番外867 境界公のポッド開発
フロートポッドについては基幹となるシステムが浮石なだけに、竜籠としての運用をした場合にも大きさに融通が利くようになった。元々浮石自体がかなり大型化できるものだからだ。
計算上ではある程度住環境を整えられるような大型のものにしても、一頭立てで尚お釣りがくるぐらいの軽さになる。
そんなわけで重量関係についてはあまり気にしなくても良いのだが、ボルケオールが口利きをしてくれて、魔界産の浮遊石の粉末を建材に混ぜる事で更なる軽量化を果たす事に成功した。
お陰で乗り心地や居住性を心置きなく重視する事ができた。構造強化でフレームの強度等の安全性を高めつつ、内装と設備に力を注ぐ事ができた。
大型ポッドはやや幅広の円筒型だ。低い円錐型の屋根もついて、見た目的には空飛ぶテントといった感じである。
内径外延部に通路とトイレ、小型のクーラーボックス風魔道具、調理用スペース、水作成の魔道具、更に浮石としての操縦席を配置。空調魔道具で内部全体の気温、湿度の調整が可能。
中心部にテーブル。テーブルを囲うようにリクライニング型のソファが円形型に並ぶ。
中央と外延部には手摺はあっても仕切りがないので内部空間は居住スペース以上に広々とした印象を受ける。
その他にも色んな設備、機能がある。外部監視用の水晶板モニターは記録媒体の再生もできるので、記録媒体の内容によってはテレビや音楽再生プレーヤーのように使う事も可能である。
個人用フロートポッドも外側に装着して固定できるようになっており、大型ポッドに乗って移動。目的地についたら個人用ポッドで行動といった事もできる。
「いやあ、良い乗り物になったねぇ」
と、工房の中庭に建造した大型ポッドを見てアルバートが満足そうに頷いた。
「そうだね。そこそこの人数でも乗れるし、普段使いでも便利なようにしたつもりだよ。遠出の時はシリウス号があるから、街中で乗る事が多くなるんじゃないかな」
「みんなで寝泊まりできるのが素敵ですね」
アシュレイが微笑むと、マルレーンもにこにこしながら頷いた。
外周部の通路は一段高くなっているので、ソファの背もたれを通路の下側へと完全に倒し、フットレストと共に水平にする事で簡易ベッドとする事が可能だ。更にテーブルの高さが調節できるようになっており、高さを下げてソファーと同素材の専用カバーをかければ、中心部全体がフラットなベッドにもできるという仕様である。
ソファの座面も開閉可能で、床下と共に収納スペースを設けてある。
通路側に折りたたみ式の椅子がついていたりと更なる人数を乗せる事を想定していたりして……諸々限られたスペースを有効活用できるようにしてあるのだ。
「コルリス達も乗れる大きさで良かったわね」
ステファニアが笑顔を向けるとコルリスとティールも揃ってこくんと頷いていた。コルリスやティールもやや手狭ではあるが外縁通路に腰かける事で一緒に乗れるぐらいのスペースがある……というか、そういう想定で設計している。普段の運用では外側を飛んで貰って護衛役になって貰ったりという事が多いだろうけれど。
重量バランスを取る為に厨房スペースの向かい側に簡易のシャワー設備が収納されていたりもする。シャワー設備が使えるのは地上に降りている時限定という想定をしているけれど。そんなわけで衣食住の一通りにそれだけで対応できるというわけだ。
目指した方向性としてはキャンピングカーに近いが、水の貯蔵タンクや電源ユニット等が必要ないので、地球側にあるそれよりもスペースを有効活用したり軽量化したりができていると思う。
試作機であるし、使用する者を俺達に限定しているという事もあって――月女神の属性を付与した魔石を使い、ティエーラに認可を貰う事でクラウディアの転移魔法の消費を抑える作りにしてある。
これにより、タームウィルズとフォレスタニア、迷宮の間をポッドに乗ったままの移動がしやすくなっている、というわけだ。
外装に境界公家の紋章も入れてあり、一通りの安全性も確認済みなので、もう実際の運用もできるだろう。
「試運転がてら、少し出かけてみるのも悪くないわね」
「いいね。タームウィルズ近隣でよければ遊びに行ってみようか」
ローズマリーの言葉に頷くと、リンドブルムも任せろ、というように声を上げる。
今いるのは俺達とアルバート、オフィーリア。ビオラ、エルハーム姫、コマチにタルコットとシンディー。工房の普段のメンバーに加えて、パルテニアラ、封印術の修業をしているシャルロッテ。護衛役のシオン達とカルセドネ、シトリアという面々。それからボルケオールとカーラだ。
一応全員で大型フロートポッドに乗り込む事は可能なので、大人数で乗り込んだ時の使用感を確かめるのも兼ねて少し近隣まで出かけてみる、という事になったのであった。
そんなわけで中心部に女性陣に座って貰ったりしつつ、リンドブルムに装具を装着し、ポッドを牽引してもらう、という事になった。シャルロッテは外周部にコルリス、アンバー、ティールと一緒に座り、近くに腰かけたラヴィーネやアルファを撫でてご満悦といった様子だ。
皆乗り込んで座席に腰かけたのを確かめてから俺も制御用座席に腰かけて、浮石を起動させる。
「よし。それじゃあリンドブルム。よろしく頼む」
僅かにポッドが地面から浮いたところで、正面窓からこちらを見たリンドブルムに声をかけると、こくんと頷き、一声上げてから空へと飛び立つ。一頭立てなのでポッドを吊り下げる形で運ぶ。正面窓からは見えなくなるが、外部モニターではリンドブルムの姿をしっかり捉えている。どんどん高度が上がっていくのが他の外部用モニターからも分かる。
「どうかな? 重くない?」
そう尋ねるとリンドブルムは外部モニターを見て声を上げる。翻訳の魔道具によると「かなり軽いし運びやすい」だそうな。その言葉を裏付けるように翼をはためかせ、力強く加速していく。
「やっぱり浮石だからでしょうか。竜籠として牽引されていても内部は安定していますね」
と、ポッドの挙動を感じたエレナが表情を綻ばせる。
「確かに乗り心地が良いわね。内装も落ち着く感じがあるわ」
「ん。この座席の感じ……結構好き」
クラウディアが笑みを見せ、シーラがうんうんと頷いた。
中央部のソファは外側の通路より一段低くなって囲まれているので、テントの中のような、良い意味で狭い事での居心地の良さがある。それでいて個人用のスペースとしては座面が広い。
「そうだね。というか……挙動も想定以上に安定してるかな。リンドブルムが訓練を積んでるから、牽引の仕方が上手いっていうのもある。牽引する飛竜に合わせた制御術式も組んであるからね」
そう言うとリンドブルムがにやりと笑う。うん。やはり飛竜達の育成も大事だな。浮石については飛竜が牽引している場合、それに合わせた動きをする事ができるよう、システムを組んであるのだ。
そうしてタームウィルズの周辺を大きく回ってから――前にも訪れた事のある、岸壁に囲まれた入り江を目指して飛んでもらうように指示を出す。
タームウィルズ近辺の、知る人ぞ知る穴場といった場所だ。但し、泳ぐにはまだ少し早い時期だから海水浴等は考えてない。もう少し暑くなって来ればここで遊ぶのも吝かではないが、今回は着陸のテストも兼ねての近隣での試運転が目的だからな。
そうしてリンドブルムがゆっくりと高度を下げると、それに応じるように浮石も追随して高度を下げていく。リンドブルムがポッドを着陸させると姿勢を安定させたまま浮力が少しずつ抜けていく。ポッドが着陸した時の足回りに関しては下部に仕込まれたメダルゴーレム達が変形して設置する事で水平を保ってくれるという仕様だ。砂浜でもそれはしっかり働いてくれているようだな。
因みにシリウス号の甲板に乗せた場合は甲板の縁にゴーレム達が掴まってポッドを固定してくれる仕様だ。これも後でテストするとしよう。
そうしてリンドブルムもポッドの隣にゆっくりと翼をはためかせながら降り立つ。どうやら、離着陸も乗り心地も問題ないようだな。