番外884 星の渦
「ああ。何となくだけれど、テオドール達やオリハルコンの返答が、分かる気がするわ」
ジオグランタが薄く目を開いて言った。
「何だか……暖かいような気持ちが広がっていったような気がしました」
グレイスが、胸のあたりに手をやって小さく微笑むと、みんなも頷く。確かに、俺もそうした想いを感じた。オリハルコンもただ単に黄金に煌めいているだけでなく、オーラのようなものが立ち昇り――俺達の周囲を舞うように漂っているのが見える。
みんなの想いを受けて、か。誰かを守ろうと戦いを決断した想いはパルテニアラ。近くに住まう者達を見て嬉しく思っていた気持ちはメギアストラ女王のものだろうか。
「しかし、不思議な物だな。オリハルコンの自意識というのは……どうなっているのかな? 金属であるようだが、ミネラリアンとはまた違うようだし」
メギアストラ女王が首を傾げる。それは確かに気になるところではあるかも知れない。
「生きている金属で、自らに求められる役割を理解し、性質を変える……と言われています。月の精霊によれば鉱物であり、同時に独立した精霊に近い存在という事らしいですよ」
受け入れて納得した性質に変化し、それに沿うものとして反応して働きを返す。
対話による加工は契約のようなものだ。納得して目的を決めたなら、想いを受けて特化した性質に変化する事でより大きな力を引き出せるようになる。
だから契約に縛られる存在でもあり、何か正当な理由があっての再度の対話を経るまでは勝手に機能を変えるような事もないそうな。
何かを受けて反応を返すという受動的な働きは、陽光を受けて輝く月の性質らしい。
或いは――だからこそ俺達に関わる時に、自分の用途や使用者がどういうものであるか、納得してから協力しようとするのだろう。契約によって力を引き出している後では臨機応変に動くというわけにもいかないだろうしな。
納得するまでは自らの性質を固定し、受け入れている目的に沿った術式しか通さないし、対話しながらでなければ熱を通す事もなく、加工する事もできない。
だとするとこの場所まで俺の意思に反応するようにしてオリハルコンを浮遊させたまま引っ張って来られたのは、月で精錬した時にオーレリア女王の気持ちを受け取っていたから……かな? オリハルコンが対話に臨もうとしてくれた結果というか。
実際、ウロボロスに組み込まれているオリハルコンは――既に一度役割が決まっていたから、浮遊してついてくるような動きはしなかったし。
いずれにしても俺達の想いの一つ一つを、対話を通して受け取ったから反応を返してくれたのだろう。
そうしたオリハルコンの性質を説明すると魔界の面々は納得したように頷いていた。
「先程の儀式は……オリハルコンへの誓いとも言えるな。竜の誇りと王の名に懸けて約束を守るとしよう」
「ファンゴノイドとして……間違いなく記憶に留めておきましょう」
メギアストラ女王とボルケオールがそう言って目を閉じる。
「改めて……よろしくお願いするわね」
ジオグランタもオリハルコンに向かい、挨拶の言葉を口にしたのであった。
対話が終わったところで今度はオリハルコンを持ってルーンガルドの迷宮側に引き返す。
フロートポッドに乗り込んでの転移魔法での移動は「楽で良い」とみんなからも好評だ。あまり動かずにいると筋力や体力等も落ちてしまうところはあるのだが、そこはそれ。日々循環錬気をしていれば体力と筋力の維持も可能だしな。体調を見ながら通常の適度な運動と合わせて使い分けていこう。
というわけでジオグランタやメギアストラ女王達に見送られて魔界から戻り、グレイス達やオリハルコンと共に迷宮中枢部へと向かった。
ボルケオールは迷宮中枢部には立ち入れないから別行動だ。魔界側の大使でもあるのでタームウィルズやフォレスタニアの滞在は継続するが……色々と得た知識と記憶があるので一旦知恵の樹に収めに行った。残しておくべき情報、部外秘の情報はしっかり分ける、との事である。
さてさて。オリハルコンを魔界の迷宮核として動かす為にはルーンガルド側の迷宮核の制御術式や内部データをコピーしてやればいい。
後は魔王城地下に配置し、初期設定を済ませれば実際に迷宮核として起動させられる。
迷宮管理者はジオグランタ。管理代行は初期設定やメンテナンスの都合上として俺が。それからメギアストラ女王と、ボルケオールを始めとしたファンゴノイドの主だった面々、騎士団長のロギという事になるだろう。
迷宮中枢部にはティエーラとコルティエーラ、ヴィンクルもやって来ていた。コルティエーラはスレイブユニットではなく、宝珠の方だ。
「では、その子が立派な迷宮核になれるようにお願いしますね」
ティエーラが笑みを浮かべ、コルティエーラが応援している、というように明滅する。ヴィンクルも嬉しそうに声を上げていた。
「では、私達は迷宮核の外でお待ちしています」
「うん。外の事はいつも通りカドケウスで見ているから」
グレイスに笑って応じる。カドケウスもマルレーンの腕に抱えられたまま、俺の言葉にこくんと頷いた。迷宮核の近くに描いた魔法陣の中にオリハルコンを置き――そうして迷宮核へと向かい合う。
そうして俺の意識も連動して迷宮核内部に入って行く。閉じていた目を開けば、そこは術式の海であった。
俺が迷宮核に指示を出すと、早速外部に描かれた魔法陣が発光し、オリハルコンを認識する。オリハルコン側も迷宮核に共鳴するように光を放っているのが分かった。
迷宮核内部の仮想空間に、オリハルコンの仮想モデルが出現する。魔法陣内部のオリハルコンと連動しており、ここからコピー操作等を行う事ができるというわけだ。同時に迷宮核として動くために必要なパーツ等をここで構築してしまおう。
星空のように煌めく術式の海から――コピーされた術式が渦を巻くようにオリハルコンの内部へ流れ込んでいく。
星々の一つ一つが意味を持つ術式であったりするのだが――術式の煌めきを星に例えるなら、さながら渦を巻く銀河系のような光景が目の前で展開していた。
「これは――凄いな」
迷宮核の処理能力はまだまだ余裕がある。魔界の迷宮の初期設定回りを構想として進めつつ、外で待っているみんなにも、この光景を見てもらう、というのはできるかも知れない。
オリハルコンを迷宮核として仕上げていく作業だ。その変化を見守るというのは……オリハルコンの性質を考えても無意味な事ではあるまい。
というわけで通信機を使ってみんなにその話をすると『見てみたい』という返答が通信機にあった。
迷宮核に指示を出すとコピーの様子が外にも映し出される。
「ああ、これは――」
「確かに……圧巻ね」
エレナが息を飲み、ローズマリーが大きく頷く。
「ん。綺麗」
そう言ってシーラが頷くとみんなも表情を綻ばせる。みんな目の前の光景に目を奪われているようだ。
グレイス達はティエーラ達と中枢部の一角に用意したソファに腰かけてそれを眺める。
管理者と代行者の待機場だな。中枢部で仕事をしたり、ヴィンクルと訓練をしたり。その間ティエーラの話し相手になったり、という事もあるので滞在しやすいようにしてある。
ティアーズ達がいそいそとお茶を淹れたりしているのが見える。ティアーズ達が身の回りの仕事をしてくれるので俺としても安心だ。
そんなわけでコピー作業をみんなに見て貰いながら、俺も今できる作業を進めていくとしよう。