番外857 東国への同行者
「ちょっとそのままで……うん。記憶した……」
と、シグリッタはみんなで通信機を見ている俺達をじっと見て、手で四角い枠を作ると満足そうに頷いた。後で絵にする、という事なのだろう。
「シグリッタの絵も溜まってきたみたいですね」
「内容的に見せても問題ない物で個展を開くのも良い頃合いかも知れないね」
「楽しそう!」
シオンの言葉に笑って答えると、マルセスカも嬉しそうな様子を見せシグリッタもこくんと頷く。
シグリッタの絵は写実的で技量も確かなので見ていても楽しい。
ただ、俺達と同行して色んな場面を絵にしているので……風景画以外では俺達の戦いの場等が絵になっていたりするのが些か気恥ずかしいというか。
死蔵させておくには惜しい出来なので、月の美術館のように何かしらの形でみんなに見てもらう、というのは良いだろう。芸術の振興にも繋がるしな。
そうして祝福のメッセージの確認とその返信も一通り終わったところで、一旦落ち着いて普段通りの生活に戻ろう、という事になった。
確かに。日常を疎かにするわけにもいかないしな。
「それじゃ、執務室に行こうか」
そう言うとみんなも頷いて、グレイスを守るというようにカルセドネとシトリアが近くに寄り添った。
「グレイスお姉ちゃんはきちんと守るから」
「任せて」
カルセドネとシトリアは気合を入れている様子だ。
「うむ。カルセドネとシトリアが守るのであれば、不埒な者が現れた時は我が迎撃しよう」
と、ルベレンシアも腕組みしつつ頷いている。ルベレンシアも……グレイスには大分思い入れがあるからな。
「ふふ、ありがとうございます」
そんな双子やルベレンシアの反応にグレイスは微笑ましそうな表情を見せる。
そうして執務室に移動し、みんなで仕事を進めていく事になった。
「私は――無理しないのがお仕事ですね」
と言いつつも、グレイスとしては何もしていないというのは性分ではないのか、執務室の応接用ソファに腰かけて編み物をすることにしたようだ。
「これね」
「ありがとうございます、マリー様」
事前に準備をしていたのだろう。ローズマリーが魔法の鞄から一式道具を出してグレイスに渡している。マルレーンもグレイスの代わりというようににこにこしながらお茶を淹れてくれた。そうして執務室で作業を進めていく。
シルン伯爵領も含めて執務はあまり溜まっていない。文官達も良い仕事をしてくれているので、それほど時間もかからずに終わりそうだな。
そうして執務の仕事が終わったら、移動がてら街中を軽く視察し今度は工房へ向かった。
顔を合わせるとアルバート達は随分と喜んでくれて「おめでとう!」と明るく祝福の言葉をかけてくれた。こちらもありがとう、と笑って返す。
「いやはや、めでたい事じゃな!」
と、工房に顔を出していた七家の長老達も嬉しそうな表情で、やはりというか案の定というか、祝福の言葉と共に手を取られたり抱擁されたりしてしまった。そんな様子をみんなも楽しそうに見守っていたりして。
そうして少し落ち着いたところで、これから作る予定の魔道具や乗り物についても話をする。
「浮石を参考に……。それはまた、良さそうな乗り物ですわね」
と、オフィーリアが表情を明るいものにする。
「後々他の方の役にも立ちそうな気がします」
エレナがそう言うとみんなも同意する。そうだな。目的を考えると、身の周りを見ても需要は高そうだ。
「時期や体調によってはだが軽い散歩程度なら母体の心身にも良いというのは妾の時代でも言われていたな。乗り物に頼り切りで運動不足になっては本末転倒だが、安全で気軽に外に出られるというのは良い事であるし、散歩等の際の補助や保険にもなると考えれば実に有用と言えよう」
パルテニアラが思案しながら意見を口にする。長年ベシュメルクの人々を見守ってきただけに参考になるな。
そうして過ごし方や食べて良いもの等、色々パルテニアラや七家の長老達の女性陣を交えて話をしたりしていた。クラウディアも迷宮村を管理していたから、お産の話には結構知識があるそうで、色々とみんなと知識を共有していた。そういう意味では迷宮村の面々もかなり頼りになる。いずれにしても先人から色々と実地に基づいた知識を貰えるのは有難い話だ。
乗り物にしても子供と一緒に乗れると良い等々、意見を貰ったりして参考にしながら完成予想図を組み立てていく。
以前、ドリスコル公爵には安楽椅子を送ったりしたが……あれも人間工学に基づいて座りやすいものを、と考えた品だったからな。今度も乗った時の体重分散であるとか、骨格やら何やらを計算に入れて迷宮核で試算をしたりと色々と考えてみよう。
そうしてまた一日が過ぎ――いよいよヘリアンサス号がヒタカに到着する日がやってくる。
まずは魔道具を届ける為にガートナー伯爵領へ飛ぶ。ヒタカとの時差を考えて、ハロルドとシンシアを迎えに行く時間は夜だ。今からヒタカに転移門で飛べば丁度向こうは昼頃になるはずだ。
そうしてガートナー伯爵領で父さん達に顔を合わせると、父さん達もまた祝福の言葉を口にしてくれた。
「二人が幸せそうにしているのは私としても嬉しい。種族の事もあるが、リサが娘のように可愛がっていた事もあって、行く末を案じていたところがあったからね。テオと一緒ならと私も思った事もあるが……いやはや、元々思い描いていた形とはかなり違ってしまったがな」
と、父さんは静かに微笑み、冗談めかしてそんな風に言う。そう、だな。父さんはグレイスが俺の近くにいられるように取り計らってくれていたし。
「ありがとう、父さん」
「ヘンリー様には……昔から感謝しております」
俺とグレイスが父さんに言うと、笑って応じてくれる。そんなわけで出迎えに来てくれた面々と祝福の言葉とそれに対するお礼の言葉を交わしてから、ハロルドとシンシアに魔道具を渡した。
そうして機能を説明すると二人は驚いたような顔をしていた。
「こ、こんな貴重な物を貰ってしまってもいいのですか?」
「まあ、結界の外で仕事をするわけだし、持っていてくれたら俺達としても安心する。給金なんかは父さんから出てるわけだし、これぐらいはしたいって言うかね」
そう言うと、二人は驚きつつも納得はしてくれたようで、大事そうに受け取ってくれた。
魔道具と言っても契約魔法で二人以外には使えないように調整してあるから他者には扱えないし。
「ええと。それから、父さん達にはこれを」
と、父さんとダリルに指輪型の魔道具を渡す。
「これは……?」
「何か危険が起こった場合に発動条件が満たされて防御魔法が起動する、と……まあ、護身用の魔道具だね」
首を傾げるダリルに説明すると感心したような目で指輪を眺める。
ハロルドとシンシアに魔道具を渡して父さん達に何もないというのもなと思ってお土産代わりに持ってきたものではあるが、実際俺との繋がりがあって一度有事があったわけだし、渡しておいた方が安心だ。
そう言った考えを説明すると、父さんは「祝福しようと思ったはずが、これでは立場が逆だな」と、苦笑しつつ、礼を言って受け取ってくれた。
渡すものを渡したら軽く世間話という事で、ガートナー伯爵領の近況等を聞いたりする。割と平和で、ネシャート嬢との関係も良好との事なので何よりだ。
そうしてそんな話も一段落した頃合いで、父さんが言った。
「――さて。それでは、楽しんでくるといい」
「はい。ヘンリー様、ありがとうございます」
「行って参ります」
「では、僕も見聞を広めて参ります」
と、ハロルドとシンシア、そしてダリルが父さんに挨拶する。折角だからダリルも招待したのだ。さてさて。実はネシャート嬢も同行する事になっていて、転移港でダリルを待っていたりするのだが、どんな反応をするのやら。