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番外871 境界公と魔法教本

 目を開くと――俺の意識は迷宮核の内部――術式の星の海に浮かんでいた。迷宮核の外の景色も見える。グレイス達が迷宮中枢の一角で椅子に腰かけ、ティアーズ達がお茶を用意しているところだ。ティエーラとコルティエーラ、ヴィンクルも一緒にいて、ヴィンクルはティエーラの足元に寝転がって大きく欠伸をしていた。


 ヴィンクルは大分リラックスしているようで、中々に微笑ましい。身体付きもまた少し大きくなったかな。


『さて。それじゃ始めようかな。そんなには長くかからないと思う』

「はい。お待ちしていますね」


 通信機でこっちの準備が出来た事を外に伝えると、カドケウスに向かってグレイスが微笑みかける。


 そんなわけで迷宮核に俺の意思を伝え、作業の為の準備を進めていく。後進育成の為に技術書、魔道書等を執筆していこうというわけだ。


 俺の意思に反応して、周囲にいくつものぼんやりとした光球が浮かぶ。光球の中にあるものは仮想空間で作られた白紙の書物。それから日常で使われている文字や古代文字そのものだ。


 まあなんだ。普通に執筆してもいいのだが、迷宮核を利用した方法であれば普通に羽根ペンで記述したり、魔道具やゴーレムでタイピングしたりするより早いし……何より他にはないメリットがあるのだ。


 一般に広く知らせる事のできない危険性がある技術、術式等を書物という現物として残しておかなくても良い、というものだ。

 得てしてそういった危険度の高い知識は平常時に必要はないが……有事においては打開策に成り得るからな。

 だから禁書という形で人目に付かない形で後世に残したり、後継者に対して秘伝という形で伝えたりするわけだ。反面そうやって秘匿すると失伝してしまったり、実践できる後継者が育たないという事態が起こり得る。


 後にそうした知識が正当な理由で必要になった場合は、迷宮管理者であるティエーラやその代行者がそうした知識を収めた記述を一時的に表示できるようにすればいい、というわけだな。


 管理者の許可に契約魔法を組み込み、尚且つ管理者か代行者の監督下にある時のみ幻影の書物が表示される、といった予防策を講じておけば、失伝は勿論、悪用も防止できるだろう。

 まずは仮想の書物としてのデータを作り、後から予防策込みでそのデータを呼び出せるシステムを構築しておくとしよう。


 だがまあ、今日はそこまで危険度の高い物を用意するつもりはない。後進育成のための最初の作業という事で、魔法を身につけるための基礎や教本的な内容を実際の書物の形にしようと思っている。


 執筆の方法は――思考入力だ。

 入力したい文章を思い描く事で仮想空間の本に記述していくという方式で、外部プリントアウト時に普通の本に見せかける為に俺の筆跡を迷宮核に記憶してもらい、それを文字フォントのように使って仮想の本として構築していく。


 まずは……通常の書籍で見るように魔法を使う事の意味を考えてもらう前口上を書いておく。俺自身は大きな力を使うには責任が伴う、等と人に言えるような考え方で行動していなかったが――。


「――魔法の力は大きなもので、生きていく上で様々な道を選ぶ助けになってくれるだろう。この本を読んで魔法を使えるようになり、新たな道を拓く事ができたならば、その力で他の誰かの助けにもなってくれる事を願っている。今記述している自分もまた、この本が誰かの助けになる事を願っているからだ」


 そんな前口上。読んだ相手に俺の想いが伝わってくれたらいいのだがな。


 さて。そんな前口上の記述を終えたら魔法の初歩……第一歩となる訓練方法を記述していく。魔法を使えるようになるまでの一般的な内容だ。

 これは生活魔法等、ごく初歩的な術の詠唱を繰り返す事で体内に流れる魔力を意識できるようにし、それを動かせるようにしていく、というものだ。


 俺の場合はそれに加えて、体内魔力の通常時と、生活魔法を発動させた際の正しい流れをイメージする事を提唱したいところである。そうする事で体内魔力の動きをより早く感知できるようになる。更に挿絵も交える事で魔力の動きのイメージがより正確になるだろう。


 その段階で初心者が躓きやすいポイントやパターンを分析し、正しい対処法も記述していく。


「迷宮核に補助をお願いしたのは俺だけど……この執筆法――結構面白いな」


 目の前で仮想の本と羽根ペンが動いて、猛烈な速度で記述が成され、頁が捲られていく。術式構築の要領で意識を割いて記述を進める。本と関係のない余計な思考は俺の中で「違う」という意識が働くために記述から省かれる。


 迷宮核の補助があればこそではあるが中々に便利だな。挿絵もイメージ通りに描いてくれるし細部の修正も後から可能なので……その気になれば漫画も描けるような気がする。まあ……漫画は漫画で読みやすくしたりするための技法があるし、読む専門だった俺では、訓練を積まないと見れた物にはできないだろうが。


 そうして更に魔力の総量を増やす方法、より術式の精度を上げる為の訓練法、体内魔力の出力向上法を章ごとに分けて記述していく。訓練法自体もより基礎的で簡単な内容と、ある程度高度なものとに分けて記しておく。


 いずれも最初の章と同様、躓きやすいポイントを整理して、対処法も合わせて記述しておいた。とりあえずこの本に書いてあることをきちんと実践していけば無詠唱やダブルスペルの習得ぐらいまではいける、とは思うのだが。


 本文の記述が終わったら装丁の素材を選び、表紙、裏表紙、背表紙のデザインを行っていく。デザインはどうしようか悩んだが、魔道書という事でアンティークな茶色い革の装丁を選ぶ。革の装丁表面に植物をモチーフにした模様の装飾を施し、金文字で本のタイトルや著者名を刻む。


 本のタイトルは――そうだな。あまり奇をてらっても仕方がない。『魔術教本第1巻  ―魔法習得と魔力鍛練の基礎―』というのが良いだろうか。続編として応用編や魔力循環についてであるとか、実戦での奥の手に成り得る高位術式を記した書物も用意するつもりでいるので、タイトルはこの方向で良いだろう。


 出来上がった本を一旦通して読み、文章表現や記述に誤りがないか、誤解を与えるような内容になっていないか、推敲作業をする。確認作業を終えたら外のみんなに通信機で連絡を取った。


『とりあえず一冊本が仕上がったから、迷宮核の外に実物として合成出力するよ。魔法の基礎を自分なりに纏めているけど、世間一般でも知られた知識だから実物の本にして所蔵しておいても問題ないし』

「基礎と言ってもテオドールの視点からのものだから、内容が気になるわね」


 通信機で連絡を入れるとそれを読んだローズマリーがどこか楽しそうに言った。


『まあ、その辺も含めて内容についてみんなの意見を聞けると嬉しい。俺自身はバトルメイジだし、そうでない魔術師の視点に立てていないかも知れないから。不備や追記すべき内容があったら手直しする事も視野に入れてる』

「それじゃあその辺りにも気を付けて読んでみるわね」


 クラウディアはそう言って頷いた。

 迷宮核に製本を実行してもらうと外にいる俺の身体の前に光が集まり、先程決めた装丁のデザイン通りに実物が合成されていく。迷宮核を使っての製本ではあるが、実際に出来上がる品については特別な要素は何もない。表紙の革も、紙もインクも成分的には普通のものだ。


 製本を続行してもらいながら俺も迷宮核の外に戻る。意識が戻ってくると目の前で光り輝く光球が浮かんでいて――やがて本が出来上がってゆっくりと手の中に降りてくる。


「ただいま」

「お帰りなさい」


 本を手に取り、みんなに振り返って言うと笑って応じてくれた。では――魔法教本1巻をみんなに読んで貰って感想を聞いてみるとしよう。

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