番外881 王城の祝いと月からの知らせ
工房には日々結構な人数が集まるので、料理に関しても対応できるように工房の冷蔵庫、冷凍庫に色々な食材が用意されている。これは冷蔵、冷凍庫の魔道具の性質や性能を見る意味合いもあるな。
冷蔵、冷凍の魔道具は俺達が作る前から存在はしていたが、オリジナルの要素として発酵魔法も駆使して細菌の活動を魔法でも抑えてあるので、魔道具内部に入れてある間はかなり傷みにくいというわけだ。
寝かせて熟成させたり、発酵させる事で美味しさを増す食材もあるので、そういった物は別に保管しているが、魔道具の性能に関してはおおむね満足のいくものである。
まあそんなわけで保管してある食材を使って色々と料理を進めた。実験というか、傷まないかどうか経過観察中の食材はそのまま冷蔵庫の内部で寝かせ続ける形だが。
コック帽を被ったような造形のゴーレムがカートに乗せて料理を運んでくると、それを見たみんなが笑顔になる。中庭に出したテーブルに、これまたコック帽を被った改造ティアーズ達がマニピュレーターで丁寧に料理を並べて、昼食の時間となった。
「ふふ。ゴーレムや魔法生物達の仕草が可愛いですね」
と、エレナがティアーズ達に手を振ると、ティアーズ達もマニピュレーターを振り返したりしていそいそと配膳を進めてくれる。自身も呪法兵を扱うエレナとしてはこうしてゴーレムや魔法生物達の愛嬌のあるところを見るのは好きなのだそうな。
「今日はトマトを沢山使ったお食事なのですね」
「時期的にみんなに食べやすいと言って貰える物を考えて、と言いますか」
「なるほど」
そう答えるとオフィーリアは納得したというように笑みを浮かべて目を閉じる。
「ふふ。テオのお陰で助かっています」
グレイスの言葉にみんなも微笑んだり頷いたりといった反応だ。
この辺は個人差が大きく、人によりけりであったり日によっても変わってきたりするので一概にこうとは言えないが、食べやすい物、食べにくい物の傾向というのはあるからな。
そうした話にアルバートも真剣に頷いていた。
「王城の料理人達もその辺気にしていたね」
「なるべく食べやすい物を考えて下さるそうですわ」
と、オフィーリアも言う。その辺、王城の料理人達なら知識もあるから安心だろう。ミハエラや迷宮村の面々も知識があるので俺としても色々助かっている。
デザートとして用意されていたゼリーを出すと、ロミーナが「これは綺麗ですね」と笑う。
「見た目も涼しげだし、甘くて美味しいわね」
と、アドリアーナ姫。冷えた桃をゼリーに閉じ込めてあり、その桃の味と香りも受けが良いようで。
「この果実は……ああ。好きな味ですわ」
「ヒタカやホウ国の果物だね」
オフィーリアもアルバートと共に桃を口に運んで笑顔になっていた。お祝いというにはやや即席ではあるが、喜んで貰えて何よりである。
そんな調子で――工房にて身内での内祝いをし、その後に王城の迎賓館でもお祝いの宴席があった。当然俺も足を運んだが、国内外からお祝いに王族や領主達が足を運んで来たり、学舎の女生徒や月神殿の巫女達も来てくれた。
アルバートの作った魔道具にみんなが感謝しているからでもあるし、オフィーリアの面倒見が良いので慕われている事の証左でもあるだろう。
俺達のところにも挨拶回りがあるが、グレイス達やオフィーリアには極力負担が少ないようにとみんなで近い席に座り、身近な面々も周囲に配置して寛ぎやすいように取り計らってもらっている。その代わりに俺やアルバートが挨拶回りに応対する事になるが、まあ、その辺は問題あるまい。
「いやあ、こんなに沢山の人達にお祝いされるなんてね。慣れてないから少し気恥ずかしいな」
フォブレスター侯爵領やペレスフォード学舎……オフィーリアの関係者からも挨拶回りを受けて、アルバートは小さく笑う。王城では権力基盤が小さかったから、こういう席で主役になるのは慣れていない、という事なのだろう。それでもそつなくこなしているアルバートであるが。
「アルの日頃の努力やオフィーリアさんの人柄の結果だろうね」
そう言うとマルレーンもにこにこしながら大きく頷いていた。
「それは――うん。ありがとう。オフィーリアの事はそうだとしても、僕としてはテオ君達や工房のみんなのお陰だとも思ってる。改めて、感謝するよ」
俺の言葉に穏やかに笑って応じ、マルレーンにもその笑みを向けるアルバートである。
空中戦装備だとかマジックシールドの魔道具で普段から助けて貰っていると、騎士達も国内外問わずアルバートに挨拶にきたりしていて。この辺もアルバートが魔法技師をしているからこそだな。
と、そこにヘルフリート王子とカティア……それにパラソルオクトのソロンも姿を見せた。
「これはアルバート殿下。テオドール公。奥方様も」
「こんにちは、皆お元気そうで何よりです」
「ご無沙汰しております」
と、ヘルフリート王子と一緒に挨拶回りに来たカティアとソロンである。そうしてアルバートと言葉を交わして祝福の言葉をかけてから、俺の方にも挨拶し、みんなの健康を喜んでくれた。
「これはヘルフリート殿下。カティアさんとソロンも。ありがとうございます。その後、例の魔道具の調子はどうですか?」
「時計としては申し分ないですね。もう一つの機能は……結婚して暫くしたら分かってくるのでしょうか?」
懐中時計の魔道具について聞いてみると、ヘルフリート王子は笑って丁寧に答えてくれた。
今の所は鏡で解除したり解いたりしても変化に気付かない事から、これは術が正確なのかも知れないと、ヘルフリート王子はやや小声で付け加える。
ヘルフリート王子の持つ懐中時計は、ネレイドであるカティアと結婚してから暮らすための魔道具だ。ネレイドの伴侶となるとそれが契約のように働いてしまい、老いる速度が普通とは変わってしまうが、それを秘匿するために、通常の加齢に合わせて老いた姿の幻術を被せることができるという……まあ、かなり精密な魔道具なのである。
時計そのものも迷宮商会お抱えの職人達が手作りの品を作ってくれている。精密な技術力が必要なので結構な高額になっているにも拘らず、国内外から注文が入っているとミリアムが教えてくれた。
時差についてはそれぞれの場所で合わせてもらう必要があるものの、その場で正確な時刻が分かるというのは、結構需要があるということなのだろう。
カティアについてもヘルフリート王子の婚約相手ということで周知されているらしく、デメトリオ王とバルフォア侯爵がネレイドと名乗らずに済むように肩書きも用意してくれたとの事だ。ソロンはカティアの使い魔という扱いであるらしいが。
俺達の所に挨拶回りを終えたヘルフリート王子達も、他の貴族から挨拶回りを受けていた。時折穏やかな表情でヘルフリート王子とカティアは話をしたりしている様子が見られて……こちらも仲が良さそうで結構な事である。
そうして王城での祝いは――騎士団と魔術師隊も気合を入れて出し物を見せてくれたり、楽士達が魔力楽器を楽しそうに奏でたりと、アルバートの作った魔道具を使って盛り上げてくれたのであった。
そんな調子でアルバートとオフィーリアを祝う宴の席も過ぎていった。
宴が終わって家に帰った頃に――通信機に月から連絡が入った。迷宮核として使えるオリハルコンの精製が終わった、との事だ。これも魔力送信塔からの魔力を受けられれば実行できる事という話なので、諸々有難い話である。
そんなわけでオリハルコンを受け取りに行き、魔界でジオグランタと共に対話をせねばなるまい。