番外873 王城の典医
「この時期になると体調を崩す方もいるのですが、奥様方は皆悪阻等も軽いようで何よりです。健康そうでもありますし、皆様お腹の御子も順調に育っているようですね」
「ふふ。循環錬気もあるからある程度安心していたけれど、全員の体調も万全というのは、やはりそれが理由でしょうね」
と、セオレムから派遣されてきた女医――ルシールが診察と問診を終えて、ロゼッタと共に満足そうな表情で頷いた。
「ありがとうございます。そうですね。シルヴァトリアの文献によれば循環錬気は懐妊の折にかなり有効という事なので続けています」
ルシールとロゼッタにそう答える。
ルシールはヴェルドガル王家が抱えている典医の一人という事で、女医なので主に後宮の王族達の体調管理を行う役割を担っているらしい。
マルレーンの暗殺未遂事件の後で……役割分担や別々の場所でできるように典医を増やしたそうで、その折に王家に召し抱えられたとか。
その辺はメルヴィン王の後悔が伝わってくる話ではあるが。ともかくルシールはロゼッタとも面識があるそうで、水魔法の他にも光魔法や薬学等にも通じている魔法医なのだそうな。
魔法医との区別は習得している術系統によるところが大きいな。水魔法に属する治癒術主体の場合は治癒術師と呼ばれるのが普通だ。
治癒術師であるロゼッタはペレスフォード学舎で教鞭を取るので典医に通じるだけの公的な立場もある。当人も治癒術と裏魔法、格闘技まで使いこなす実戦派……というか武闘派の治癒術師である。お互い色々と人体に精通した人物だ。治癒の裏魔法は薬学にも通じるからロゼッタと魔法医であるルシールとは色々話題が合うのではないだろうか。
ルシールに関しては――今はセオレムも王子、王女達が巣立ち、状況が落ち着いているのでメルヴィン王が俺達の所に問診に来るように手配してくれた、というわけだ。
ジョサイア王子が結婚すればまたセオレムでの典医の仕事も増えるのだろうけれど……それも俺達の子供が生まれてからの話だしな。そんなわけで子供達が生まれるまでフォレスタニアに常駐してくれるとの事で、心強い話である。ロゼッタも手伝いたいと言ってくれたが、学舎の講師でもあるから常駐というわけにも行かないしな。
いずれにしてもルシールを中心に、ロゼッタや迷宮村、月神殿とも情報共有して、全員に対して万全な体制を構築してくれる、との事である。
「いや、しかし循環錬気を受けている奥様方に問診と診察ができる、というのは有り難いお話ですね。医者としては役得ですよ」
ルシールが言う。ロゼッタも治癒術師として循環錬気を知っていたし興味があったようだからな。ロゼッタと面識のあるルシールもそうなのだろう。
「魔力循環や循環錬気について知りたい事があるなら、ある程度はお話できますし、力になれますよ」
「ふふ。立場に甘んじてシルヴァトリアの秘術を調べると言うのも些か問題がありますから。お気持ちだけ受け取っておきます」
俺の言葉にルシールは穏やかな笑みを見せた。なるほどな。
「経過も順調なようで安心しました」
「色々知識を付けた分、少し身構えていたけれど、体調が良くて拍子抜けするぐらいね」
「ふふ、テオドールのお陰かしら」
問診を終えたグレイスが言うとローズマリーが羽扇で口元を隠して言って、ステファニアも笑みを浮かべる。
グレイスの懐妊が判明してから、大体2ヶ月と少し。心身に変化が出てくる頃合いという事で、悪阻もこの頃から始まり大体4ヶ月目ぐらいまで続く、という事だそうな。どのぐらい続くかも人によって前後するそうだが……総じてこのあたりは辛い時期ではあるらしい。
ただルシールが言った通り循環錬気も続けているから、みんな体調を崩すこともなく、お腹の子も元気に育っているようだ。その辺の体調変化や辛さは、代わる事もできないから……その分、循環錬気でみんなの力になれているのであれば嬉しいが。
循環錬気で感じ取れる魔力の流れも少しずつ変化しているが、生命力の流れとも関係しているので魔力の流れの良し悪しは変化しても正常なものかどうかはすぐ分かる。子供の魔力、生命力も感じ取れるようになっているが、循環錬気は子供にとっても良い方向に作用しているようだ。
更に……この頃になるとライフディテクションによる生命反応を見ても違いが分かるようになってくる。落ち着いた平穏な日々と同様、子供達も順調なようで、俺としては今回の問診と診察の結果も含めて安心できるところだ。
「光魔法を使えるテオドール様や治癒術を使えるアシュレイ様にも、私達の知識や技術を伝えておけばより安心かも知れませんね。もしよろしければ、ですが」
「それは――助かります。どうかご教授を願えますか?」
と、ルシールの言葉に答え、アシュレイと共に一礼する。
「勿論です。最近では後進育成の為に本を執筆しているとも聞き及んでおりますから」
ルシールの診察については、光魔法で母体と子供の状態をそれぞれ探るという術があるそうで。
この辺の術は――BFOで関わりになれなかったというか。並行世界の俺も知らなかった術だが……ライフディテクションも光魔法だし、術式の働きから言ってもその系譜の魔法と考えて良さそうだ。
「ん。キラキラ光って診察とは思えないぐらいに綺麗な魔法だった」
とはシーラの弁である。獣人であるシーラはともかく、ラミアを診察するのはルシールも初めてであったそうだが「きちんと術式は機能してくれた」との事である。
例の水晶球も感じられる魔力は光属性の波長だし、これらも同系統の流れを汲む術式なのだろう。ライフディテクションもそうだが、水晶球の精度も高いので同系統となれば心強い話である。
そうして、その問診と診察から少し日を置いて、ヘリアンサス号がタームウィルズに帰ってくる。
みんなも体調が良いから無理をしない程度に出迎えに顔も出したいという事で、大型フロートポッドに乗って港に向かうということになった。アルバート達やドロレスは既に造船所で待っている、との事だ。
「ふふ。大型ポッドはラミアの姿でも楽に寛げるところが好きだわ」
イルムヒルトがソファに腰を落ち着かせて表情を綻ばせる。蛇の半身もゆったりと座面に伸ばせるぐらいの広さはあるからな。動物組、魔法生物組もいそいそと乗り込み、カドケウスを膝の上に抱えて座席についたマルレーンがにこにことした笑みを見せる。
「それじゃあ行きましょうか」
全員乗り込んで席についたところでクラウディアがマジックサークルを展開させると、組み込まれている魔石が反応して月女神の魔力が広がり、フロートポッドが燐光を纏う。
転移魔法の発動と共に光に包まれてそれが収まると――外の景色が変わっていた。フォレスタニア城からタームウィルズの神殿の近くに転移してきたわけだ。
フロートポッドをゆっくりと浮遊させながら造船所へと向かう。
やがて造船所や港が見えてきた。外部モニターを見ていたエレナが水平線の彼方を指差して言う。
「あれは――ヘリアンサス号でしょうか?」
「ああ。多分そうだね。船影の形がそうだ」
ヘリアンサス号らしき船影も確認できた。ヒタカで迎えた時とは逆に、俺達の方が先に造船所に到着できるだろう。
そうして造船所にフロートポッドを下降させていくと先に来ていたアルバート達が俺達に向かって手を振ってくれる。因みに、アルバート達も大型ポッドを使用している。オフィーリアがいずれ必要になるだろうから、というわけだ。