる流体騎士は追随する弾幕を、右に左にマジックシールドを蹴って反射を繰り返すような動きで避ける。
避けると同時に前衛の中に飛び込んだかと思えば、光の閃きが竜巻のように奔る。凄まじい速度での斬撃を見舞いながらも、ゴーレム内部にあるメダルには攻撃を加えないよう、斬撃の軌道を調整しているようだ。精密な動きの制御能力と疑似感覚器官――センサー回りの優秀さが見て取れるな。
関節が自由自在に動くので攻撃も回避も先が読みにくい。空中の挙動も人が空中戦装備を使った時よりもトリッキーな動きだ。装甲を纏った姿でありながら全体に掴みどころがない動きなのは――中身が流体で可動範囲が広いからだろう。元々のフォルムが異形な事も相まってさながら銀色の獣のようだった。
ゴーレムはメダルが無事なら身体を再生させて復帰できるが今回それは無しだ。模擬戦なので通常の生物が戦闘不能な損傷を負った場合はそのまま戦線を離脱する、というルールを設けている。
前衛をあっさりと壊滅させた流体騎士はそのまま後衛のゴーレムへと肉薄する。反射移動を繰り返しながら迫ったかと思えば一度斜め右上に飛んで、そこから矢のような速度で突っ込んだ。ゴーレム一体を串刺しにしたかと思うと術式を解除。腕を振り抜きつつ再展開して、引き抜く動作を省略しながら斬撃を見舞う。
そこへの反撃。真っ二つに両断されたゴーレムの半身が至近から散弾を放っていた。斬られる事を前提にした動きだ。メダルの無い方に魔力を溜めておき、そこから反撃する事で意表を突き、避け切れない距離での一撃を浴びせるという寸法だな。実戦でも……行使するという意思に反応して似たような状況が起こり得る。
それを――左腕に展開したマジックシールドで受けると同時に後方に離脱した。かと思えば一転、臆する事なく突っ込んでいく。
反撃を受けた後はそれも織り込み済みというように後衛を速度で引っ掻き回しながら一撃離脱で斬撃を見舞っていく。流体騎士はゴーレム同士を射線に置くようにして弾幕を制限しているように見受けられるが――ゴーレム達もそれを折りこむように仲間同士の射撃に当たらない位置取りしてお構いなしに弾幕を展開し、代理の前衛を立てて応戦する。
だがゴーレム達と流体騎士では基本スペックが違うな。要所要所で切り込んでいき――次第に数を削られて、やがてゴーレム達の最後の一体に向かって斬撃を見舞おうとして――。
「そこまで!」
と、声をかけると流体騎士は切っ先を止めて、こちらに向かって一礼する。倒れていたゴーレム達も身体を再構築するとこちらにお辞儀してきた。それを見て、みんなも拍手を送る。
うん。メダルに攻撃を食らったゴーレムは一体もないようで。
身体を斬られたゴーレムが反撃してきた時も術が発動する寸前で察知してシールドを展開していたし、魔力センサーの優秀さと有用性がよく分かるな。
このセンサーに関しては――コルリスやアンバー達の嗅覚……魔力感知の共感覚を魔法技術として採用したものだ。
きちんと代行である俺の言葉も聞いてくれて、中枢防衛戦力として制御もきちんとしているのが分かる。
「これはまた……凄まじい物ですな」
と、ボルケオールが感想を述べた。
「確かに相当なものだな。しかもこれが連携してくるというわけか」
メギアストラ女王が真剣な表情で頷く。
「今のは多対一での立ち回りなので集団戦となればまた動きや編成も変わってきますが……構成次第でああした性能も引き出せるというわけですね。流体制御も結構優秀なようで安心しました」
「運動能力が高い。動き方が独特だから、多分実際に相対したら動き以上に速く感じる……ような気がする」
シーラも機動力を活かして接近戦を仕掛けるタイプだからか、しっかりと動きを見て分析しているようだ。
「中身が流体という事は――打撃に対しても強いという事でしょうか?」
「そうだね。通常の生物じゃないからそういう攻撃は効き目が薄い。流体だけど特別に何かの属性に弱いっていう事もないし、外装も魔法の威力を減衰させるからね」
首を傾げるグレイスにそう答える。
倒すのならばそれ以上の力で戦闘不能に追い込む必要がある。ハイスタンダードで弱点が無い事が最も攻略に困る対象、というわけだな。
ともあれ流体騎士の仕上がりに関しては模擬戦で十分な物であるという事が分かった。後は――色んなバリエーションを組んで、どんな編成、戦法でも対応できるように防衛区画の兵団を編成しないとな。
バリエーションについては飛行型や隠密型、射撃型や重装防御型等……装備品と共に色々考えている。幻影でみんなにも見てもらって意見を貰うのも良いだろう。