番外864 王妃達の喜び
ステファニアに例の水晶球が反応したのは、それから一週間程経ってからの事であった。日々は平和なもので、俺達は日常通りに執務や領内視察、工房絡みの仕事などを行って過ごしていたが、その中での出来事だ。
「――あら」
「光ったわね……。何気なくだったから驚いたわ」
ステファニアが居間の戸棚に保管してある水晶球に何気なく触れた瞬間、光を放ったのだ。本当に何気なくだったので、みんなも驚きの表情で、遊びに来ていたアドリアーナ姫がそんな風にステファニアの声に応じるように言った。
話題の中で水晶球の話が出たから、ステファニアが取りに立った、という場面での出来事だったのだ。
ステファニアも少し驚いた表情のままで、一度水晶球から手を離してもう一度触れる。すると水晶球は同じように反応を示して光る。
ああ、そうか。グレイスに続いてステファニアも。今の光り方は少し驚いたけれど……こういうステファニアの反応には、表情が綻んでしまうというか。
「おめでとうございます……!」
「おめでとうございます、ステファニア様」
「おめ、でとう……!」
と、みんなも笑顔で祝福の言葉を口にして拍手を送る。
「うん――。嬉しいし、良かったと思う」
振り返ってこちらを見たところで、笑顔を向けてステファニアを抱擁する。すぐ近くで俺の表情を見たステファニアであったが、目の前でその頬が赤くなっていくのが分かった。そうして抱擁してから離れると、ステファニアもようやく実感が湧いて来たといった様子で、喜びを噛み締めるような笑顔を見せる。
「ええ。ありがとう。どうしよう。何だか……俄かにとても嬉しくなってきたわ」
「ふふ。安心したわ。ステファニアの場合は、色々あるものね」
「そうね。一応、対外的には第一夫人という立場だし」
と、ステファニアはアドリアーナ姫の言葉に笑って応じ、にこにことしたマルレーンに抱きつかれてその髪を撫でる。
「まあ、その点で言うならテオドールは色々な分野で実績を残してくれているから、後継するべき物に関して事欠かないというのは安心よね」
と、ローズマリーが言うとみんなも確かに、というように頷いていた。
「んー。後継の育成も色々考えて行かないとな」
色々と魔道書や技術書等を書いて準備しておく必要があるだろうか。景久の知識も研究結果として自然に広められるし、医療や衛生関係等で正しい知識を広められるなら一石二鳥というか。専門家ではないので足りない知識は迷宮核等で補うとして。
魔術書、技術書に関する話を口にすると、シーラが思案しながら言う。
「ん。テオドールの書く魔道書や技術書はすごそう」
「ふふ。そうやってテオドールが色々気を遣ってくれるから、私達としても安心できるわ」
と、ステファニアが俺の言葉に頷く。
「しかし、こうなると……断続的にお祝いの挨拶とかがやってきそうで中々落ち着かないわね」
「そうね。有難い話だけれど」
アドリアーナ姫が冗談めかして言うとステファニアもくすくすと笑う。
確かに……またあちこち連絡を回さなければならないな。
と――そんなやり取りがあってから数日後。
カミラや、グレイス、ステファニアに続いて……ローズマリーが触れた水晶球が反応を示したのだ。
丁度今日、メルヴィン王とミレーネ王妃がステファニアの件で訪問してくる予定であった。
水晶玉が光るところをミレーネ王妃に見せようと、用意しようとしたローズマリーが手に取ったところで反応した、というわけである。
ローズマリーは少し目を見開いて驚いたような表情をしていたが、少しの間を置いて再起動する。目を閉じて何度か頷いたところでこちらに振り返って言った。
「どうやらそういう事のようだわ」
と、そんな風に平静を装っているローズマリーの反応が微笑ましく、グレイスの事、ステファニアの事、ローズマリーの事と、良い知らせが重なるのが嬉しくて……「うん、嬉しいよ」と率直に今の気持ちを伝えながら抱きしめる。
「ええと、その……。わ、わたくしをわざと困らせようとしていない?」
と言うローズマリーであるが。
「嬉しいのは事実だからね」
小さく笑ってそう答えると、ローズマリーは「全く……」と頬を赤らめて目を閉じていた。暫く抱擁し、髪を指で梳いてから離れると、表情を隠すように羽扇を取り出すローズマリーである。
「おめでとうございます、マリー様!」
「おめでとう、マリー」
と、みんなも笑顔になって、居間に拍手と祝福の言葉が広がる。
「ええ、ありがとう」
ローズマリーはそう返答しつつも羽扇でずっと表情を隠していたが。そんなローズマリーの反応にみんなもにこにことした笑みを浮かべてローズマリーはますます羽扇を手放せない、といった循環に陥っているようだ。
「ああ。そうなると、その事もメルヴィン陛下に連絡しなければなりませんね」
エレナは気が付いた、というように言った。
「確かに、今ならグラディス様も一緒に訪問に加わる事ができるかも知れないね」
エレナの言葉に頷いて通信機で連絡を取ると、メルヴィン王から『グラディスにも伝えてこよう。フォレスタニア城への訪問が少し遅れるかも知れぬ』と返答があった。
それからややあって『グラディスもとても喜んでいた。準備が出来次第、ミレーネ共々フォレスタニアへ向かうつもりだ』と、通信機が新たな文面を受け取る。
「グラディス様も随分喜ばれているようですね」
文面をみんなにも見せると、アシュレイが言った。
「準備してすぐに訪問してくるって伝えてくるぐらいだからね。そうなると……バルフォア侯爵にも話を伝えておかないといけないかな」
「伯父上ね。確かに、わたくし達から直接伝えた方がいいかも知れないわね」
バルフォア侯爵はグロウフォニカ王国の領主で、ローズマリーの伯父に当たる人物だ。早めに伝えた方がいいだろうという事で連絡を入れると、侯爵からも「今日の夜にはお祝いに行きたい」と返信があった。
「ん。私達も後に続く」
「ふふ。そうねえ」
と、シーラの言葉にイルムヒルトはにこにことした微笑みを見せている。
「うん。段々水晶球がなくても、私も分かるようになって来たかも」
と。セラフィナがきらきらとした魔力をあちこちに残して飛び回る。家妖精としての力もますます増していて、水晶球の判定共々間違いは無さそうだ。
そうして迎賓館にみんなで移動して訪問を待っていると、騎士団長のミルドレッドと近衛騎士団達が護衛をしつつメルヴィン王と二人の王妃が訪問してきたのであった。
「いやはや、喜ばしい事が続くものだ。円満というのは良い事だな」
「ありがとうございます」
メルヴィン王は上機嫌そうな様子で、王妃達もそれぞれステファニアやローズマリーの手を取ったり抱擁したりして、祝福の言葉をかけていた。
「これから暑くなりますし、体調を崩さないように気を付けるのですよ」
「はい。母上」
と、ステファニアはにこにことミレーネ王妃に応じる。
「マリーが嬉しそうで安心したわ」
「ええと。そう、見えるかしら」
「ふふふ。分かっていますよ」
一方でローズマリーはといえば、グラディス王妃の喜びぶりに些か所在なさげな様子である。グラディス王妃の悪戯っぽい笑い声にあまり感情を出さないよう努めているようだが……うん。ローズマリーの機嫌も良さそうだ。
「バルフォア侯爵も、後程尋ねてくるとの事です」
「兄上がいらっしゃいますか。ふふ、今日の時点で訪問してくるとは、あの人も随分喜んでいるようですね」
俺からそう伝えると、ローズマリーを解放したグラディス王妃はうんうんと頷くのであった。