番外860 マヨイガの歓迎
「おっ、見えてきたぜ」
レイメイが言うと、みんなも雲の端から遠くを眺め――規則正しい碁盤のような街並みのヒタカの都を目にする。異国情緒たっぷりのその光景に、船員達から歓声が漏れた。
ダリル達やハロルド達もまだまだ都は見慣れないのか、眼下の光景に見惚れているようだった。
「ふむ。港に行く際も気になっていたのですが……あの高い建物は何ですかな?」
「あの塔は陰陽術師達の研究施設の一部です」
ボルケオールの質問にアカネが答える。
「なるほど。魔法技術の研究施設となると、見学は些か難しそうですな」
「少しぐらいなら問題はあるまい。確かに、何もかもというわけにはいかないが」
「ふっふ。では後で見学ということで、準備をさせておきましょう」
ヨウキ帝とタダクニが笑って応じると、ボルケオールは「それは楽しみです。感謝しますぞ」と、礼を言っていた。
というか、ヨウキ帝は勿論のこと、タダクニも陰陽寮のトップという事になるしな。融通を利かせられるという事だろう。
都の警備兵達は俺達の移動方法について話を聞いているのか、雲を見ると一礼を以って応じていた。都の住民達も兵達から話は聞いているのか、同様に一礼してくる。こちらから手を振ると子供達は笑顔になったりと、都が平和である事が窺える。
そうして俺達を乗せた雲は転移設備の前にゆっくりと降りていく。警備兵と女官達がヨウキ帝と俺達の帰還を迎えて一礼してくれた。コマチもヒタカに戻って来ていて、こちらに笑顔を向けてくれる。俺達がヘリアンサス号を迎えに行っている間に戻ってきて、ヒタカの知り合いや家族に挨拶をしてきたらしい。傍らには飛行装置が収められた箱型のカラクリが置いてあって……あれで都の街中を移動してきたのだろう。
「お帰りなさいませ。巫女寮の皆様も既にマヨイガに移動しておりますよ」
「分かった。では、我らも後を追うとしよう。皆にもその旨伝えておくように」
ヨウキ帝が女官とそんなやり取りを交わす。
「こんにちは……! 皆さんが来る日が天候にも恵まれて良かったです!」
とコマチが船長達に笑みを向けていた。
「ありがとうございます。コマチさんも相変わらず元気そうで安心しました」
船長がそう言うと船員達も表情を綻ばせる。航路開拓船は工房絡みの仕事だ。当然船員達とも面識があるが、明るいコマチの性格は船員達にも評判がいい。
「ご家族とは会えましたか?」
「そうですね。みんなと話をしてきました。これからもしっかり頑張ってくるようにって応援してもらえましたよ」
俺の言葉にコマチはにっこりと笑って答えてくれる。うん。それは何よりだ。
というわけで、早速御前達が住んでいる北東方面へ転移門で移動する事になった。転移設備も移動先のマヨイガも、基本的に土足禁止なのでそれぞれの靴を持って移動する。
「では、参ろうか」
連れ立って転移門を越えて――マヨイガ内部に転移する。
光が収まり、みんなが揃っている事を確認したところで、転移の間の襖が独りでに開く。次の間の襖、更に次の間と、小気味の良い音を立てながら襖が次々と開いていき、その奥に和服を纏った少女が現れた。振袖姿に切りそろえられた前髪の少女が三つ指をついてお辞儀をして顔を上げる。
「ようこそ皆様。来訪をお待ちしておりました」
と、距離はあるのにどこからともなく声が響く。あれが――今のマヨイガの活動用の器だ。一旦目の前の襖が閉じて再度開くと、隣の間までマヨイガの器が移動していた。こうやって襖が開いていったり、いきなり隣の間に移動して来たりというのも、マヨイガが演出してくれているものなのだろう。持て成しの一環として色々能力を見せてくれているわけだな。
マヨイガの能力を知らない面々はそれを見て目を丸くしていたが。
「ん、マヨイガ。ありがとう」
礼を言うとマヨイガはこくんと頷く。優しげな表情は見様によっては微笑んでいるようにも受け取れるというぐらいの絶妙な調整だ。
あの顔はコマチが造形を仕上げてくれたものだな。その姿を見たカーラも何か思うところがあるのか、顎に手をやってこくこくと頷いていた。
「さ。こちらへ」
と、マヨイガがついてくるように促してくれる。奥の襖が勝手に開くと、そこは既に廊下になっていて。「これは面白い」と、ヨウキ帝も歓声を上げる。
先導してくれるマヨイガの後に続いて廊下を少し歩いて……案内された先はかなりの広さを持つ和室であった。
料理と座席が既に用意されていて、正面にマヨイガの中庭が見えるが……そこには先んじてマヨイガを訪れていた巫女達と妖怪達がいて、俺達の姿を認めると笑みを向けてきた。
「みんな元気そうで良かった」
「テオドールさん達も」
と、首を揺らして笑みを浮かべるろくろ首である。初対面の者達も多いのだがヒタカ訪問にあたり「妖怪達は色々な姿の者がいるが、総じてみんな気の良い人達である」と幻影を交えて事前に話してあるので、そこまで衝撃は受けていないようだ。ダリルやネシャート、ハロルドやシンシアも妖怪達に丁寧にお辞儀をしていた。
巫女達や妖怪達は三味線やら何やら楽器も用意していて、俺達を迎えて歓迎する気満々といったところだ。
というわけで、席に付きつつも初対面の顔触れを紹介していく。妖怪の側にも知らない顔触れがいるな。
「……んん。貴女、同族……ではないのね。けど、とても心地いい魔力をしているわ」
と、ローテンションながらもアシュレイを見てそんな風に言ったのは雪女らしい。春なのでやや眠いとの事であるが。
「水や氷の魔法を得意としているからでしょうか? よろしくお願いします」
と、アシュレイが笑みを返すと雪女も満足そうに頷いていた。
マヨイガも……カーラに興味があるのか、造形について話をしたりして。器を作って動かしているという話をカーラがすると「似ている所があるのですね」と応じて、親近感を抱いたようだ。
そうして自己紹介も一段落したところでヨウキ帝とマヨイガが広間の端に移動していき、挨拶をする。
「こうして航路開拓船――ヘリアンサス号とその乗組員を迎えられた事を嬉しく思う。妖怪達は総じて酒が好きなようでな。今後の交流に期待しているそうだ」
「遠路はるばる船旅をしてこられた皆様の歓迎の場として選ばれた事を嬉しく思っています。心づくしの料理や暖かい寝床を用意しましたので旅の疲れを癒していってもらえたら幸いです」
「ヒタカへの来訪を祝すと共に、西への船旅においても幸運を願っている。また、境界公の家でも慶事があると聞いた。喜ばしい事だ」
ヨウキ帝とマヨイガがそう言って口上を述べると、広間に集まった面々が俺達と船員達に大きな拍手を送ってくれる。そうしてヘリアンサス号到着を祝う宴の席が始まった。
宴席に用意された料理は、マヨイガが作ってくれたものだ。食材についてはヨウキ帝達が手配をしてくれた。配膳はマヨイガ一人でも大丈夫なのだそうだが、都から巫女達が手伝いに来てくれたと、マヨイガがどこか嬉しそうな口調で教えてくれた。
白米。ワカメと豆腐の味噌汁。天ぷら、刺身に煮物、鯛の尾頭付きと……中々に豪華な印象だ。
料理の味は――非常に美味だ。マヨイガの丁寧な仕事ぶりが窺えると言うか。
「ん。美味しい」
海老の天ぷらを口にしたシーラが頷くとマヨイガはこくんと頷く。
「味覚関連も器に足してもらえたので、より料理の腕が上がりました」
との事だ。意図した方向とは少し違うが、マヨイガは有効活用してくれているようで何よりである。そんなマヨイガに新しい表情技術の事を伝える。
「――興味があります。コマチさんの作ってくれた顔を基本にしてくれるのなら嬉しいです」
「それは嬉しいお言葉ですね……!」
マヨイガの返答に、コマチはにこやかな笑みを返すのであった。