番外880 工房での内祝い
オフィーリアの事については王城でメルヴィン王達にも既に話をしてきたそうだ。メルヴィン王や王妃達、ジョサイア王子の喜びようはかなりのもので、祝福の言葉をかけてくれたとの事だ。その後で俺にも知らせてやるといいと、言ってくれたという。
アルバートは王位継承権を持っているので、二人はジョサイア王子の王位継承までは王城で暮らしている。ジョサイア王子が正式に継承すればアルバートとオフィーリアもタームウィルズにあるフォブレスター侯爵の別邸に移るという事になっているが。
ともあれ正式にオフィーリアの懐妊を発表すると、王城でも祝いの催しを開く事になって慌ただしくなってしまうので……そうなる前に親しくしている面々に知らせて内祝いをすると共に、工房で少しの間アルバートがそちらに手を取られても大丈夫なようにして来てはどうか、との事で。
「俺ではアルバート殿下の代役としては些か技量に不足はあるが、精一杯力を尽くさせてもらう」
「私も頑張ります……!」
と、タルコットとシンディーは気合を入れている様子である。
「とは言っても、元々僕は王城での権力基盤がないし、お祝いについては手配してもらう形で進めるから、工房に顔を出せなくなるわけではないけれどね。宮廷貴族達の挨拶回りもあるから、そこは少し時間を取られてしまうところはあるかな」
「アルは――まあ、無理をしないようにね」
俺がそう言うとマルレーンも割合真剣な表情でこくこくと頷いて、アルバートはそんな反応に小さく苦笑した。
「うん。僕が忙しくしていたら回りも落ち着かないからね」
というアルバートのその言葉に、オフィーリアは嬉しそうに微笑む。
「ふふ。わたくしに関して言うなら、今までも別段無理な事はしてきていませんわ。本当はアルのお仕事を手伝えたら良かったとも思うのですけれど……。今回は催しの運営や調整を手伝うというわけにも参りませんし」
オフィーリアにとっては、工房の仕事はあまり手伝えない分野だから、他の分野でアルバートを支えたいという思いがあるようで。
一方で執務であるとか交渉役は得意分野らしく、将来的にはフォブレスター侯爵領の執務という面でアルバートの仕事を手伝うのだろうと思うが。
いずれにせよアルバートもオフィーリアも、常日頃から互いを大切に思っている、というのは伝わってくる。
「何かあれば何時でも相談に乗るわね」
「はい、ステファニア様」
と、ステファニアとオフィーリアも笑顔で言葉を交わす。
「ああ。それから父様も後で工房にやってくるそうですわ」
「ペネロープ様と、ロミーナさんもね」
オフィーリアが言うとアルバートが補足するように言った。
内祝いの面々として、フォブレスター侯爵と、巫女頭のペネロープ。それにジルボルト侯爵家の令嬢ロミーナも工房にやってくるらしい。
いずれもアルバートやオフィーリアと親しくしている面々だ。
ロミーナは学舎に通っているので、その繋がりでオフィーリアやアシュレイと友人関係にある。アドリアーナ姫とも交流があるそうで、最近では魔法も覚えたとか。
同じく学舎への留学生という扱いで、工房の手伝いをしにきてくれるドラフデニアの魔術師、ペトラとも仲が良かったりして。ペトラも今日はアドリアーナ姫やロミーナと一緒に工房にやってくるそうだ。
「みんなが集まるなら厨房を借りても良いかな?」
「勿論。テオドール君が厨房で何かしてくれるというのは楽しみだね」
「そんなに大した事をするわけじゃないけれどね」
アルバートの言葉に苦笑しつつ、アクアゴーレム達を作り出す。後はカドケウスやバロールに監督して貰えば諸々料理は進められるだろう。
オフィーリアは時期的にはまだ先だし、グレイス達はあまり体調を崩していないけれど、悪阻でも受け付けやすく食べやすいものもリサーチしてはいる。トマト料理であるとか、それに喉越しが良く口の中がさっぱりする物が良いという話だ。
今日は――そうだな。トマトを挟んだサンドイッチ。それにミネストローネを作り、デザートにゼリーを用意するというのが良いだろう。
最近では味噌用に集めているカノンビーンズの豆を利用して肉を使わない代用ハンバーグというのも作ったりした。ソースもさっぱりとしたものをという事で、大根おろしにポン酢という和風になるが、こうしたレシピも迷宮村や隠れ里の面々が作り方を覚えてくれて、中々みんなには好評であったりする。
ショウガやバナナ等も良いと聞いたな。折に触れて活用したり、アルバートやエリオットともそのへんの知識を共有していきたいものだ。
アクアゴーレムを使って厨房の仕事を進めつつ、アルバート達と談笑していると、フォブレスター侯爵とペネロープ。それにロミーナやペトラも連れ立って姿を見せる。
「これはアルバート殿下。オフィーリアも。この度は喜ばしい事です」
「おめでとうございます、殿下、オフィーリア様」
「おめでとうございます……!」
「ありがとうございます」
と、やって来た面々に祝福の言葉をかけられてアルバートとオフィーリアは丁寧にお辞儀を返す。
「昼食を準備しておりますので、お時間があればご一緒にどうでしょうか?」
「おお……。それは楽しみですな」
フォブレスター侯爵は相好を崩し、ペネロープ達も「では、ご相伴に与ります」と微笑みを浮かべた。
挨拶も終わると女性陣で集まって和気藹々と楽しそうに話をする。夏ではあるが工房では闇魔法のフィールドで陽光を軽減し、風魔法で外気を遮断して敷地全体に空調を利かせているので非常に過ごしやすい。仕事しやすい環境作りとしてアルバートと一緒に仕込んだものであるが、談笑するにも丁度良いな。
ペネロープもマルレーンと抱擁しあったり、ステファニアもアドリアーナ姫と談笑したりと楽しそうな様子である。
「いやはや。女性陣は楽しそうで良いですな。奥方様達も健康そうで安心しました」
「ありがとうございます。お陰様でみんなの体調も良く、経過も順調なようです」
「それは何よりです」
フォブレスター侯爵ともそんな風に挨拶を交わす。その後でフォブレスター侯爵にお礼を言われてしまった。
フォブレスター侯爵領は北方と王都を繋ぐ通り道に位置しているという事もあって、昨今の結婚式や境界劇場などで商人達の往来が増えているとの事である。
「意識してのものというわけではありませんが、お力になれたのなら嬉しく思います」
「ふふ。北方だけでなく、あちこちの領地もそうではありませんかな? 国外からも行商に訪れる者も増えているようですから」
なるほどな。そうしてフォブレスター侯爵は北方についても教えてくれた。フォブレスター侯爵領の北は、元はステファニアが王族として治めていた土地だが、今はエリオットがオルトランド伯爵という爵位と家名を受けて領主となっている。
フォブレスター侯爵が商人達から聞いたエリオットの評判はすこぶる良いとの事だ。ステファニアの統治していた時代の自由な気風を踏襲しつつ、街道の巡察も多めで治安が良く、国外からの旅人にも親切、という事らしい。
「エリオット伯爵は……シルヴァトリアに身を置いていた頃はザディアスの配下ではありましたが、それを差し引いても直接面識のある人達からの評判が良かったですからね」
「観光にしても行商にしてもお互い友好的になる理由も分かるような気がするね」
「北方の要衝を任せた陛下の慧眼という事ですな」
俺とアルバートの言葉に、フォブレスター侯爵は目を閉じてうんうんと頷く。そうして工房で談笑していると、昼食の準備も整うのであった。