番外855 来たるべき未来へ
サロンでの話も一段落し、後はみんなと寛ぐだけだ。今回は新婚旅行という事もあって、公式な報告等も必要ないからゆっくり休んでいて良いとメルヴィン王からは通信機で連絡を受けている。そもそも重要な事は伝えてあるしな。
という訳で色々と話をしていると良い頃合いになったので、みんなで食事をとる事になった。
ヘリアンサス号の食事風景に触発されたので魚介類をふんだんに使った昼食だ。
フォレスタニア城の船着き場に移動し、そこで網焼きをしていく。鯛の炊き込みご飯を炊いて、残った部位であら汁を作ってと……食材は結構豪華だ。サラダにもホタテをほぐした物が入っていたりして。
ウニやサザエに醤油を垂らして網の上で焼けば、食欲をそそる香りが辺りに立ち込める。
正確にはウニとサザエは魔光水脈の魔物だ。それぞれ針を飛ばしてくるウニの魔物と、貝殻をスクリューのように回転しながら突撃してくる貝の魔物であるが……季節問わず味は上々で歓待に普段の食事にと、色々重宝している。
訓練も兼ねて積極的に狩りにいったりもしているので冷凍庫にしっかり備蓄してあるわけだな。水魔法で調整しながら最初にかなりの低温で一気に凍らせる等の工夫をしているので、鮮度も保ちやすい。
そんな事もあって、今日の食事についてはかなり美味だ。網焼きの香ばしい醤油の香りと旨味、鯛入り炊き込みご飯にあら汁と食欲をそそられる。
「これは美味しい」
と、シーラも満足そうに頷く。
「ふむ。これはもう十分に火が通っているようね」
ローズマリーが「熱いから気を付けて」と言いつつマルレーンの皿に貝を移したりして。何だかんだ面倒見の良いローズマリーである。
そんな調子で和やかな雰囲気の中、昼食時は過ぎていくのであった。
夕方になってアルバート達も帰り……俺達も今日は休むと決めているのでフォレスタニア城上層部にある領主用の居住スペースへと戻った。
ゴーレムでお茶を入れたり部屋着に着替えたりしていたが……何だか隣の部屋から「おおー」という歓声にも似た声が聞こえてきた。
扉が開かれてそちらを見やればグレイスの持っている水晶球が、ぼんやりとした光を放っている所だった。
ああ……。あの水晶球は――結婚に際してヴェルドガル王家からもらったものだ。貴族には必要になるだろうと慣例として渡しているらしい。
「えっと、その。こういう事なのですが」
と、グレイスが少し頬を赤らめて言う。
「うん――。嬉しいよ」
そうか。その内にこういう時が来るとは思っていたけれど。
グレイスからの言葉の意味を噛み締めるようにしてから、笑みを浮かべて答えると、グレイスもはにかむように笑って「はい――」と静かに応じる。グレイスをそっと引き寄せて抱きしめると、グレイスも素直に身体を預けてくれる。
水晶球は要するに、夫婦の間に子供ができた事を知らせる機能を持つ魔道具だ。
初期の反応に関しては循環錬気でも気を付けていないと感知できないという事を七家からも聞いている。
夫婦間の事とはいえ、色々納得した上で俺に伝えたいだろうとも思っていたのでその辺は魔道具に任せて気にしないようにしてきたが。
ああ……。でもこれは、嬉しいな。結婚してから色々と先々の事を考えて、家庭や家族の将来像についても考えていたけれど。良い方向に未来が進んでくれるか不安を感じたりするのだろうかとも思っていたが……嬉しさが大きい。こうして抱擁していてもグレイスとの昔からの思い出が脳裏を過ぎる。
母さんとグレイスと俺と……三人での暮らし。あの寒い冬に一緒に暖めあうように寄り添って眠ったこと。
それからもずっとずっと……一緒について来てくれた事。グレイスの色んな表情。声。そうした物を思い出せば、暖かな気持ちが内からこみあげてくるようだった。
それにきっと……みんなが一緒になって喜んでくれるからでもある。だから心配はいらないと思えるのだ。暫く抱擁しあってから離れるとみんなも笑顔になっていた。
「おめでとうございます、グレイス様」
「おめでとう」
「ふふ、おめでとう」
「ありがとうございます」
みんなと共に、マルレーンも鈴が鳴るような声でお祝いの言葉を口にする。祝福の言葉をかけられて、グレイスも花が綻ぶような笑みを浮かべた。
いずれこうなるというのは予想して準備もしていたから、みんなも慌てていない。準備万端で不安感がないというのは良い事だろう。
「けれど……こうなってしまうと何か有事があっても戦いの場に出るのは自重しなければいけませんね」
グレイスが少し冗談めかして苦笑する。
「ふふ。その場合は……私達が頑張ります」
「そうですね。みんなでみんなを支えると決めていますから」
「それに、今の所は各国に火種もなくて平和そうだし」
エレナが言うと、アシュレイとクラウディアも微笑んで、マルレーンがこくこくと頷く。年少組に関しては年齢を考えて待っている、ところがあるからな。
「まあ、その辺はね。俺も負担や心配をかけないように色々手を回すつもりでいる」
「家事全般は私に任せてね!」
俺の言葉にセラフィナも元気よく手を挙げていた。夫婦としては人数が多いが、日常生活のあれこれはまあ、使用人のみんなもいるし、ゴーレムを活用してもいい。
「寧ろ、グレイスちゃんの場合はテオドール君の身の回りの事をしたがるぐらいだものね」
「ん。自重して私達を頼って欲しい」
「ふふ、分かりました」
イルムヒルトやシーラの言葉を受けてグレイスも頷く。
「そうなると、私達も後に続かないとね。母上達も期待しているし」
「んん。まあ……その辺りは、そうよね」
と、ステファニアが言うとローズマリーも小さく咳払いをすると言葉を濁して羽扇で表情を隠す。それについては……うん。
「ん。子供用の肌着とか哺乳瓶とか、色々準備しないと」
「ミリアムさんは足りない物がある場合は伝手を手配してくれると仰っていましたよ」
「それは助かるわね」
シーラの言葉にアシュレイがそう答え、イルムヒルトが微笑む。
そうしてみんなは楽しそうにこれからの事を和気藹々と話をしている様子であった。
「循環錬気についてはシルヴァトリアからも文献や資料を預かっているけど、このまま継続していっても問題ないらしいね」
「母子共に健康に過ごせる、だったかしら」
「記述は私達も読んでいるわ。ああ。転移関連の魔法も問題がないわね。迷宮自体もそうだし」
ステファニアが言うとクラウディアが笑みを見せる。過去のベリオンドーラとシルヴァトリアには循環錬気の使い手が複数いたからな。
七家やその周囲も交えて循環錬気の影響を多岐に渡って継続的に調査をしたらしく、体調の悪い妊婦が持ち直して母子ともに健康になった、悪阻等の症状が緩和された等々……色々と報告を纏めてあった。総じて良い影響ばかりなので文献でも循環錬気は奨励されている。
俺達が結婚するにあたり七家から受け取った資料だが……そうした事例が諸々あるというのは心強いし安心である。
迷宮の転移システムや転移魔法。その辺の影響も……確かに問題は生じていない。迷宮核の分析と観測でもそうだし、実際循環錬気を使っても生命体に影響が出ているのを観測していないのでこちらも安心といったところだ。
「では、ヘリアンサス号のお迎えには私も同行して大丈夫そうですね」
と、グレイスが微笑む。そうだな。一緒に行動したいというグレイスの気持ちも分かる。
「浮石の技術も借りて……乗り物も作ろうかな」
「ん。楽しそう」
と、頷くシーラ。浮石は移動の際も安定している。乗り手に対して振動や負担なく移動できる乗り物なので……そうだな。ローズマリーのチャリオットに使われている技術も参考に、コンパクトで安全、気軽に使える乗り物を作っておこうと思う。移動も気軽にできるからな。
それと、件の水晶球の魔道具は状態や推移に応じて光り方が変化するとの事で。それも色々と参考になると思うので今後も活用させてもらおう。
「ええと、その」
グレイスが俺に向き直り、はにかんだように笑う。
「改めて……。これからもよろしくお願いします、テオ」
「ああ。こちらこそよろしく、グレイス」
お互い作法に乗っ取って一礼し合い、そんなやり取りにみんなからも拍手が起こる。そうして俺達は笑い合うのであった。