番外848 オーレリア女王の歓待
「うん……。帰ってきて良かったわ」
魔法陣の輝きも薄れ、意識が現世に戻ってきたところでクラウディアが空を仰ぐようにして言った。その言葉にエレナも目を閉じてしみじみと同意する。
「本当に。素敵な方達と、こんなにも有意義なお話ができました」
「妾としても幽霊友達がまた増えるとは思っても見なかったな」
僅かに冗談めかして言ったパルテニアラの言葉に、みんなも表情を綻ばせる。
「ふふ。では月の都へ帰りましょうか。スティーヴンとユーフェミアにも月面の様子を見てもらいたいところですからね」
オーレリア女王も上機嫌そうで……きっと昔馴染みの面々と顔を合わせる事ができたからだろう。魔道具を作るという話をしたのもあるかも知れない。
オーレリア女王の曽祖父とも会話……というか念話を交わしたが「儂らの仇を討ち、やり残した仕事を片付けてくれた事を感謝するぞ」と、当人は豪快に笑っていた。
霊体に身のこなしというのもおかしなものだが、武芸にも通じているようで、かなりの実力を持っている様子だったが。
それから少し真剣な表情になって「月から追放された者達の事も……どうかよろしく頼む」と頭を下げられた。俺からも「はい。約束がありますから」とヴァルロスとベリスティオの事を話すとオーレリア女王の曽祖父も含め、ご先祖様達は何かを感じ入るように頷いていた。
オーレリア女王と念話しているところは好々爺といった雰囲気で……何となく七家の長老達を彷彿とさせられるというか。平時は接していて愉快な人物だったのだろうなという印象だ。魔道具を届けに来た時はまた改めて話をしてみたいものだな。
そうして月の精霊とご先祖様に見送られて現世に帰ってきた俺達は、離宮ソムニウムから月の都へと、みんなで浮石に乗って移動する。
「こいつは凄いな……」
「みんなにも見せてあげたいわね」
と、スティーヴンとユーフェミアも月面の光景に目を奪われているようだ。
「誰でも、どこにでもというわけにはいかないけれど、お二人と親しい立場であればいつでも歓迎ですよ」
オーレリア女王がそんな二人の言葉に相好を崩す。
「それは有難いな」
「またみんなで遊びに来ましょうか」
そう言って笑顔を見せる二人である。
「夢の世界も慣れると色々できそうで面白そうでしたね」
と、アシュレイが微笑む。
「お茶もお菓子も美味しかったからね」
「そうなの? あのお茶請けであれば作り方は分かるわ」
「ああ。それは気になります」
「それは確かに」
クラウディアの言葉にグレイスが興味を示し、俺も同意するとマルレーンもにこにことした表情を見せる。
「私も気になりますね。現在の月では失われてしまっているもののような気がしますし」
「では、みんなで滞在中のどこかで時間を取ってお菓子作りというのも良いかも知れませんね」
興味を示したオーレリア女王にステファニアがそんな風に言うと女性陣はみんなで盛り上がったりしていた。
「ん。楽しみ」
とシーラが頷き、イルムヒルトも表情を綻ばせる。エルナータもお菓子作りと聞いて嬉しそうな表情を浮かべ、アルディベラもそんな娘の様子に笑顔になっていた。そうして和やかな雰囲気のまま月の都に向かって浮石は進んでいくのであった。
スティーヴンとユーフェミアの部屋も割り当てられ、同じ階層の広間――宴会場にみんなと共に移動する。
宴会場では準備も万端といった様子であった。漂ってくる料理の良い匂いが食欲を刺激する。月はかつて地上から色々特産品を集めていたという事もあって、作物……特に香辛料関係は結構豊富だったりする。
「今宵は、月にとって大切な客を迎える事が出来て、この地を総べる身としても嬉しく思います。ましてや、それがエレナさんを迎えての新婚旅行という、祝福すべきものであれば、迎える身としても喜びはひとしおでしょうか。心づくしの料理と催し物を楽しんでいっていただけたら幸いです」
「ありがとうございます。陛下や都の方々から温かく迎えられて、月の民の血を引く身としては大変嬉しく思っている所です」
俺達が席につくと、オーレリア女王が口上を述べ、俺からも返答をする。そうして宴席が始まり料理が色々と運ばれてきた。俺が米を好んでいるという事もあってか、米料理を用意してくれたようだ。
農場区画では、水田を作って米も栽培しているらしい。作付けの面積当たりの収穫量が多いから、というのがその理由だ。実際ハルバロニスでもそうしていたしな。
香辛料も使って肉や、豆、人参と共に炒めてスパイシーに仕上げたジャンバラヤのような料理のようだ。
月の民は鶏や羊等の家畜も魔法を使って長期睡眠させていたとの事で、現在牧場で放牧しているらしい。なので、食材として卵や肉、チーズ類もこうした宴席では普通に振る舞う事ができる、との事だ。池を作って水を循環させつつ、そこで小規模ながら魚を養殖したりもしているらしく、焼き魚等も運ばれてきた。流石に……海産物は今の月では貴重品との事だが。
「ああ。これは美味しいわね。好きな味だわ」
と、ローズマリーが米料理を口に運んで明るい表情を見せる。
ジャンバラヤ風の米料理は味付けも炒め具合もいい塩梅だ。程良く焦げ目がついていて香ばしさがあり、スパイシーな味付けで具材も柔らかく仕上がっていて実に食が進む。
「ん。美味」
シーラも鮎の塩焼きを口に運んで満足そうに耳と尻尾を反応させる。淡水魚ではあるが臭みがなく、こちらも実に美味しい。
と、そんな宴席で運ばれてきた中に気になるものがある。デザートとして饗された代物ではあるのだが……何とコーヒー味のゼリーだ。生クリームもかかっていて俺としては思いもしない馴染みの味というか。
「おお……これは美味いな」
メギアストラ女王とルベレンシアはコーヒーゼリーを気に入ったようで、口に運ぶと笑顔を見せていた。
「原材料が気になりますね」
「かつて地上で集めた作物の中にあった豆から抽出したものだわ。お茶にもなるのだけれど、夜飲むと眠りにつきにくくなってしまいますので、こうして加工したものを用意しているわけです」
そう言って笑みを深めるオーレリア女王である。なるほどな。コーヒー豆は気になるところだが……オーレリア女王は「よければお土産に苗木をどうぞ」と笑顔で提案してくれた。
「良いのですか?」
「情報秘匿の事もあって月は貿易を手広くする方向で動く事はありませんからね。魔道具のお礼という事で」
「そういう事でしたら、有難く。では……収穫できるようになったら月にもお送りします」
「それは楽しみです」
オーレリア女王は俺の言葉に頷いていた。
更に催し物という事で……楽士達の楽しげな演奏に合わせてゴーレム達が踊りを披露してくれたりして。これについてはオーレリア女王が俺に触発された、という事らしい。
メダルを使用したゴーレムも、元を辿れば月の技術だからな。
くるくると流麗な舞踏を見せるゴーレム達の動きは見事なものだ。オーレリア女王自らゴーレムを調整して踊りをインプットしたとの事で、月の民の技術力というよりオーレリア女王の術式組み上げの能力の高さが窺えるな。
こういう魔法技術の高さを見せてもらえるというのは、俺にとっては確かに良い刺激になるというか。オーレリア女王が俺達を迎えるにあたって、色々準備を進めていてくれた事がよく分かる催し物だと言えよう。
そうして、賑やかな雰囲気の中で宴席は進んでいく。明日からはまた月の各種施設を見たりといった予定だ。新婚旅行なので夫婦でのんびりと過ごさせてもらうとしよう。