番外862 乗り物と境界公
陰陽寮所属の陰陽師達にいくつか術の実演を見せてもらい、こちらも魔力循環と空中機動を実演したりした。技術ではなく西方の魔法そのものも見せようという事で希望を聞いてみたが、みんなのモチベーションが上がるような術をと言われたので、大きな藁束の模型相手に攻撃魔法を放つ事にしたのであった。
陰陽寮の術師達で人だかりになっている。その前で少し離れた場所にある藁束と向かい合う。
「では始めます」
ウロボロスを構えてマジックサークルを展開。使う術は――レゾナンスマイン。指向性を持った音の衝撃波を一点に重ねて特定の座標を爆破、破壊するという術だ。
術式が発動すると爆裂音と共に藁束が内側から弾け飛んで、見守っていた陰陽師達から歓声が漏れる。
「今の術は――何だ? 術が見えなかったが……」
「現象を見る事はできませんでしたが――何やら特徴的な爆発音でしたな」
「そういう音の術、という事ですかな?」
流石、研究機関だけあって観察力に優れた人物がいるようだな。レゾナンスマインは、激突した際に大音響が響くが、その際の爆発音はやや特徴的なものとなる。
「そうですね。今の術は指向性を持った音の衝撃波を一点でぶつけて破壊する、という術です。術自体、炎や氷のように目に見える現象ではなく、指定した座標を破壊するので防御が難しいという特徴がありますね」
説明すると陰陽師達からまた驚きの声が上がった。
「また……中々制御の難しそうな術ですな」
「ですが、良い刺激になります。工程を聞く限りかなり複雑な術であるというのに、発動から破壊までが非常に流麗で」
「何が起こったか分かりませんでしたからな。良いものを見せてもらいましたな」
と、陰陽師達は頷いていた。当初の目的通りの効果が得られたようで何よりだ。レゾナンスマインは見た目が派手というのもあるが、制御回りで割と玄人にも好まれるかも知れないな。
陰陽寮の見学と魔法の実演も終わり、昼食を取ってからヘリアンサス号の船員達とヨウキ帝、ユラ達に見送られ、転移設備へと向かった。
「いやはや。妖怪達には楽しい物を見せて貰えたな」
「皆さん、テオドール様もいらっしゃるという事で張り切っていたようですね」
ヨウキ帝が言うと、ユラもくすくすと笑う。
「ともあれだ。ヘリアンサス号の皆については滞在中、不自由のないように取り計らうとしよう」
「テオドール様と奥方達のご健康と、東西の友好と平穏を願っています」
「ありがとうございます」
ヨウキ帝とユラの言葉に一礼する。そうして……穏やかな笑顔のヨウキ帝達に見送られて俺達は転移設備からヴェルドガル王国の転移港へと飛んだのであった。
ヒタカから戻ってくると……ヴェルドガルの時間はまだ朝方といったところだ。続いてダリルとハロルド、シンシアを送って行くためにガートナー伯爵領へ移動する。ネシャートも色々ダリルや父さんを交えて話をしたい事があるそうで、そのまま伯爵領へ同行する。
「ああ……。あっという間ですね」
「転移門って凄いですね」
と、続けざまの転移にハロルドとシンシアは周囲を見回して感激している様子だった。それから気を取り直してというように俺達に向き直る。
「楽しい旅に連れて行って下さってありがとうございました」
「ヒタカの皆さんも妖怪の皆さんも親切にして下さって……とても楽しかったです」
と、ハロルドとシンシアは丁寧にお辞儀をしてくる。
「そうですね。私も今回は良い勉強をさせていただきました」
「イチエモンさんやタダクニさんにも稲作について色々話を聞かせてもらえたし」
ネシャートとダリルはそう言って頷き合う。二人はマヨイガに泊まった際に、稲作についても色々情報を集めていたようだ。
イチエモンもタダクニも色々な方面に知識があるからな。農業関係については参考になる話が聞けたのではないだろうか。
「私も……少し肩の荷が下りました。まだヘリアンサス号は道半ばではありますが、船の状態が思いの外良好でしたから」
「うん。ドロレスさんも、今後ともよろしく」
「はいっ」
と、明るい笑顔を見せるドロレスである。そこに連絡を受けて父さんも姿を見せる。
「おはよう。どうやら……良い旅になったようだね」
父さんはダリル達の表情を見て、満足そうに頷く。
「妖怪達がかなり盛大に歓迎してくれましたね」
「ふふ。それは楽しそうだな」
と、父さんは笑う。それからハロルドとシンシアについては父さんが責任を持って自宅まで送って行こうと笑ってくれた。
「それでは、テオドール様」
「うん。魔道具で分からない事や不都合があったら、いつでも質問を送ってくれていいからね」
「はいっ。ありがとうございます……!」
ハロルドとシンシアは礼儀正しく挨拶をしてくれた。うむ。
そうして、改めて伯爵領のみんなに見送られて、俺達はフォレスタニアへと帰還したのであった。
ヘリアンサス号についてはヒタカだけでなくホウ国からも貿易品を受け取り、船員達ものんびり休んでから西に戻ってくるという予定だ。
ただ、ヒタカでの休暇中も映像等を送ってくれるという事で、その辺の仕事はドロレスが「任せて下さい」と嬉しそうに言っていた。
そうなると俺達は領主としての仕事や工房の仕事に注力できるわけだ。
国内外から子供の事で祝福の為に訪問客を迎えたりもしつつ、工房での仕事を進めたり、領地の執務をこなしつつ、新しい幻影劇についての評判を確かめたりといった日々を過ごしていく。
新しい乗り物の試作品ができたのはそれから暫くしての事だ。
座席に腰かけた時の体重分散やら骨格への負担やらも迷宮核で試算して組み上げていく。
ハーピーの里で手に入れた建材になるキノコ――ロックファンガスを調整して座面に使う事で、堅過ぎず柔らか過ぎず、搭乗者が楽に乗れる形状にしていくわけだ。
「ん。何だか、湯に浸かっているような楽さがある」
というのがシーラの感想だ。俺自身も設計者として自分でも乗ったりしてテストしているので、みんなにも乗って貰って意見を聞いているわけである。
「レビテーションを微弱に効かせているからね。湯に浸かって浮力がかかっているぐらいっていうのは調整通りではあるよ」
そう説明するとシーラは納得したように頷いていた。
乗り物の形状は流線形で丸みを帯びたデザインである。カプセル型の個人用ポッドといった感じだ。風防はついていないが、季節によってその辺の装備を組み込むのもよいだろう。座席に足を延ばしたまま乗り込めるし、そのままの姿勢で移動ができる。
浮石の技術も使われているので乗り物自体の体勢は崩れても搭乗者は安定といった具合だ。
推進方法も浮石と同じで、そこそこの速度も出せる等……性能としては文句もないが……まあ、乗り心地を求めた分、やや燃費が犠牲になっている。魔石への魔力補給は定期的に行わなければならないな。
将来的には個人用ではなく、もう少し大人数で乗れるような乗り物――例えば馬車風の車体のような感じで応用を利かせたいところだ。
そうして工房の中庭を、代わる代わる乗り物に乗ったまま移動したり少しスピードを上げて移動したりして性能や乗り心地を確かめたところで、実際にグレイスにも乗ってもらう。
「ああ……確かに、とても楽な乗り心地です」
グレイスは乗り物で工房の中庭を一周して笑みを浮かべた。みんなもその反応に表情を柔らかにする。仕上がりとしては上々といったところか。
「こんな素敵な物を作って貰えて、幸せですよ」
と、グレイスに微笑みかけられてしまった。むう。
「ふふ、乗り物の名前はどうするのかしら?」
イルムヒルトが俺の反応に楽しそうに肩を震わせてから首を傾げる。
「あー、うん。そうだな。フロートポッド、とかどうかな?」
少し思案してから答えると、みんなも笑顔で頷いてくれた。
さてさて。今日はエリオットとカミラが訪問してくる事になっている。早めに工房の仕事を切り上げて、エリオット達を迎えられる準備をしておこう。