番外875 東国土産と宴会と
ヘリアンサス号の船員達は馬車に乗って王城へと向かう事になった。その際、東国から運ばれてきた荷物も王城に運んで、まずは貴族、次に商人という順番でお披露目する、という事になっているそうだ。
貴族には国内、同盟各国の者達相手に今日から数日間。その後に民間の商人達に数日間、お披露目として外来客を迎賓館の特設会場に受け入れる、との事で。
需要側と供給する側の双方にお披露目するというのが目的だな。今後の貿易を盛り立てようという企画でもある。ヘリアンサス号も貿易に関わる事になるだろうし、今後は同系列の船舶も建造して船の往来を増やす事で貿易の頻度を増やしていく、という方向で動いていく事になるだろう。それに伴って、二つの中継地点ももっと稼働する頻度が増えていく、というわけだ。
お披露目の特設会場は――王城セオレムにある迎賓館のダンスホールである。今日の所は船員達とヘリアンサス号の帰還、航路開拓の成功を祝って宴を行うという事ではあるが、お披露目自体は今日からという事になっているな。
今日と明日は俺に近しい貴族達が来る予定になっていて……その折にフォレスタニアにも顔を出していく者もいる。そんなわけでフロートポッドや馬車にそれぞれ乗り、東国からの荷物と一緒に王城へ向かうのであった。
「おお、テオドール公……!」
「皆お元気そうでお顔を見て安心しました」
と、王城の迎賓館に到着したところで俺達に挨拶をしてきたのはドリスコル公爵とデボニス大公であった。公爵家のオスカーとヴァネッサ、大公家のフィリップ夫妻も一緒のようだ。
「これはお二方とも。皆さんもお元気そうで何よりです」
こちらも挨拶すると公爵家と大公家の面々も笑顔でお辞儀をしながら迎えてくれた。
「今日は東国の品々のお披露目ですから、私としては楽しみにしておりました」
「私はフィリップや公爵に誘われましてな。折角なので色々な物を見てみようと思った次第です」
公爵と大公はそんな風に教えてくれた。和解してからはこうして交流もするようになったようで。
「そうだったのですか。先程船から降ろされた品々を見ましたが、美術的な工芸品から実用品に至るまで、色々なものがありましたよ」
「ふふふ……。いやあ、楽しみですな」
「ふむ。私としては実用品には興味がありますな」
と、期待感を高めているドリスコル公爵とその様子に苦笑しているデボニス大公である。
二家とも先程到着したばかりのようで、デボニス大公もオスカーやヴァネッサから丁寧に挨拶をされて表情を綻ばせていた。
「父上はお二人を孫の様に思っているところがあるようですな」
と、フィリップは俺の近くまで来て、小声で教えてくれた。なるほどな。オスカーやヴァネッサは歳の割にしっかりしていて思慮深い印象があるから、デボニス大公と相性が良いというのは納得いくところだ。両家が和解したのであれば関係性がこうなるのも道理だろう。
ドリスコル公爵の若い頃は今と比べると型破りなところもあったそうで、結婚してオスカーやヴァネッサが生まれてから落ち着いたのだとメルヴィン王から聞いている。
好奇心旺盛で享楽的というのは今も変わらないが、昔は伊達男なんて異名もあったそうな。まあ……そうやって若い頃は放蕩していたが、いざ公爵位を継いでみれば政治は手堅いというあたり、そのへんの貴族の放蕩息子とは違うというか。
ともかく、若い頃はそんな性格だったものだから、両家の対立もあってデボニス大公からの心象が良くなかったというのもあるらしい。今のドリスコル公爵はデボニス大公も別段悪く思っていないようではあるが、やはり領主として堅実な実績を積んでいる、というのも大きいのだろう。
「おお……これはまた素晴らしい……!」
と、運び込まれる品々を見て目を輝かせているドリスコル公爵。
「私は――魔物からの防衛を考えて武器や防具を拝見したいところですな。ヒタカの刃物は素晴らしい出来と聞いております」
デボニス大公はそう言って相好を崩す。
それを聞いたユラが護衛として同行しているアカネに尋ねる。
「アカネの試技を見てもらってはどうでしょうか? ヒタカの刀剣についての参考になるかも知れません」
「テオドール様や騎士団長殿の前で披露する程の腕前ではありませんが……そうですね。ヒタカの刀剣の性質や出来の参考にという事であれば、僭越ながら」
アカネはユラの言葉に苦笑しつつも静かに頷く。というわけで宴の途中でアカネが技を披露してくれるという事になった。
「それなら私も……楽器の演奏なら」
と、リン王女が微笑み、ユラも笑顔で頷く。そうしたやり取りにドリスコル公爵はますます喜んでいたりするが。
そんな話をしている間に着々と宴の準備も進んで――メルヴィン王が改めて航路開拓と船員達の栄誉と無事を祝して口上を述べる。船長もそれに対して返礼というように感謝の言葉を述べて、集まっている面々から拍手と歓声が起こった。
「東国との絆に!」
そう言ってメルヴィン王が酒杯を掲げ、俺達もそれに倣って声を上げる。そうして宴が始まるのであった。
船員達は上機嫌に酒を酌み交わしたりしているようだ。向こうに滞在している間にヒタカやホウ国の酒も口にして気に入ったらしく、思い思いに好みの酒を飲んでいる様子であった。
「おお。これは口当たりが良い……」
と、ドリスコル公爵は純米酒を口にして感動したような声を漏らす。宴の席でも試飲ができるようにと酒を持ち込んだりしているわけだな。これから交易品の見本のお披露目という事で酒量は大分抑えめにしている様子であるが。
ユラとリン王女も檀上に立って、こちらから持って行ったどんな品がどんな層に喜ばれたか等、東国側の反応をみんなに色々と話して聞かせてくれる。
その辺の事情はメモにして纏めてくれているそうで……翻訳の魔道具を使ってそれを文官やミリアムも復唱したり聞き取りしたりしていた。明日以降、お披露目に来た面々に説明をする為だ。ミリアムもそのへんの情報を商人仲間に聞かせられるようにしておきたいという事らしい。
「商談や貿易に関わる事だけに、後で誤訳がないか確認させて下さい」
「ああ、それは助かります」
俺からそう声をかけると、ミリアムや文官達は嬉しそうに答える。
「まあ、商談や貿易に関わる事だものね」
と、ローズマリーが目を閉じて言う。そうだな。翻訳の魔道具を通した事で思わぬ誤訳が起こってしまっては何だから。メモを突き合わせての確認ぐらいはとっておこうというわけだ。
アカネの試技もそんな中で行われる。アカネの刀は――鎌鼬の力を借りる為に術式での処理は行われているが、純粋に刀剣として見ても一級品なのは確かだ。
そうして的として置かれた鉄兜と真っ向から向かい合ったアカネが流麗な仕草で腰の刀を抜く。兜を前に少しの間呼吸を整えていたが――裂帛の気合と共に大上段から真っ向に刀を振り下ろせば、見事一刀の下に兜を真っ二つにしていた。
拍手が巻き起こるとアカネは刀を収め、静かに一礼して応じる。
「お目汚しを失礼しました」
「なるほど。闘気や魔法に頼らず、技法を持って斬鉄――兜割りを行ったわけですね」
と、騎士団長のミルドレッドが言うと、みんな感心したような声を漏らす。
流石にミルドレッドは今の試技の意図に気付いているな。刀身に闘気も魔力も纏わせずに兜割りを行う事で、ヒタカの刀剣ならば純粋な体術でこれだけの事ができる、というのを見せてくれたというわけだな。
そんな調子で船長や船員達にあれこれと船旅の話を聞いたり、みんなで貿易品を見たりと、ヘリアンサス号帰還を祝う宴は盛り上がりながらも和やかに過ぎていくのであった。