156 遊戯と親睦
お試しということでルールの説明である。セオリーを知っている俺とカードに初めて触れるみんなとではハンデがあり過ぎる。まず皆に慣れてもらってから参加して遊ぶことにした。
それぞれのグループでゲームを進めていくと、この手のゲームの向き不向きが見えてくるところがある。
俺達のパーティーではシーラが強い。ポーカーフェイスが上手いのでいきなり機会をうかがって勝負をかけてくるあたり性格が表れていると言えよう。
オフィーリアやフォレストバードのモニカもこういうのに向いているようだ。
反面、割と反応が分かりやすいタルコットにチェスター、フィッツ辺りは読まれやすいところがあるようで。
何度かやってみると大体みんなの傾向も分かってきたので、グループ分けを混ぜてババ抜きを勧めてみたり、神経衰弱やポーカー、スピードや7並べを教えてみたりと、色々やっている。
俺は俺でグループごとに勝ち抜いた面子を集めたところで挑戦したいと言われ、最下位役でゲームに加わって大貧民を始めてみたが、予想していた通りというか、アルフレッドはこういうゲームに強い。
強いカードで一度ペースを握ると終盤で処理しにくくなるカードを切るなどして、堅実な立ち回りを展開する。強いプレイヤーが親になると、なかなか順位の入れ替えが起きにくい。
「やっぱり、一位になると次からはぐっと楽になるね」
「そう。だから最下位になってしまった場合は、無理に首位を取ろうと思わないで、少しでも順位を上げることを考えると抜け出しやすくはなるかな」
例えば、他の人が1位を取ろうと無理したところを狙ったりな。
場に出ている札はジャックだったが、パスして手番を回す。
「テオドール、辛そう」
「2枚も一番強いカードを渡してるからなぁ」
アルフレッドがQを切る。シーラがAを出して、そのままパスが1周して場が流れた。
アルフレッドは……手札を温存している節があるな。あまり無理して親を取りに来ない。流れは中盤というところだ。アルフレッドの中では勝ちへの道筋はある程度既に付いているのだろう。
流れが変わったのは次の手番だった。シーラが出したのはJのペアだ。数字的にはそこそこ、ペアの数的にもかなり強力な手である。だが――。
「これならどうかな」
俺がQのペアを出す。現状、俺の手札の中では最強の2枚。勝負手だ。
Aは既に3枚出ている。ジョーカーもだ。俺がアルフレッドに渡したのは2が1枚、Aが1枚。となると、2をペア以上で持っていても全くおかしくは無いが、この辺りはカードゲームらしく博打している部分もある。
アルフレッドは……一瞬表情を曇らせたものの、動かない。
パスが続いて俺が親になった。他のみんなもパスを続けたのは、無理をして勝ちまでの道筋が崩されるのを嫌った結果だろう。
ある程度状況が固まったとなれば、失うもののない俺としては一気に勝負をかけるだけである。
「じゃあ、これで」
「うわっ」
「……途中から大人しいから、やっぱり何か狙ってると思ってたわ」
4のフォーカード。革命――もとい逆転だ。逆転返しが成立すれば俺の敗北は確定したようなものだが、それは成らず。
Qペアの時に邪魔が入らなかったのは――
「……テオドールを無理に止めると、最下位に落ちる」
というシーラの言葉に集約されているわけである。
そのまま強カードに反転した手札をペアで切って切って、一気に勝負を付けに行く。
アルフレッドも最後から一手前で切るつもりだったらしい3で親を取ると、2のペアを処分し、どうにか2着につけていた。3を俺には渡さず手札にして温存し――逆転対策をしていたが故の2着なんだろう。やっぱりアルフレッドはかなりやるものだ。
「……はあ、面白かった」
アルフレッドが満足げに腕を伸ばす。逆転を決めたことで随分と盛り上がった。
一旦抜けて他のテーブルを見に行く。7並べをやっているアウリア、チェスター、タルコットにシンディーのテーブルでは、アウリアにパスをされて数字を止められたタルコットが唸り声を上げながら2回目のパスを宣言していたりしていた。
イルムヒルト、フラージア、ユスティアとドミニクにペネロープ。このメンバーは和気藹々と神経衰弱。ペネロープがドミニクの外した札を持っていき、盛り上がっているところであった。ペネロープとユスティア達は随分仲が良くなっている気がするな。
その隣ではババ抜き。うん。神経衰弱とババ抜きの卓は随分平和だな。駆け引きというより盛り上がって親睦を深めている感じが強い。
ババ抜きの方はグレイス、アシュレイとマルレーン、クラウディアという面子だったが、マルレーンがにこにこ笑って差し出した手札から、ジョーカーの隣が一枚だけ飛び出して、それを受けたクラウディアが楽しそうに笑っていたりと、定番の光景が展開されている。飛び出した札を取るかどうか迷ったり引いた札を見て笑みを浮かべたりと……楽しんでくれているようでなによりだ。
フォレストバードのロビンとフィッツがスピードで盛り上がっていたり……みんな思い思いに遊んでいる。作った甲斐があると言うものだ。
カードと色々なゲームのルールを書いた紙は何セットか作ってきているし、これはみんなに持ち帰ってもらう予定だ。良い娯楽になるだろうし、後でカードが広まる下地になってくれるだろう。
「ん……」
目を覚ます。
明るくなってきてから帰って眠り……起きるとすっかり日が高くなっていた。昨日は明け方までみんなと賑やかにやっていたからな。
みんなは昨日も準備が早かったという事もあり、まだ寝息を立てている。
俺は調べ物で徹夜慣れをしているというか……みんなよりも夜に強いところがあるので先に起きてしまったようだ。グレイスは……先に起きているのかな?
皆を起こさないよう、寝台から抜け出す。
姉妹のように寄り添って眠っているアシュレイとマルレーンの髪を指で梳いて、着替えてから下へと降りる。
「おはようございます」
グレイスは下で朝食……というよりは昼食の準備をしていた。視線が合うと微笑みを浮かべる。
「おはようって言うには日が高いけどね。顔を洗ってきたら手伝うよ。何しようか」
「はい。では食材を切っていただければ」
まず身支度を整えてきて、グレイスと一緒に食材を切ったりと準備を進めていると、クラウディアが顔を見せた。
「おはよう……でいいのかな」
「ええ、おはよう。私も手伝うわ」
クラウディアは盛り付けをしたり皿を運んだりしてくれた。
「お昼が済んだら話があるのだけれど、いいかしら」
準備が整ったところで、クラウディアが言う。
話。金色の瞳で俺を見つめてくるクラウディアの表情は真剣なものだった。となると、迷宮村の一件だろうか。
「昨日の話かな?」
「それもあるわ。あなたが色々と考えてくれていることは分かった。だから私からもあなたに協力を求めるその前に……もっと、色々なことをあなたに話すべきではないかと思ったの」
「それは別に……言わなくても信用している。伏せておきたいことがあるなら、それを無理に聞こうとも思わないし」
だがクラウディアは首を横に振った。
「あなたにはあなたの目的があるように、私にも私の理由や目的がある。あなたの理由を考えて……それから魔人との戦い方を見て、信用できると思ったのよ」
グレイスのことだな。クラウディアも迷宮村に関しては似たような問題を抱えているし想像が付きやすい部分ではあるのだろう。
「魔人との戦い方って言うと?」
「あなたは、常に一番危ないところに自分から向かっていくから。自分の守りたいものを裏切らないんじゃないかと期待しているわ」
……期待か。面と向かってそんな風に言われるとやや反応に困るところもあるが……。確かにクラウディアからの信用と協力が得られることは、俺にとっても望ましいことでもあるんだが。
メルヴィン王の代であるなら、恐らく治世は続くだろう。けれど……ずっと未来に渡って、代替わりしていっても安定が続くとは限らない。
だがクラウディアの周囲は安定しているとも言える。政治的事情や時代の流れとは無関係なところに立っているし、国守りの儀と迷宮の関連性から鑑みるに、迷宮はある面、ヴェルドガル王家の上位に存在している。
クラウディアは多分……迷宮側の事情が何かしらあったとしても、自分の動機と目的については心変わりしない。迷宮村の住人を、ずっと昔から守ってきたのだろうから。




