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番外861 桜と風呂と

 宴席では東西の酒を用意していたりして、それらを呑んだ船員達と妖怪達はご機嫌だ。ろくろ首が三味線を奏で、二口女が横笛を吹きながら髪の毛で鼓を叩き、後頭部にある大きな口で歌声を響かせる。1人で3役をこなしているのだから相当に器用なものだ。

 二口女の歌声に合いの手を入れながら三味線をかき鳴らすろくろ首。


 それに合わせてすねこすりのオボロ、サトリやケウケゲン、猫又や化け狸といった面々が中庭で踊りを披露する。動物っぽい妖怪達の踊りは中々に見ていて和むものがある。

 かと思えば付喪神達も中庭に出てきて、家具やら農具やらが一緒に舞うのは中々見た目的にも面白い。鼓の音に合わせて腹を叩く化け狸達の姿もユーモラスで……みんなも楽しそうな表情で拍手や喝采を送っていた。


 三味線と笛の音もアップテンポで曲調も楽しい雰囲気だ。何というか……妖怪達の宴会は見た目にも面白いな。


 マヨイガの中庭には桜の木があるのだが……丁度そちらも満開だ。晩春。北東方面とはいえかなり遅咲きな気もするが、マヨイガの中だから花も長持ちする、という事らしい。

 一曲演奏が終わって一段落したところで風が吹いて、桜の花びらが宴会場の方へ吹き付けてきた。拍手と共に「おお」という歓声がみんなから広がる。


「迷宮の夜桜横丁でも見ましたが、桜は見応えがありますね」


 とグレイスがマルレーンの髪に付いた花びらを手に取って楽しそうに笑う。


「フォレスタニアからもヒタカに近い区画に向かえるとは聞いておりましたが。これが桜というものですか」

「そうですね。ヒタカの妖怪に近い迷宮魔物やカラクリ等が出没する区画ですよ」


 ボルケオールの質問に答える。


「ほう。となると、ここにはいない妖怪でしょうか? 興味が尽きませんな」


 と、ボルケオール。それを聞いていたレイメイが口を開く。


「興味か。俺も含めて里の連中も魔界には興味があるようでな。また遊びに行ってみたいとこだが」

「ふふ。では是非遊びにいらしてください。メギアストラ陛下もお喜びになるかと」


 その言葉にボルケオールがそう言って応じ、レイメイもまた頷く。

 そうして、今度はイルムヒルトが返礼というようにリュートを奏でて歌を披露して……ユラと巫女達がそれに合わせて舞を見せる。イルムヒルトもユラから聴かされた曲をリュートでアレンジしたりと色々工夫してくれているようで。舞を見せるユラや巫女達、それを鑑賞する妖怪達も随分と楽しそうだった。


 縁側に腰掛けたコルリスが鉱石をつまみ……その隣では河童一家の父親と母親が酒杯を飲みながらリズムに合わせて自分の膝を叩いたり身体を揺らしながら手拍子を合わせたりする。

 子供の河童達はと言えばティールの腹などに背中を預けて寝息を立てているが。ティールもまた水の気配が強いから波長が合うと言うか、居心地がいいのだろう。

 ともあれ……妖怪達もみんな元気そうで何よりだ。


「いやはや。楽しい物ですな。妖怪の方々がこんなにも暖かく迎えてくださるとは」

「ふむ。まあ、出自や由来によるところもある。妖怪同士でも問答無用という輩もいるしな」

「だが、これだけの妖怪達に歓迎されたとなれば、帰りの船旅は安心そうではないか」


 船長の言葉にオリエと御前が答える。


「ほう。と仰いますと?」

「精霊達のような加護というわけではないが、我らの気配は残るのでな」

「まあ……話の通じない妖怪でも余程の事がなければ危害を加えようとはすまいよ」


 妖怪と懇意にしているからというわけだな。或いはレイメイや御前、オリエのような大物の気配を感じて遠ざかるという事かも知れない。


「もしもの場合の為に我らも護符と近海途中までの護衛船を手配する予定ですからな。諸々安心でしょう」


 タダクニもそう言うと、船長はお礼を言って笑顔になっていた。




 宴会が終わると、各々マヨイガの案内を受けて寝室に案内される。時差があるので俺達にとってみればもう遅い時間という感覚だ。眠気覚まし用の魔道具、入眠用の魔道具をそれぞれ用意してきているが、まあ……今回はヘリアンサス号の迎えが主目的でそれほど長居するわけではないからな。魔道具の使用も最低限なものにして、帰った時の生活にすぐに戻れるようにしておきたい。


「お風呂の準備はいつでもできておりますよ。そちらの襖から出れば、各部屋から脱衣所に繋がっております。部屋毎に別の風呂場に案内しておりますので、お気軽にどうぞ」


 と、部屋で落ち着いたところでマヨイガが教えに来てくれた。男湯、女湯とも各部屋を襖で繋げてくれているそうだ。


「ありがとう」

「別の風呂場ですか。何だかすごいですね」


 エレナが驚きの表情を浮かべる。風呂場を複製しているのか何なのか、色々と面白い事のできるマヨイガである。


「一帯の妖怪達も私の所に泊まりに来ますし、テオドール様が手掛けてくれたお屋敷も強い魔力を宿していて相性がいいのです。お陰で私も強い力を発揮できます」


 と、マヨイガが教えてくれた。それから――カーラとマヨイガが楽しそうに器の造形について語り合い、今度一緒に表情を組み込もうと約束をしたりしていた。パペティア族に広める為にその辺の技術も習得中のカーラなのである。


 それから少し落ち着いたところでみんなと一緒に風呂に入りに行く。脱衣所で湯着に着替えて浴場に出ると、みんなから驚きの声が漏れた。

 檜の良い香りが漂う――そこは露天風呂だったのだ。先程中庭で見た桜の木が露天風呂の一角にあって……中庭の間取りを変えて露天風呂に改造した、という事だろうか。


「これは凄いな……。中庭が変化するのは予想してなかった」

「宴会の時の中庭……? 丸ごと変化するとは、何とも不思議なものね」


 と、湯着を着たローズマリーが桜の花びらを手で受け止めながら小さく笑う。

 この辺の間取り替えは何でもありと言うか……マヨイガにとってはサービス精神の一環かも知れない。

 何とも不思議なものであったが、桜を見ながらの入浴は中々に乙なものだ。みんな笑顔になっていた。


「ん……。木の匂いも良い感じ」


 と、湯船につかって心地良さげに息をつくシーラである。はらはらと花びらの舞う中でみんなの湯に濡れた肌も紅潮して……何とも綺麗な光景であった。


 お互い背中を流したり髪を洗ったり……のんびりと入浴してから戻ってくると寝床がきっちり用意されていた。ふかふかとした暖かな布団は日干ししたばかりのような心地の良い香りで手触りもさらさらとしていて寝心地のよいものだ。

 そんな調子で……マヨイガ滞在中は至れり尽くせりで、何とも居心地のよいものであった。




 そして一夜が明け――みんなでマヨイガの用意してくれた朝食をとったところで都に戻る事になった。ヘリアンサス号の船長と船員達は、暫くヒタカの都に滞在する予定だ。

 俺達はヘリアンサス号の到着を迎えるだけだったので陰陽寮をボルケオールと共に見学したら帰る予定だ。


 妖怪達も、マヨイガから帰る俺達を見送ってくれた。


「また近い内にフォレスタニアに遊びにいくとしよう」


 と、御前が笑顔で言うと、他の妖怪達もうんうんと頷く。


「ああ。何時でも歓迎するよ。今の状況を見る限り、暫くはフォレスタニアで落ち着いていると思う」

「ふふ。今後の事は楽しみであるな」


 そう言ってオリエ達も笑みを浮かべていた。

 そうしてみんなで都へと移動し、ボルケオールに付き添う形で陰陽寮も見学させてもらう。

 退魔術、結界術や符術の他、治癒術や浄化の術……それに生活に根付いた術も研究する設備があったりして、色々と多岐に渡って幅広く開発が進められているようだ。


「陰陽寮ではテオドール公の魔法の使い方に感銘を受けた者が多くてな」

「暮らしに役立つものを、と開発が進んでいたりするのですよ」


 と、そんな風にヨウキ帝とユラが教えてくれてボルケオールが感心したようにうんうんと頷いていた。んー。まあ、良い方向に影響したというのなら、俺としては何よりだな。

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