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153 春の夕暮れ

「何だか不思議な飲み物だなぁ。お酒でもないのに発泡しているんだね」

「出ている泡はエールと同じだよ」


 炭酸水を試飲したアルフレッド達は目を瞬かせている。劇場の売店用メニューの第二弾だ。目玉になる物を1つ2つぐらいは用意したいからな。

 かき氷と炭酸飲料。この辺を劇場の入場客以外にも売るようにして、観劇に興味のない層も釣る作戦である。


「変わった喉ごしだな。俺は気に入った」

「わたくしも気に入りましてよ」


 どうやらタルコットとオフィーリアには殊の外好評なようだ。戸惑っている感じのアルフレッドも、悪くはないと思っているようだし、まずまずの感触だろう。


 結論から言えば――炭酸水作成自体はそう難しくはなかった。

 火魔法、風魔法で高濃度の二酸化炭素を作り出し、そこから水魔法で冷却、ドライアイスを作って二酸化炭素のみを選択的に取り出す。後はそれを水魔法で砂糖水に溶かすという工程を経て炭酸飲料の完成といった具合である。ここに果汁などを混ぜれば色々とバリエーションも出せるだろう。


「うん。でも面白いね。劇場の建築やかき氷もそうだけど、話題になると思うよ」

「受けると良いんだけどね。それで……これが術式の工程なんだけど」


 術式を記述した紙に目を通して、アルフレッドは頷く。


「3種類ぐらいの魔道具を合わせれば行けるかな……?」

「水魔法で冷却するという工程に、質の良い魔石が必要となってくるように思えるが」

「まあ、そうかもね。ギルドに在庫があるか聞いてみるかな」


 タルコットも工房の守衛役をしているうちに色々と魔道具絡みの知識を蓄えているようだ。たまにアルフレッドと相談しているなんて光景も見られるし……いずれアルフレッドの護衛兼助手のようになれる日も来るかも知れないな。


「あたしはこのかき氷機というのが気になりますね」


 ビオラは俺が土魔法で作ったかき氷機の模型をひっくり返し、構造を興味深そうに見ている。


「ええと――取っ手を握って回すと歯車が連動して、刃を付けた盤の上で氷が回転……氷を削って下の器に落とすと……良くできてますね」


 例によって考えたのは俺ではないが。


「作れそう?」

「任せてください。あたし1人でも何とかなると思います。魔道具ではないですから」


 ビオラは笑みを浮かべて、胸を張る。

 魔法を使って簡単に作れるとは言え……かき氷にしろ炭酸水にしろ、売店に常駐するつもりはないのだ。両方とも魔法の素養が特になくとも従業員が扱える形にするというのが理想だ。


 だからかき氷に関しては普通のかき氷機を作ってもらうだけでいい。工夫するのは氷室の方。水を浄化して氷を作り、かき氷機にセット可能な大きさと形に凍らせる。その辺の工程を魔道具化していく。

 炭酸飲料は殆ど全ての工程を魔道具化しないといけない。魔道具を使う側は砂糖水なり水なりを注ぎ足すだけで炭酸飲料を作れるといった具合にできればと思っている。


「それじゃあ、僕が魔道具の方を進めてるから、ビオラはそっちを頼むよ」

「分かりました。それが終われば――いよいよですかね」


 そう。もうそろそろ劇場の準備も終わりだ。舞台装置はほとんど完成形だし、イルムヒルト達も仕上がっている。厨房回りの物が完成すれば封切りの前にするべきことは粗方やりつくしたというところだ。


「楽しみだね」


 アルフレッドも封切り後の事に想像が行くのだろう。満足げに目を閉じて言った。

 このペースなら次の満月ぐらいには演奏会を開けるだろう。




「お?」


 居間の机の上でトランプを作成していると、腰の辺りに何かが触れた。

 何事かとそれに触れる。手触りの良い、滑らかな感触だ。

 振り返ると……それはイルムヒルトの尻尾であった。少し驚いたが、床の上に落とさないようにそっとソファの方に置く。

 当のイルムヒルトは、今日の練習も終わって居間の方に戻ってきていた。椅子の背もたれに深く腰掛けて寝息を立てている。先程シーラが毛布を持ってきて、イルムヒルトにかけていたっけ。

 人化の術が解けてしまっているあたり、結構疲れているんだと思う。


 ……あれこれ準備をしたり訓練や探索をこなしたりと、割と多忙な日々が続いている。一番大変なのは誰かと言えば、やはりイルムヒルト達なのだろう。

 演奏会の準備にウェイトを置き、訓練などの時間は短めにする、体力回復の魔道具を用意するなど負担を減らしてはいるけれど。


「無理させてないかな」


 そんな風に誰に言うとでもなく呟くと、クラウディアは首を横に振った。


「今日は彼女達の練習を見せてもらっていたけど、とても楽しそうにしていたわ。充実しているから疲れるというのは、悪いものではないと思う」

「ん。イルムヒルト、感謝してるって言ってた」

「それなら、いいけど」


 シーラとクラウディアの2人から穏やかな笑みを向けられて、やや気恥ずかしさを感じて頬を掻く。


「私も、嬉しい。イルムヒルトの弾くリュートは昔から好きだったから」


 シーラは目を細める。


「イルムが空腹で倒れたのを助けたって言ってたけど」

「私は孤児院にあまり馴染めずにいたけど……。イルムヒルトの楽器の音は聞いていると落ち着いたから、ずっと気になってた」


 シーラが言うには、その日も屋根の上で陽に当たってイルムヒルトの曲に耳を傾けていたそうだ。

 いつも最後まで演奏しているイルムヒルトの曲が途中で途切れたらしく、それで気になって窓から覗いたら、人化の術が解けてしまったイルムヒルトが倒れていたのだそうな。


 その時サンドラ院長にも見つかってしまったが……空腹で倒れるまで我慢していたから逆に彼女は安全だと判断されたそうで。


「となると、イルムは今、結構疲れているんだね」


 人化の術も解けてしまっているしなぁ。


「安心している部分もあると思う」


 シーラが言う。ふむ……。


「テオドール様、循環錬気で疲労も軽減できるのでは?」


 アシュレイが尋ねてくる。


「できると思うけど……イルムが起きている時にね」


 イルムヒルトは眠っているし、それはまた今度にさせてもらおう。どうしても触れる事になるから本人の許可を取ってからだ。


「ところでクラウディア。イルムの親を演奏会に招待する事ってできないかな?」


 俺の言葉に、クラウディアは一瞬驚いたような表情を浮かべたが思案するように視線を巡らす。


「母親の方は人化の術が使えるから……そうね。彼女が来ればこの子も喜んでくれるかも知れない。聞いてみる事にするわ」

「うん。よろしく」


 イルムヒルトの母親が来てくれたら……迷宮の村にも外の様子を伝えられる。そこから外に出てみようかとなってくれたらと思うのだ。こういうのはデリケートな問題だから、少しずつで良い。


 迷宮村の方はクラウディアに任せるとして。

 こっちはこっちで、トランプを仕上げてしまおう。紙の厚さ、寸法、品質はほぼ均一な物が作れたので、そこに染料を用いて水魔法で図柄を描写していくわけである。

 机の上に並べたインク壺の中身を水魔法で操作して描画していくといった具合だ。

 まず背中側の図柄を可能な限り均一に描いていく。ここを失敗すると細かな特徴の違いからカードがバレてしまう。極力気を遣っての作業だ。


 マルレーンとセラフィナが興味深そうに作業を見ているが、近付いてはこない。俺が集中している様子だからだろう。

 ある程度作業を進め、背中側の図柄を仕上げてしまってから、顔を上げて2人に声をかける。


「もっと近くで見ていてもいいよ」


 と言うと、マルレーンとセラフィナは顔を見合わせ、笑みを浮かべると、隣の席に座って覗き込んでくる。


「何を作ってるの?」

「結界か魔除けの札でしょうか?」


 セラフィナとグレイスの言葉に、俺は苦笑した。


「いや――」


 というか、俺が作っているとそういう道具に見えてしまうのか。占いに利用したとかタロットと関連があったとも言われているし、魔法絡みの道具だと受け取られても無理からぬことなのかも知れない。


「そういう魔道具とかじゃないよ。ただの遊戯用の玩具だから」

「遊戯? 五目並べみたいなですか?」

「そう。でも、こっちならもっと大人数で色々できるよ。互いに札を出して、一番大きい数字の札を出せる者が勝つとか……同じ種類の札を切り合っていくとか」


 と、口で説明してもぴんと来ないだろうし、トランプで可能なゲームの種類も多いので、出来上がったら色々やってみるのもいいだろう。

 まあ……それも段々と迫ってきた演奏会が終わってからだな。みんなで工房にでも集まって盛り上がれれば、それはきっと楽しそうだ。

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