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番外851 学術の都

 そうしてオーレリア女王やメギアストラ女王達、パルテニアラやスティーヴン達と共に月の各種施設を見に行ったり、街中を見に行ったりといった時間を過ごす。


「子供は学び舎で学び、成人前に各々の希望と適性に沿ってそれぞれの道に進み、対価を得て日々を暮らす……と。まあ、ルーンガルドの各国に比べても生活そのものに関してはそこまで特殊な事はないとは思います」


 と、月の民の暮らしぶりにしても気になるところではあったが、オーレリア女王はそんな風に教えてくれた。


「教育が行き届いているというのは素晴らしいですね」


 義務教育というのは中々驚きではあるが。


「今は――月の民の規模が小さく、長命だから逆にできる事ね。魔力送信塔からの魔力供給と、個々人の魔力供給とで環境維持と共に各種設備の維持も可能ですから、時間をかけて後進を育成する余力があるのです。それと……大人達も余暇を使って更に学んだり研究したりといった施設も併設されているわ」


 オーレリア女王が笑みを見せる。

 月の民に関して言うなら、ほぼ全員が魔力の扱いに長けているからな。しっかりとした教育や訓練を積んでおく、というのは重要かも知れない。倫理面でも、技術的な所でも。

 望むなら余暇を使って更なる高等教育も受けられるというのも……長命な月の民にはあっている制度と言えるだろう。基礎的な初等教育から大学レベルまでの施設が一体化した、かなりアカデミックな施設であるらしい。


 大人達は資質等に応じてそれぞれの職場で働いているという点は確かに普通だ。魔力が扱えるなら魔石への魔力供給もできるので全員が設備の維持にも一役買えるらしく、そこは月の民ならではの強みだろうか。


 件の学び舎に関しては視察できるのかと聞くと俺達が滞在中来訪するかもという事で見学への準備は進めているとの事だ。折角なのでその場所にも向かおうという話になり、連絡を入れると学び舎からもいつでも歓迎との返答があった。


「高等な教育というのはやはり魔法研究、でしょうか?」


 ローズマリーとしても興味があるのか、学び舎について質問をするとオーレリア女王は頷く。


「そうした技術開発もあるけれど文芸、歌劇、演劇、絵画に彫刻等々……文化、芸術面の分野での研鑽も行われています。内部で評判の良いものは併設された美術館に展示されたり、公演されたりもするわけです。再建したばかりで、今は過去の作品が主ですが」


 なるほど……。月の民の有志によるサークル活動が更に昇華されたもの、といったところだろうか。

 月の民は街の外に出る機会が少なくて、娯楽に飢えているらしいからな。そういった文化や芸術の分野でも発展があるというのは頷ける話だ。図書館の創作物もそうした土壌の中から生まれたものだろう。


 浮石に乗って月の学び舎に向かうと……そこはオーレリア女王の言うとおり、美術館や劇場、研究棟等が併設された、結構な敷地を持つ建物であった。


「向こうの建物が、子供達の通う初等科ですね。あちらの塔が学術塔と武術教練塔。少し離れた建物が魔法研究棟。少し変わった形の建物が、美術館と歌劇場です」


 エスティータがあちこち指差しながら説明してくれる。


「こうして見ると……シルヴァトリアの賢者の学連とも似た雰囲気があるかしら」


 ステファニアが感想を口にすると、オーレリア女王がその言葉を肯定する。


「ふふ。ベリオンドーラではどうだったかは分からないけれど、シルヴァトリアでもその辺が受け継がれた可能性はあるわね。学び舎に関しては過去に近い形で再建された施設でもありますから」


 というわけで楽しそうなオーレリア女王についてあちこち見ていく。初等科では廊下から授業風景を眺めたりしたが、俺達が見学に向かうとあちこちで子供達から元気な挨拶を受けた。

 何というか……こちらを見る目がキラキラとしているというか。総じて子供達のテンションは割と高めで、訪問そのものを喜んでくれている印象だ。


「テオドール公とクラウディア様……それに皆さんは月にとっても紛れもない英雄ですからね」


 そんな子供達の様子を微笑ましそうに眺めつつ、オーレリア女王が教えてくれる。


「ん。やっぱりイシュトルムの一件?」

「はい。武官達はあの時の戦いぶりも承知です」


 と、エスティータがシーラの言葉に答える。それが色々と広まってこうなっているわけだ。

 ともあれアカデミックな性質もあって月の学び舎はオープンで明るい気風があるように見えるな。


 そんな調子で月の学び舎をあちこち見て回るが、行く先々で好意的に歓迎されて俺としては中々こそばゆいものがあるというか。

 順々に案内されて……美術館に展示されている絵画や彫刻も見せてもらう。写実的な人物画。街角の日常の風景を切り取った絵。肉体美を示す彫刻……。月の民の美術的なセンスは結構なものだ。


「ああ。これは……クラウディア様の絵でしょうか?」

「んん……。流石に……本人としては気恥ずかしいわね」


 グレイスが絵を見て頷き、クラウディアはそれを見て苦笑する。『尊き姫君の決意』と題された絵画で……長い黒髪と金色の瞳の少女が居並ぶ重鎮を前に、強い眼差しで何かを訴えている、といった構図の絵画だ。

 月に伝わっているクラウディアのエピソードを絵画として表現したものなのだろう。

 絵の中の少女の身体的な特徴はともかく、容姿までクラウディアにそっくりというわけではないが、神々しさや高潔さ……月の民のクラウディアへのイメージや尊敬が伝わってくるような絵であった。


「ああ。でも、綺麗な絵ですね」


 と、アシュレイが表情を綻ばせると、マルレーンもこくこくと頷く。


「月では歴史的なお話で、好まれる題材ですね。私もこの絵は好きですよ」

「クラウディア様が……今でも尊敬を集めているというのは伝わってきます」


 エスティータの説明に、エレナが微笑んで頷く。クラウディアはやや気恥ずかしげに小さく咳払いしていたが、イルムヒルトやマルレーンはクラウディアの事なのでにこにこと嬉しそうだ。


「もしかして、歌劇場でも同じような……?」

「いえ。クラウディア様は望まれないかと思いまして。歌姫や合唱団が別の催しを進めていますね」

「ああ……それは、良かったわ。まあ……そういう歌劇や演目があるのは仕方がないとしても、ね」


 と、クラウディアとオーレリア女王はそんなやり取りを交わしていた。

 クラウディアを題材にした劇等が無いわけではないが、俺が幻影劇を作るに当たってファリード王やイグナード王、シュンカイ帝といった現役の王達は自分達がそのまま題材になる事をあまり望んでいなかったし、俺もそれは同じだ。そういったやり取りをオーレリア女王も知っているから訪問に際してはその辺も配慮してくれたとの事である。


 展示されている美術品に関しては普段通りに、という事なのだろう。あくまで月の日常を見てもらいたいというのが今回の見学でのコンセプトでもあるし、俺達としてもそうしてもらった方が嬉しい。こうしたものもあるし今でも月では尊敬も集めているという背景を端的に示す内容なのだ。


 まあ、何だ。俺に関しても吟遊詩人達の題材になっているし、街角の劇の演目だとか……そうした話もちらほら聞こえてくるので他人事という顔をしていられない部分はあるのだが。


 そんな調子で美術館とそれに付属する建物――美術部棟といえば良いのか――を見学させて貰ったり、歌劇場で歌姫や合唱団の公演を聞かせてもらったりと……色々と愉快な時間を過ごさせてもらうのであった。

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