番外886 流体の騎士
「それでは、少しの間迷宮核の内部空間で、新たな迷宮の調整に入ります。何かありましたらカドケウスかバロールに」
「ええ、ありがとう、テオドール」
「承知した。よろしく頼む」
「いってらっしゃい、テオ」
ジオグランタとメギアストラ女王、それにグレイス達が、俺の言葉に笑みを浮かべて見送ってくれる。
「ああ、それじゃあ行ってくる」
俺も笑って応じた。そうして迷宮核に向かい合ってマジックサークルを展開する。目を閉じて――開いた時には迷宮核内部へと意識が移動していた。
一面に広がる術式の海――。見た目や機能に関してはルーンガルドの迷宮核とそっくり同じだな。
さて。まずは――そうだな。迷宮の影響範囲を魔王国の王都ジオヴェルム全体からその周辺の土地まで広げる事から始めよう。
これによりタームウィルズのように範囲内の土地に建物を作ったり、周辺の土地を変化させたり、或いは地下部分に後付けで下水道等を整備する事も可能というわけだ。
下水道を作るなら大腐廃湖のように集積と処理を行う区画も必要になってくるとは思うが、改めてああいった区画を造るなら、もう少し処理施設としての性格を表に出した区画にするのが良いのではないだろうか。
まあ、そもそも優先度の高い話ではないし、メギアストラ女王達が必要だと判断するのなら、という事になるが。ジオヴェルムではスライム処理方式を採用していて、現状でも十分に衛生的だったし、それに絡んで仕事が回っている部分もあるだろう。
ともあれ、迷宮の影響範囲を明確に定義しておく事で都市の防衛と整備にも活用できるというわけだ。
そして……優先して進める必要があるのは迷宮核に繋がる防衛区画、及び防衛戦力の構築だな。
まずは防衛戦力を組み上げる所から始めよう。防衛区画についてはガーディアンや近衛兵に合わせて地の利を得られるような形が望ましい。ルーンガルド側の魔物データベースと共に魔界で収集途中のデータベースを開いて、めぼしい魔物や魔法生物のデータを参照していく。
……これはすごいな。魔界の情報は元々ルーンガルド側で多少の分析を進めていたが、魔界側に迷宮核が設置された事でそれがかなり前に進んでいる。変異点の情報解析も進んだことで、元の生物の種類が推測できるようになったし、変異点の働きから既存のルーンガルドの生物が変異した場合のシミュレートも可能なようだ。
変異点の原理、対策等は知識としてあれば役に立つ場面もあると思うから、分析は引き続き進めてもらう。
シミュレート上のみに存在している変異魔物に関しては確かに興味深くはあるが……実際に運用するとなるとな。どうしても資源や戦力の一環として区画に必要となった場合だけ、迷宮核に必要な条件を提示して聞いてみる、といった感じに留めておく方が良いだろう。
『魔界魔物の情報収集をしている途中ではありますが、防衛区画に配置する主力戦力は、やはり魔法生物が良いかと思います。警備や監視時に、気を抜かずに任務の維持ができるというのは防衛においては大きな利点ですから』
魔界の迷宮なのだからという事もあり、通信機でジオグランタやメギアストラ女王にも考えを伝える。
魔法生物が感知して迎撃に向かえば、迷宮魔物も更に増援に向かう、という展開に持ち込む事も簡単になるしな。
「それは確かにな。マクスウェルやアルクス、ヴィアムス、それに改造ティアーズ達を見ていると、テオドール公の手がけた魔法生物は信頼性も高いであろうし」
「そうね。私としても異存はないわ」
『では――魔法生物を考案し、形になってきたらお知らせします』
というわけで魔物関連は情報が出揃うのを待ちつつ、魔法生物を組み上げていく。
準備期間は結構あったのでみんなと一緒に色々と新方式等も考えた。
所謂警備兵役となる魔法生物は数を用意する必要があるので一体一体のコストも重要となってくる。
そういう観点から見るとティアーズはやはり出色の出来だな。索敵、個体での戦闘能力、連係能力が高水準な割に低コストで数を揃えられる。身体の小ささは数を揃えて連係すれば補えるし包囲等もしやすい。
装備を換装する事で役割も変えられるので汎用性が高く、総じて完成されている、と言えるだろう。
ティアーズが対応しにくい大型の相手対策としてセントールナイトが配置されていたし、パラディンはどんな相手でも戦える。
だから……基本的な制御や思考ルーチン等は迷宮中枢のティアーズやセントールナイトと同じで良いだろう。運用経験が長くデータが出揃っているだけに信頼性が高く、明確な弱点も少ない。
更に魔法や呪法を用いたハッキング、センサーの類を誤魔化す方法にも対策も組み込んで……そこから性質や外装等を迷宮核に伝えていく。
俺達が相談して新しく考えたのは――武装流体方式とでも言えば良いのか。
装甲兵の中身をカドケウスのような柔軟化と硬質化の性質変化が可能な流体で満たし、コアに術式制御させる事で人工筋肉の役割を果たさせる、というものだ。
これならコストを抑えつつ、高い運動能力を付与し、装甲の形状と武装、付与属性を変えるだけで相手の編成、戦法に対して適切な対策を組み合わせられる兵団を作り出す事が可能だ。その辺の戦闘システムは――俺の方で色々シミュレーションを練りつつ考えれば良い。
というか、関節部も流体制御しているからイグニスのように関節を無視したトリッキーな動きも可能になるな。
まずは汎用性の高さをという事で、その方式を採用した人型の魔法生物を組み上げる。トリッキーな動きや運動能力の高さは空中戦装備と相性が良い。装甲と中身が合わさった時のみ空中戦装備の機能を引き出せるといった仕様にしながらコアに動き方、戦い方も仕込んでいく。
装甲も隙間が小さいのに関節の動きやトリッキーな動きを阻害しない。この辺はイグニスに使われている技術のフィードバックもあるな。ローズマリーと共にビオラやエルハーム姫、コマチ達が考案してくれたものである。
そうして仮想空間で組み上がった流体騎士を、実際に構築してみる。まあ、まだお試しなので防衛戦力としてではなく、管理者の命令を受けて動く設定にしておこう。
「防衛戦力か。前に話をした通りの意匠ではあるのかな」
メギアストラ女王が声を漏らす。
中空に魔法陣が広がり、魔法生物の構築が始まったところで迷宮核の外側に戻ってくる。魔物のデータも情報収集中だからな。その作業が終わるまでは防衛戦力の検分といこう。
パラディン、ティアーズ、セントールナイトは同系統と分かるデザインであったから……流体騎士達も同じように装甲等のデザインを揃えていくというのが良いだろうと相談して決まっている。
「身体の構築が新方式ではありますが、制御系は実績のあるものにしています。この状態で、少しゴーレムと模擬戦をさせて動きを見てみましょうか」
「中々面白そうね」
ジオグランタが楽しそうに笑う。そうしてみんなの見ている前で幾重にも展開した魔法陣の中で流体騎士が構築されていく。
そうして俺達の目の前で構築が完了すると流体騎士がゆっくりと床の上に降り立つ。流線形の兜。一見すると馬の後ろ足のような形状だが逆方向に曲がった特殊な関節の脚部。やや長めの腕。銀を基調とした外部装甲。少しばかり人外めいた姿だが、れっきとした魔法生物だ。地面に降り立ち、俺達の姿を認めると流体騎士は腰に手をやるようにして一礼するのであった。
では、早速ではあるがゴーレムとの模擬戦を始めるとしよう。試算では結構な運動性能を誇っていたが、さて、どうなる事やら。