番外849 宴も終わり
みんなや月の武官、文官達と談笑したりという時間を過ごしつつ、やがて宴会はお開きとなり、俺達は部屋へと引き上げた。
色々と話をしたが、その中にはご先祖様の直系の子孫がいたりして、宴会の挨拶回りでも俺としては別の意味で面白かったという印象だな。
「それでは、お休みなさいませ」
「私達は控えの部屋に詰めておりますので、何かありましたらご用命を」
「ありがとう。それじゃあおやすみ」
エスティータ、ディーンの姉弟と挨拶を交わして貴賓室へと戻る。二人も同じフロアの一室に宿泊してのんびりしているとのことである。
「ラヴィーネも、みんなも、おやすみなさい」
と、アシュレイがラヴィーネの喉のあたりを撫でながら笑顔で言う。ラヴィーネは首を上に上げて、アシュレイに撫でられて心地良さそうにしていた。
動物組、魔法生物組は俺達の向かいの部屋に泊まる予定なのだ。オーレリア女王は俺達を迎えるにあたり、向かいの部屋の内装などをそういうセッティングにしてくれたというか。何せ、ラヴィーネとティール用に冷凍庫のような低温の小部屋まで用意してくれているからな。
「ルージェントもお腹が減ったとか、体調が悪いとか……何かあったらカドケウスかバロールに知らせてくれるかな?」
「そうね。それでテオドールに伝わるわ」
俺の言葉を補足するようにローズマリーが言うとルージェントは振動ではなく、こくんと頷くジェスチャーで応じる。そんなルージェントは月面から採取してきた土の入った箱に収まっていて、それをメダルゴーレムが運んでいるという状態だ。ルージェントの住環境にしても普段に近いものが良いだろうという事で。
シルバーリザードに関しては月の民も飼っていたので飼育法に関しては色々とノウハウがあるのだ。
月は昼夜でかなり温度も違うという事もあり、温度変化には相当強いらしい。
食糧は主に地脈の魔力なので、土属性の魔力を与えておけばそれで活動可能。コルリスやアンバーに懐いているのもその辺が理由だが、俺からも土属性の魔力を込めて手を近付けると、後ろ足で立ち上がって前足を伸ばしてそれを受け取り、喜びの振動を返してくれた。
目がつぶらで口角が上がっているという、元々の造形が愛嬌のある人懐っこいものなので中々に微笑ましいというか。そんな面々を見送って、メギアストラ女王達やスティーヴン達とも分かれて部屋へと戻る。
「ああ……。良い時間を過ごさせていただきました」
貴賓室の扉が閉じられたところで、エレナが目を閉じて嬉しそうに言った。今日あったことを思い返しているのか、感無量といった様子の反応だな。
「そうだね。俺も墓参りからああなるとは思っていなかったけれど……月に来て良かったな」
「父上や母上……。色んな人に会えて、私も嬉しかったわ」
クラウディアもそう言って微笑む。そうしてみんなも笑顔で頷いてから、グレイスが貴賓室の内風呂へと向かう。
「ふふ、一先ず、浴槽にお湯を張ってきますね」
「ん。手伝う」
「私も手伝うわ。内風呂も広かったから楽しみね」
そう言ってシーラとステファニアが続く。貴賓室の内風呂は……そうだな。確かにみんなで一緒に入れるぐらいには広々としている。城を再建し、貴賓室を造った時点で俺達の歓待を視野に入れていたというわけだ。
まあ、いずれにしてもまずは風呂に入ってからだな。入浴してから部屋で皆と過ごさせてもらおう。
エレナは俺達との生活にまだ慣れていないという事もあり、結婚前のみんなとの生活を踏襲している、というところだ。
なので、皆と一緒に湯着を着て風呂に入るという事になった。お互い背中を流したり、髪を洗ったりもするが、エレナはそうした話をグレイス達から聞いているのか、脱衣所で湯着に着替えてから浴槽へ向かうと、少し頬を赤らめつつも割と真剣な表情でお辞儀をしてきた。
「ええと、その……よろしくお願いします」
「ん。まあ……新しい生活に慣れる段階だし気楽にね」
そう答えるとエレナはこくんと頷き、そんなエレナの反応にみんなも表情を綻ばせる。
浴室はステファニアが言っていた通り、かなり広々とした石造りの立派なものだ。火精温泉の設備を参考にしたらしく、シャワーを模した魔道具等も組み込まれている。オーレリア女王によれば火精温泉の設備が気に入ったので月の城でも採用したのだとか。
まあ、そんなわけで浴槽だけでなく洗い場も広々としており、シャワーや椅子、手桶が複数用意されているのでみんなと一緒でも使いやすい。
というわけで、シャワーを浴びた後椅子に座って背中を洗い合う。今日はエレナと背中を流し合ったり髪を洗い合ったりする、という事になっていたりする。
「では、お背中を」
「うん。ありがとう」
と、エレナが薬液を含ませた濡れタオルで背中を丁寧に洗ってくれる。不慣れなので少し力加減が分からないからか、軽い力で洗われるので俺としてはややくすぐったく感じてしまうが。丁寧なところはエレナらしい。そんな少しぎこちないエレナをみんな微笑ましそうに見てから、みんなも各々背中と髪を洗い合う。
ステファニアがマルレーンの髪を柔らかな手つきで洗っていたり、シーラが耳と尻尾を反応させながらイルムヒルトの背中を流したり、アシュレイの髪をローズマリーが。クラウディアがグレイスの背中を流していたりと、みんな和やかな様子だな。
「どうでしょうか。かゆい所などあるでしょうか?」
「いや、いい感じだよ」
そんなやり取りをエレナと交わしつつお湯で流してもらい、続いて俺からもお返しというようにエレナの背中を洗う。ほっそりとした肩に、肌理の細かい綺麗な肌だ。
肌に傷をつけないように気を付けつつそっとタオルで背中を流し、続いてエレナの髪も洗っていく。水で湿らせて洗髪剤を付け、頭皮から毛先へと。
「どうかな?」
「はい……。力加減が心地良く感じます」
「ん。テオドールはその辺上手」
シーラが頷いて言う。そうだな。みんなともこうして一緒に風呂に入る事が多いし。最近では結構慣れてきたような気がする。
エレナの髪は柔らかく、指の通りも良くて……良い髪質だ。
そうして今度はエレナからも髪を洗ってもらい……みんなで身体と髪を綺麗にしたところで浴槽に浸かる。広々とした浴槽で、イルムヒルトも人化の術を解いて浸かれる程だ。
そんなわけでイルムヒルトは術を解いて嬉しそうだ。やはり人化の術を解除できるとリラックスの度合いが違うらしい。
長い髪の面々が多いので軽くアップにしてからタオルを巻いてと……みんなの印象も普段とは少し変わる。
湯着を着ているが肩や胸元、うなじに太腿といった部分は露わになっていて水で濡れた肌の質感が蠱惑的というか。みんなに囲まれるとかなり刺激が強いのは間違いない。
俺の隣にエレナ。逆隣にマルレーン。背中合わせにグレイスが浴槽に浸かるような形でみんなと共に浴槽に腰を降ろす。
魔道具でお湯の温度を制御しているので、お湯を張ったグレイス達が好みの温度にしてくれたという事もあり、胸のあたりまで軽く浸かると心地良さが染み込んでくるようだった。回りにいるみんなもそっと寄り添い……心地良さに息を吐く。みんなもその辺は同じで、リラックスして心地良さそうにしていた。
「挨拶回りもあったから……こうしていると気が抜けて脱力してしまいますね」
「んー。今日は思いがけず色んな面々と会ったからね」
と、アシュレイの言葉に小さく笑って返す。
そこからこうして夫婦水入らずの時間なので、余計に肩の力を抜いて脱力してしまうというか、弛緩してしまうというのは分かる。
マルレーンがにこにこと俺の肩に頭を預けると、エレナもそれを見て同じような仕草で少し遠慮勝ちに身体を預けたりして。目が合うと悪戯が成功した、というように少しはにかんだ表情で笑う。そうして……心の安らぐ時間がゆっくりと過ぎていくのであった。