155 王国の方針は
「テオドール君、お疲れ様!」
「やったよ! すごい反応!」
「こんなに沢山の人に聞いてもらえるとは思わなかったわ!」
観客達が全員出ていくのを見送ったところで、イルムヒルト達が笑顔で駆け寄ってきた。
駆け寄ってきたというか、そのまま3人にもみくちゃにされる感じであったが。演奏会が大成功に終わってハイテンションな様子である。
「あ、ああ。みんなの演奏凄かった」
いきなり抱き着かれて少々動揺したが、平静を装って答える。心構えが無いと何というか、焦る。
「ありがとっ! あたし達は着替えてくるね!」
3人は舞台衣装であるドレス姿なのでさすがにそのままというのは問題がある。楽屋の方へと走っていった。
演奏会が盛況に終わったところでこのまま打ち上げである。諸々の後片付けなどは程々に済ませて明日に回し、劇場のエントランスでみんなで夜通し騒ぐといったところだ。
「テオ。料理はもう出してもいいですか?」
「うん。準備ができたら端から並べていこう」
エントランスではグレイス達のほか、手伝いに来てくれた巫女やギルド職員、俺の使役するゴーレム達が走り回ってテーブルや椅子を並べたり、料理を出してきたりと打ち上げの会場を作っている。
一通り会場が形になって、イルムヒルト達が戻ってきたところで打ち上げ開始だ。だが、やはりかき氷と炭酸飲料に人が集まるらしい。みんな珍しい物好きだなぁ。
イルムヒルトの母親フラージアも、かき氷を一口運んで、驚いたような表情を浮かべていた。
「かき氷を食べ過ぎると身体が冷えるから気を付けてくださいね」
一応注意しておく。ラヴィーネなどは器に盛ったかき氷の山を食べているが、元々彼女は寒冷地仕様なので例外である。
「はい、テオドールさん」
フラージアは笑みを返してきた。
「急な話で、戸惑われたかと思いますが」
「いえ。娘の活き活きとした姿が見ることができて、嬉しかったです」
フラージアの笑顔から感じる面影は……やはり母娘だけあってイルムヒルトによく似ている。柔らかな雰囲気だとか。
「体調の方は大丈夫ですか?」
「そうですね。娘が帰ってきてから、調子が良い日が多いのです」
病は気からという言葉もあるが……フラージアについてはそれが顕著なようだった。
クラウディアから聞いていた通りではあるが、前に見た時より顔色が良くなっている気がする。元々人間より丈夫なラミアなだけに、イルムヒルトに再会して気力が充実しているのかも知れない。
「あー。少々お手を拝借させていただきたいのですが。その、魔力を受け渡しする事で体力の補強ができる術があるのです」
「は、はい」
フラージアはおずおずと手を差し出してくる。
体調が良くなってきているといっても、循環錬気をしておくのは無駄ではあるまい。フラージアの手を取り、循環で生命力の補強をしていく。流れを整えて、こちらから魔力を送り補強する。
手を放すと、フラージアは目を瞬かせて、自身の手を握ったり開いたりしていた。
「もしまた体調が優れないような事がありましたら、すぐに言ってください。力になれると思いますので」
「あ、ありがとうございます。人の魔術師というのはすごい方達なのですね」
「テオドールは、ちょっと特別枠」
フラージアの身辺警護に移っていたシーラが補足するように言うと、それが聞こえたのか、フォレストバードの面々がしみじみと頷いた。むう。
フラージアは周囲の反応がおかしかったのか、クスクスと笑った。
打ち上げには色々な顔触れが集まっているが……メルヴィン王とアウリア、それにペネロープが上機嫌な様子で何かやり取りをしていた。俺に気付くと相好を崩して話しかけてくる。
「おお、テオドールよ。此度の演奏会は大成功であったな」
「儂からもおめでとうと言わせてもらおう」
「素晴らしい演奏会でしたね」
「ありがとうございます。イルムヒルト達とアルフレッドが頑張ってくれた部分が大きいので」
俺としても劇場の今後を占ううえで、十分な手応えを感じている。
アルフレッドは――変装を解いて、オフィーリアと何やら楽しそうに話をしているようだ。うん。あれは邪魔しては悪いな。
「孤児院の子供達にもいい刺激になったようです。将来劇場で働きたいとか、あんな風に歌ったり楽器を弾きたいと言っていた子達もいましたよ」
ペネロープが笑う。そうだな。入場券のもぎりや案内、売店店員。清掃、照明や制御盤の操作に、魔石に魔力を補充して維持する等々、色々劇場回りの仕事は多いし……専門の、しかも信用できるスタッフがいると、俺としても助かるところはある。
少年合唱団みたいな演奏会などを開催するのも、劇場の理念として良いかも知れない。
「希望者がいましたら劇場の仕事を体験学習してもらうというのも良いかも知れませんね。歌や演奏も……興味を持ってくれる人が多いと嬉しいです」
「それは良いですね。サンドラ院長に伝えておきます」
「では、余は孤児院に楽器を寄付させてもらうか」
メルヴィン王は笑ってから一転し、真剣な表情を浮かべた。
「しかしだな。これから先、問題が出てこないわけではない」
「はい」
彼女達に皆が理解を示してくれるのはいい。けれど、それ故に弊害が出てくる部分もある。それは承知している。
だからこそ、演奏会の最後に花束を渡してもらうことで、ギルドと神殿の友好的な魔物に対するスタンスを明確にしたわけである。
「彼女達の普段のギルドでの働きについても耳にした。余としては、あの者達を国として庇護することが、我が王国にとっても有益に働くのではないかと思っておる」
アウリアと話していたのはそれか。冒険者ギルド成立の経緯――冒険者を重用して発展した王国の話と似たところがあるな。
国として庇護するという立場を取ることで周辺諸国から友好的な魔物を流入させ、その代わりに国の利益とする。かなり真っ当なギブアンドテイクではある。
「呪歌や呪曲は、治癒術や体力の補強などが可能ですからね」
呪歌や呪曲を使える魔物は――こうやって劇場で歌を聞かせるに留まらず、医療関係でも活躍の場があると思うし。
魔物はとかく一芸に秀でたところも多いからな。積極的に活躍の場を作っていくのは……確かに有効だと思う。
「そういった実情は、なかなか余のところまでは伝わってこないところがあるのでな。此度のことは実に有意義であった。騎士団主催の晩餐会がまた開かれる故、その時にでも方針を伝えることとしよう」
ああ、あの晩餐会か。毎年恒例なんだっけ。
多分仲間達への恩賞の話もその時にということになると思う。
「分かりました。晩餐会には僕も必ず出席いたします」
「うむ。では、余はもうしばらくしたら、アレを連れて王城へ戻らせてもらう」
と言って、メルヴィン王は苦笑した。メルヴィン王の言うアレというのはローズマリーのことだ。今回もミルドレッドの監視付で、変装して外出の機会を得ている。今は炭酸飲料を飲んで興味深そうにグラスを覗き込んでいたり、かき氷を口に運んだりして何やら思案しながら頷いたりしているが……まあ、また北の塔に足を運んだりもするので、その時にでも感想を聞く機会もあるだろう。
「なるほど。ヴェルドガル王がそんな事を……」
クラウディアに先程のメルヴィン王との会話を伝えると、静かに頷いた。当人であるイルムヒルトとフラージアは、楽しそうに2人で並んで話をしている。イルムヒルトの頭を撫でたりして、和気藹々といったところか。
その光景にクラウディアは穏やかに目を細めた。
「少し不安もあったけれど……一緒に来てもらって良かったわ。ありがとう、テオドール」
「俺としては、いずれはご両親揃って招待といきたいところなんだけどね」
「ええ。でも……そういう話はまた今度にしましょうか。落ち着いてから色々話をしましょう。今は……そうね。テオドールが作ったカードに興味があるわ」
クラウディアは小首を傾げるようにして、笑う。
カードというのは、トランプのことだな。
何セットか作って持ってきているので、みんなでグループに分かれて遊んだりもできるだろう。
さて……。それじゃあ何から行くか。大人数プレイの定番といえば大貧民あたりになるのだろうが……革命だとか、時代背景的にやや物議を醸しそうな単語もあるからな。その辺はちょくちょく置き換えてルールを広めていくことにしよう。




