番外865 王達の前途
バルフォア侯爵は通信機で伝えてきた通り、夕方頃にはジョサイア王子に案内されてフォレスタニアにやってきた。連絡当初の予定より早くやって来たのは……まあ急いで仕事を終えてきた、という事なのだろう。
「これはメルヴィン陛下。境界公も、ご無沙汰しております」
「うむ。そなたも壮健そうで何よりだ」
「良い夜ですね、バルフォア侯爵」
「はい。突然の訪問というのに快く受け入れて貰えて感謝しております」
「いえ。僕達としても嬉しく思っていますよ」
グレイスの懐妊の折に既に一度挨拶に来てくれているバルフォア侯爵なのである。
そう言って迎賓館のサロンで再会の挨拶をしたところで、バルフォア侯爵はグレイス、ステファニアとローズマリーの所へ向かう。
「この度はおめでとうございます。お三方とお子の健やかな日々を願っておりますぞ」
「丁寧にありがとうございます、侯爵」
バルフォア侯爵が言うとグレイス達もお礼の言葉を返し、それからバルフォア侯爵の従者がテーブルの上に真新しいブランケットを置く。ストールや膝掛として使うような薄手且つ小型のもので、暖色系で綺麗に染められ、染色技術で素朴な模様も施されている。
「これはお土産です。領地で織って染めた物でしてな。皆様には加護もありますし、これから夏に向かっていくので時期的にはやや尚早かと思いましたが……秋や冬頃に使って頂ければと思った次第です」
「これは――ありがとうございます」
身体が冷えないようにという事だろう。きっちり9人分用意してあるところを見ると、グレイスの懐妊が伝わってから手配してくれていた、という事かも知れない。
「綺麗な色と模様ね。趣味が良いわ」
「領地の職人達の染色技術の賜物ですな」
ローズマリーの言葉にバルフォア侯爵がそんな風に解説してくれた。
「確かに、暖かみがあって素敵ですね」
と、グレイスも微笑みを浮かべ、女性陣はブランケットを手に取って盛り上がっている。パルテニアラにミレーネ王妃、グラディス王妃もそこに一緒に混ざって楽しそうな様子だ。
「ふむ。テオドール達の子が生まれて落ち着いたのを頃合いとし、余とデボニスは引退を考えておってな」
挨拶も終わって落ち着いて、みんなで茶を飲んでいるとメルヴィン王が言った。
「そうなのですか?」
「うむ。ジョサイアとフィリップが後を継ぎ、余らは隠居という事になろうな」
「私も王位継承後にフラヴィアとの結婚式を考えていてね。そちらの方が経済的な効果も大きそうだからね」
と、ジョサイア王子が補足するように説明してくれた。王位継承と結婚式と続ける事でお祭り期間を延ばすというような考えか。
「なるほど。殿下と以前お約束した結婚式の演出については考えてあります。事前準備をしておけばお互い安心かと」
そう答えるとメルヴィン王とジョサイア王子は表情を柔らかいものにして頷いた。
「すまぬな。そなたにはまた手数をかけてしまうが」
「いえ、お二方には普段からお世話になっていますから。事前に予定が分かっているなら問題はありません」
ヴァルロス一派と戦っていた時には、国内事情から俺への風当たりが強くならないように色々と気を回してもらっていたし、魔人達に俺達の情報が伝わらないよう偽装工作もして貰った。今俺達が宮廷内の派閥争い等とは無関係なところでのんびり領主生活をできるのも、そうした流れの延長線上にあるからこそ、というところはある。
「ありがとう、テオドール公」
俺の返答にジョサイア王子がそう言って、メルヴィン王と共に穏やかな笑みを浮かべた。
ジョサイア王子の王位継承と結婚式の時期は――俺としてもみんなと一緒にいる時間を増やしたい所なので、今の内から結婚式演出の準備をしておけば良さそうだ。
演出のノウハウは既に十分にあるので、俺にかかってくる負担も少なめにできるし……それらの式典は、みんなと一緒に見たいものでもあるからな。
「ふむ。しかし、引退か。余としては目の前の事を色々進める事に注力してきたものだから、その後に何をするか、色々と考えてしまうところがあるな」
と、メルヴィン王がしみじみとした様子で言う。
「引退後となると……やはり趣味等に時間を使うのが定番でしょうか」
「趣味か。ふむ。余の場合は……そうさな。諸国への旅行も悪くないかな。テオドールが転移門を造ってくれた事もある」
転移門を使っての各地への旅行か。「楽しそうですね」と、二人の王妃も表情を綻ばせる。
「フォレスタニアでも、メルヴィン陛下の来訪なら何時でも歓迎しておりますよ」
「ふっふ。フォレスタニアに別荘を用意すると言うのも良いかも知れんな。娘や孫の顔も見に行きやすくなる」
「それは良いですね。一年通して気候も安定しているので、過ごしやすいと思います」
そう言うとメルヴィン王と王妃達は頷いていた。メルヴィン王の別荘か。領内の土地も空いているところはあるので、街中に屋敷を造る事も出来るな。
「ご希望であれば、魔法建築で要望にお応えもできるかと」
「ほほう。では……頼んでも良いかな?」
「勿論です」
こうした話は早い方が都合もつけやすいという事で、早速フォレスタニアの領地内の模型を持ってきて、空いている土地を教え、どこにどんな別荘を建てるのが良いか等の要望を纏める。浮石エレベーターや広めの応接室。四季折々の花が楽しめる中庭。メルヴィン王と王妃達の話を聞いて、立体模型に反映させていくのであった。
フロートポッドの追加作製。メルヴィン王の別荘建築、それから……少し先の話になるがジョサイア王子の結婚式の演出と、細々とした仕事は増えたが日々は概ね平和な物だ。
ヘリアンサス号も復路について、引き続き航海の映像を送ってくるようになった。「ヒタカとホウ国から色々なお土産を持ち帰りますので楽しみにしていて下さい」と、船長達は笑っていたが。
そうこうしている内に月の精霊と夢の中で交信するための魔道具も一先ず出来上がる。ユーフェミアとホルン、それにルージェントの力を込めた魔石を使い、水晶板と繋いで術式制御する事で夢の世界とやり取りができる、というわけだ。ルージェントの属性を付与した魔石を組み込んだのは――シルバーリザードが月の民との絆があって生まれた魔物だからだな。月の精霊と交信をするのにうってつけの触媒に成り得るのだ。
更にその魔道具からあちこちに中継もできるので、俺達もフォレスタニアにいながら月の精霊と話ができるという寸法なのである。
というわけで魔道具が出来上がった旨を伝えるとオーレリア女王から通信機に返答があった。
『受け取りは私が直接赴きましょう。グレイス様達が同行するにせよしないにせよ、月まで来るのは大変ですし――私も皆さんのお顔を見に行きたいところですから』
との事だ。オーレリア女王としても折を見て祝福の言葉を伝えに来たかった、という事なのだろう。というわけで魔道具を持ってフォレスタニア城で待っていると、予定通りにオーレリア女王が訪問してきたのであった。
「こんにちは、テオドール公。それに皆さんも。この度はおめでとうございます」
「これはオーレリア陛下。ありがとうございます」
と、挨拶と祝福の言葉を受けて、オーレリア女王に礼を言う。こうした祝福の言葉への受け答えも最近は多くて手馴れて来たものがあるが。
ともあれ、早速魔道具の起動を行っていこう。月の気配が強い魔石を組み込んだ事により、ルーンガルド側にいながらにして月の精霊と交信が可能なスペックを持っているのだ。