番外854 船員達からの報告
『航路開拓は魔道具を見る限り順調のようですな。旅も終盤に差し掛かっているのか、魚の姿を見る事も増えてきました』
ヘリアンサス号の船長がそう言ってモニターの向こうで笑い、日に焼けた船員達がにやりと笑ってそれぞれに釣果を見せてくれる。
色々な魚が釣れたようだが、ホウ国にも連絡を入れて毒を持った魚がいない事を確認しているそうだ。
魚がいるというのは陸地が近付いている事を示しているところもあるので、そういう意味でも船員達としては嬉しいのだろう。
そんなわけで俺達が結婚した事や旅が終わりに近付いている事を祝し、これから獲れた魚を料理して軽いパーティーのような事をする予定らしい。
『酒は流石にまだ飲むわけにはいきませんが、少々の贅沢と参りましょう。テオドール公とエレナ様の結婚と、我らの旅の前途を祝して!』
と、船長が炭酸水の入った杯を掲げると、船員達も応じるように声を上げる。炭酸水作製の魔道具はヘリアンサス号にも積んであったが、こうした折に使ってもらえるのは船員達も気に入ってくれたという事かも知れない。
そうして船員達は早速魚を慣れた手つきで捌いて網に乗せて焼いたり、鍋に入れて煮込んだりと楽しそうにしていた。元々備蓄していた魚介類も持ち出しているようで、網の上で貝や海老を焼きながら歌声を響かせている楽しげな光景が広がる。
船乗りの間に伝わる歌なのでまた独特な雰囲気があるが、それがこちらにも伝わってくるので中々に風情があるというか。
「ん。美味しそう」
と、その光景に耳と尻尾を反応させているシーラである。
「あー。今日の食事は魚介類にしようか」
「映像に倣って網焼きなどどうでしょうか」
「いいね」
俺の言葉にグレイスが笑みを浮かべ、シーラがサムズアップで応じる。海産物だけは月では食べられなかったからな。そうして喜ぶシーラにみんなもくすくすと笑う。
いずれにしてもヘリアンサス号の船長、船員達は元気で健康なようだ。別の日に送られてきた映像も船員達が張り切って仕事をしている場面が映っていたりと、健康そうな様子が窺える。
「壊血病等の報告は現在の所ありません。対策がしっかりと機能しているという事ですね」
ドロレスはそう言って満足げな表情を見せる。ビタミンが欠乏しないようドライフルーツ等を多めに積んでいるし、それらを定期的に食べるように指導もしているからな。船員達も個々に食事の好みはあるだろうが、理屈と栄養素が欠乏する事で病気になる事を説明すれば、多少の嗜好はさておき意識的に食べるようになってくれる。
消毒用の魔道具が設置されているのも、衛生面での環境向上に直結しているので、それらも健康維持に一役買っているだろう。
「船員達が健康そうで何よりです」
そう言って笑う。そうした健康維持の対策だけでなく、ヘリアンサス号の諸々の魔道具はしっかりと機能している。島とフロート。二つの中継地点にしっかりと誘導出来ている事。魔力溜まりを避けて安全と思われる海域を通過している事。諸々計算通りではあるが、船員達に運用をきちんとして貰えて、実際に魔物にも遭遇していない安全な航海になっているというのは実地試験の意味合いでも色々と大きい。
そうして俺達は茶を飲みながら、青い海原を行くヘリアンサス号からの映像を楽しませてもらうのであった。
ヘリアンサス号の映像を見せてもらった後は、茶を飲みながらあれこれとアルバート達と話をする。話題としてはハロルドとシンシアに渡す魔道具に関してだ。
ハロルドは水魔法、シンシアは風魔法にそれぞれ適性がある。護身用に使えて仕事の役にも立つというのが二人の希望なので、新婚旅行に向かう前に術式だけは書きつけてあるのだ。それぞれの属性を持たせた魔石を作って、幾つかの機能を組み込む、という感じだな。
「まず、こっちがハロルド君用だね。それからこっちが妹さんの方」
アルバートが机の上にそれぞれ少し意匠の違う腕輪を置く。水と風を表す意匠で、見た目的にも分かりやすい。
それぞれの腕輪には魔石が嵌っていて、ウロボロスでそれを読み取ると想定していた通りの仕上がりになっているのが分かる。
「いいね。いい出来だ」
ハロルドの魔道具にまず組み込んだのは。簡単な治癒と解毒、体力回復の術。そこまで強力な治癒術ではないが、これは仕事でも日常でも役立つ場面は多いだろう。浄化に湯沸し、水操作や氷操作といった術も雪やぬかるみを除去したりできるので単純に便利だ。それに有事の際に濃霧を発生させる術と、氷の弾丸を放つ術。
シンシアの魔道具には音響関係の術。離れた場所の音を聞く事で接近する者を察知したり、逆に音を消す事で安全に逃亡したりといった用途で使うことができる。有事用としては風の弾丸と音響弾、風の防壁といったところか。風の防壁は弾力性に富んだクッションの様な物を空気で形成する術なので、高所からの着地に使ったりと応用範囲も広い術だ。
日常生活用の術としては――自分達の周囲の風の動きを操る事で冬場の寒さから身を守ったり、小さな風の渦を起こして埃や枯葉を一点に集める等の術も組み込んでいる。
どちらの魔道具も複数の術を組み込んで利便性を追究しているので威力はそこまででもないが……系統の術が得意な冒険者並みの効果を目指したので、ハロルドとシンシアのように野外で活動する事が多い二人には、色んな場面で役立ってくれるだろう。
「結界外での仕事だからね。一先ずは安心かな」
「二人も戦闘訓練を積んでいるわけじゃないしこれぐらいはね」
と、アルバートと頷き合う。フローリアもいるから尚の事安全性が高まったという事で。
そうして魔道具を届けるのは、ヘリアンサス号の面々をヒタカで迎える時、という事で話が纏まった。何時も二人は頑張ってくれているから、一緒にヒタカに連れていこうという計画を立ててみたのだ。それに合わせてハロルドとシンシアが留守にしている間の事を父さんに頼んだりと、通信機で手筈も整えておく。
そうしてアルバート達と魔道具関係の話もしたところで、そこから話題も月の旅行についての話になる。月の精霊の魔道具については既に通信機でアルバートと相談しているから、詳しい経緯もランタンの幻影を交えて直接アルバート達に話をするわけだ。
過去の王達に導かれて見つけた碑文の話やその内容。夢の世界での月の精霊達との会話。それにオーレリア女王に案内されて行った施設や学び舎の事。
「そうなんですか。ご先祖様達と月の精霊様が……」
と、エルハーム姫は目を丸くして驚いていた。エルハーム姫も血縁を辿ればハルバロニスに繋がるからな。月の民のご先祖と月の精霊が取り交わした約束については他人事ではないと言うところがある。
「血縁を考えると、バハルザード王国からオリハルコンがテオドールの手に渡ったというのは……中々感慨深いものがあるわね」
ローズマリーが少し思案するように顎に手を当てて言う。
「ああ。それは確かに」
ステファニアが静かに頷く。
「ふふ。結果的にではありますが……約束を守る事ができたようで嬉しく思っています。不思議な縁ですね」
エルハーム姫も目を閉じて感慨に浸っていた。
「ダリアさん、でしたか。その方が訪問してくるというのも楽しみですわね」
と、オフィーリアがそう言って笑みを見せる。
「音楽交流もだけど境界劇場で公演も、なんて話もしたからね。月の民との親善も兼ねて、境界劇場で歌を披露してくれる事になると思う」
「それじゃあ何か、ダリアさんに合った演出を考えないとね」
そう言ってアルバートはにっこりとした笑みを見せた。月の精霊と夢の中で交信する魔道具の事もあるが……まあ、工房の仕事は一つ一つ丁寧に進めていくとしよう。