番外866 月の精霊達の喜び
「――では、魔道具を起動させます」
オーレリア女王とみんなの見守る中で魔道具を起動する。月の精霊と交信ができるという事で、みんな期待したような表情で見守っている。
距離が遠いと魔力消費量も大きくなるが……動力源は俺が引き受けさせてもらおう。ウロボロスを構えて魔力を練り上げ、消費されていく魔力を補う。
実際の運用では映像中継をするだけで、交信の為の術式は別の魔道具であるため、魔力消費量も少なくて済む。
暫く靄のかかったような場面が続いていたが――ああ。繋がった。眼下に広がるのは前に見た金色の荒野だ。
そのまま地上に降り立つように動いていく。夢の世界に送られているのは……ホルンとユーフェミアの使っている術式で生み出した、ティアーズをモデルにした幻影のようなものだ。ティアーズは向こうからこちらの様子を見る事のできる水晶板を、マニピュレーターで吊るしているような格好である。これもホルンとユーフェミアが使っている術式で、これにより双方向での交信が可能となる。
『前にも感じた魔力と思って来てみれば……ええと、ティアーズ……だったかしらね?』
と、背後からティアーズが持ち上げられる。ティアーズが身体を軽く揺すってから振り向くと、そこに月の精霊がいた。
『テオドール? オーレリアも』
月の精霊は水晶板に映し出されているであろう俺達を目にして、驚いたような表情を浮かべる。さっきの口ぶりからすると、ティアーズを知っているようだが……まあ、そうか。月の精霊は月の民とずっと一緒にいたわけで、ティアーズを製造した当事者達――の霊体ではあるだろうけれど――とも面識があっても不思議はない。
「こんにちは。夢の世界と繋がる為の魔道具を用意しました。今は――ルーンガルドから交信しています」
『ああ、そうだったの。道理で感じた事のある魔力なわけだわ』
月の精霊は俺の言葉に納得したというように頷いた。やはりティアーズの姿は前に夢の中で見せてもらった事があるそうだ。
と、そこにティエーラ達とヴィンクルもやってくる。
「ふふ、こんにちは」
「元気そうで、良かった」
「かなり鮮明に話ができるのね」
ティエーラ、コルティエーラ、ジオグランタが月の精霊にそう言って、月の精霊も嬉しそうにティエーラ達に挨拶を返す。
『ええ、こんにちは。またお話ができて嬉しいわ』
「まあ……テオドールが維持しているようですから、あまり長話をしては悪い気がしますが」
「月にこの魔道具を設置して、別の魔道具で映像と音声を中継する形なら、かなり魔力消費量も抑えられますよ。少なくとも今のように常時魔力を流して維持する、なんて事はしなくても大丈夫なはずです」
ティエーラの言葉に俺が補足説明を入れると、高位精霊の面々が嬉しそうな反応を見せる。そこに月の民の魂――ご先祖様達もぼんやりとした光の球体という形で画面に映り込んできた。
『みんなも喜んでいるようだわ』
と、月の精霊が通訳してくれる。
「ええ、こんにちは」
「また会えて嬉しいわ」
クラウディアとオーレリア女王がご先祖様達に挨拶をすると、魂達は僅かに発光量を上げて応じてくれる。
それからみんなの懐妊について伝えると、月の精霊は満面の笑顔を見せてくれる。
『そうだったの……! 無事に生まれて、元気に育ってくれるといいわね……!』
そうやって喜んでくれる月の精霊と一緒にご先祖様達がピカピカと光を瞬かせていた。随分と喜んでくれている様子だな。
「もう少し先の話ではありますが……この魔道具があれば子供達と一緒にご挨拶ができますね」
『ああ……! 楽しみが増えたわね……!』
グレイスの言葉に、月の精霊が振り返ってご先祖達に笑顔でそう言って。割と激しく明滅しているのでご先祖様達も盛り上がっている様子であった。うむ。
『ふふ。まだ色々とお話をしていたいところではあるけれど、何時でもお話ができるなら、今日の所はこれぐらいにしておこうかしら』
「維持も中々に大変そうですからね」
月の精霊とオーレリア女王が俺を見て言う。
「魔力はまだ大丈夫ですが……そうですね。確かにこの状態だと落ち着かないかも知れませんし、月に魔道具を設置してからまたのんびりと話をというのが良さそうですね」
『楽しみにしているわ』
というわけで、一旦別れの挨拶をして月の精霊との交信を切り上げる。月の精霊は別れ際、ティアーズを可愛がるように撫でたりしていたが。
そうして水晶板モニターが暗転し、そのままオーレリア女王に交信用の魔道具や中継用魔道具の使い方を説明する事となった。
「――なるほど。割と手軽に使えそうな印象ですね」
俺から使い方を説明すると、オーレリア女王は納得したように頷く。
「はい。設置方法や操作そのものは後の世代になっても直感的に使えるよう、簡易化したつもりです。悪用できないように起動可能な者は限られていますが」
安全装置もしっかり組み込んである。交信は可能だが月の精霊や過去の月の民に余計な手出しはできないようにしたつもりだ。
「本来の目的から外れた使用用途を目論んだ場合は――具体的には魔道具の機能停止と矢印の呪法。連動した警報装置が作動します」
「矢印……元フォルガロ公国の時の騒動で見たあれね」
と、オーレリア女王は矢印の呪法を思い出したのか苦笑していた。
不正利用で発動する呪法カウンターへの防御というのは、かなり呪法に詳しい者が予期していないと難しい。特に本人に実害がない矢印の呪法は通常呪法への対処ともまた異なるので、こちらの手口や仕組みを分かっていないと対処は無理だろうというのが俺の見立てだ。防犯装置が組み込まれている事を秘密にしておけば問題はあるまい。
というわけで、その辺をオーレリア女王にも伝え終わったところで、改めてクレア達にお茶を淹れてもらい、オーレリア女王を交えてサロンでのんびりとした時間を過ごすのであった。
そうして地上を訪問してきたオーレリア女王は魔道具を持って帰り、早速月の王城に設置されたのだった。
月に設置してから試運転も行われたが、魔力消費量も抑えられており、中継も問題なく可能なようだ。起動した後に魔石への魔力補給は必要となるものの、割合気軽に月の精霊と交信できる環境が整ったと言える。クラウディアやオーレリア女王だけでなく、ティエーラ達も月の精霊と話ができる事を喜んでおり、月の精霊側としても定期的に話をしたい、という事であった。
こちら側からの交信だけでなく、月の精霊の方から連絡を取りたいという場合も夢の中で術式を用いれば魔道具に通信を入れる事ができる。そうした機能を使えば……まあ話をしたくなった時に交信する事ができるだろう。
定期的に連絡を取り合おうと話をしているが、気軽に話ができるようになったという事でティエーラ達も月の精霊も喜んでいた。
俺達も工房の仕事として新たにフロートポッドを増産する事となった。
既に1台試作機は出来ていてこれも問題はないようなので、ステファニア、ローズマリー、カミラの分、更に複数台用意して今後に備えるわけだ。
もう少し大人数で乗れる代物としては浮石を組み込む事で、単体での動力を確保しつつ、リンドブルム単独でも竜籠としての運用ができるという物も考えている。
竜籠単体では機動力はあまりないが、飛竜に引いてもらう事で速度を落とさず、利便性、安全性共に向上。建造用の資材は少な目にできるという……竜籠と浮石のいい所取りの優れものだ。竜籠と浮石のハイブリッドといった所だろうか。
とはいえ、一般流通させるには価格帯が高くついてしまいそうな気もするので単純に良い所取り、とも言えないのだが。
そんな調子で新たな大型フロートポッドの建造計画等を立てつつ、別荘や結婚式演出の準備等を進めて日々は過ぎていくのであった。