番外847 夢の中の茶会
いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
『番外846 感謝の言葉を』でクラウディアの母親に関して、
描写上の間違いがありましたので修正しました。
話の流れとしては変わりがありません。お騒がせしました。
ヨルギオス王とデルフィネ王妃は、クラウディアと手を繋いで会話を交わしていたが、やがて親子の会話も終わったのか、俺の方にやってくる。
俺からも作法に乗っ取って一礼して二人を迎えると、穏やかな笑顔でそれぞれ手を差し出してくる。デルフィネ王妃は……確かにクラウディアの母親というのが実感できるというか面影に似ているところがあるな。
「では、失礼します」
下から両手を差し出して二人の手を取る。すると二人の思念が伝わってくる。
『クラウディアから地上で起こった事、月の船や魔人達との戦い……諸々の話は聞いている。改めて、月の船の機能不全からクラウディアを解放してくれた事に感謝を伝えたい。どうか……娘の事をよろしく頼む』
『私は身体が弱く……娘が幼い頃から他の母親のようにあの子と関わる事ができませんでした。だからという訳ではありませんが、生前からずっとあの子を心配していたのです。けれど今日クラウディアと話をして……立派になった、良い人達が周囲にいてくれると、とても安心できました。テオドール公には、私からもお礼を言わせて下さいね』
との事である。クラウディア自身は幼い頃から聡明で才覚に溢れていたし、魔力嵐を受けて地上の再建をしようという折に、自分に魔力資質等の面でも月の船の核として高い適性がある事を自覚していたそうだ。
そんなクラウディアだから船と共に地上に降りる事を申し出たのだろうし、二人はその後の事が余計に気掛かりであったのだろう。そうしてそれが心残りになり……過去から今まで月の精霊と共にいた、というわけだな。
「ありがとうございます。僕も含めてみんな、クラウディアの事は大切に思っていますよ。彼女の性格や考え方も好きですし、迷宮で長年人々の生活を支えてくれた事も……尊敬しています」
「んんっ……」
ヨルギオス王とデルフィネ王妃にそう答えると、クラウディアは少し頬を赤くして咳払いをする。そんなクラウディアの様子にヨルギオス王達も表情を綻ばせていた。
『ふふ。そうであろう。自慢の娘だ』
『女神になってしまったのも納得してしまうのは……親の欲目なのかしら』
と、二人は楽しそうに言う。
「それにしても……心残りのあった方々は魔人関係やクラウディア様と近しい立場の御仁が多い様子」
「心残りが解決してしまうと、夢で交流できる御仁が少なくなってしまうのが気になる所よな」
メギアストラ女王とパルテニアラが言うと、みんなもそれは確かに、と頷く。
長命であったり精霊であったりするからそれは仕方のない事ではあるが……心情を慮ると寂しくなってしまうのは事実だ。
その言葉に心配いらないというように月の民の魂達は「当分は地上の成り行きを見て、月の精霊様に寄り添いたいものです」と想いを伝えてくる。
それはそれで本音なのだろうが、月の精霊の表情を見るとそこには些か複雑な思いがあるようで。それらの気持ちが嬉しくもあり、気遣いから留まってしまうのも、という思いもあるのかも知れない。
「夢の世界と現世を繋いで、お互いの様子を知ることができるような魔道具があると良いかも知れませんね。夢の世界での状態を考えると、政治的な影響を及ぼす心配というか、祭り上げられたりする心配もなさそうですし」
そう言うと、みんなの視線がこちらに集まった。
眠っていても月の精霊の身の回りが賑やかになるし、外の状況を見守りたい月の民の先祖としても、需要があるだろう。諸問題を解決できると思う。
その為にはユーフェミアとホルンの属性を付与した魔石を用意し、儀式を元に術式を組む必要があるが……まあ原理的には何とかなりそうだ。だからこそこの場で口にしたという所があるのだが。
「では……私からもお願いして大丈夫でしょうか」
「私もお願いしたいわ。そうして交流ができる事も、彼らが喜んでくれる事も、私にとっても嬉しい事だから」
オーレリア女王の言葉に月の精霊も微笑んでそう言った。
「勿論です。フォレスタニアに戻ったら開発を始めて、進捗もお伝えします」
「では……楽しみに待っていましょう」
というわけで話が纏まる。
「それは……素晴らしいお考えですな」
それを聞いていたボルケオールが言うと、カーラもうんうんと頷く。
因みに……パペティア族であるカーラは、夢の世界では少しばかり姿が違う。
パペティア族は人形の器を操る精神体だからだ。ただ、制御された夢の世界なのである程度自分の身体を想像によって補えるし、ホルンが夢の世界に引きこんだ場合なら夢の中であるという自覚を抱かないように普段通りの姿にもできる。
今のカーラは本人に夢の世界という自覚があるから……普段の姿をそのまま小さくした人形のような姿をしている。ぼんやりと身体が輝いているのは精神体である証左ではあるかな。
その一方でパルテニアラはと言えば夢の外と同じように話ができているが……彼女の場合、門と血族との呪法を依代や魔力の供給源として、霊体で相当な長い年月の間支えてきたというだけでなく、始祖の女王としてベシュメルクでずっと語り継がれて信仰に近い感情を向けられてきた、という背景がある。
気になって月の民の魂――ご先祖様にも霊体について聞いてみたが、幽霊というよりは神格に近いものを宿しているから、ああして現世でも顕現できるし普通に話もできる、ということらしい。
ご先祖様達が接触して念話しているのは、省エネという理由もあるようで。幽霊が顕現するための場の魔力の高まりなど、条件を整える必要がないからなのだとか。
中々……幽霊の世界も色々事情があるのだなという気もする。
さてさて。そんなわけで挨拶や報告等……伝えておきたい話もお互いに一段落という印象だ。だが時刻的にはまだ余裕がある。月の都に戻って宴会に出席する前に、ここで月の精霊やご先祖様とのお茶会も楽しんでいくとしよう。
そんなわけでみんなと共にのんびりとした時間を過ごす。ご先祖様達もこうして外から客を迎えて茶会をするという機会は初めてという事で、かなり楽しそうな様子だ。
ご先祖様達は改めて俺達やオーレリア女王、パルテニアラやメギアストラ女王達に挨拶回りをしたりと……夢の世界であるのに一周回って普通の貴族の会合のようになっているのは中々に面白い。
「これは……御丁寧にありがとうございます」
と、グレイス達も女性陣に挨拶を受けて楽しそうに挨拶を返したり雑談をしたりする。
夢の世界であるからお茶や菓子等も月の精霊の望むように出せる、という事だ。まあ……夢なので感覚的なものでしかないのだけれど、味や香りは楽しめる。宴会の前なので食べても飲んでも腹がいっぱいになるわけではないから丁度良いだろう。実際、ご先祖様達も普段からそうして楽しんだりしているらしいし。
そんな調子でご先祖達との付き合いが長いからか、月の精霊はそうした人の文化にも理解があるという印象だな。
「そう言えば……月の精霊様にお名前はないのでしょうか?」
雑談の中でアシュレイが気になったのか首を傾げるとご先祖様が手を握って教えてくれる。
『月の精霊様は眠りについておりますから。名前がある事で安易に呼び掛けられ、目覚めさせられるような事がないようにしているのですな』
なるほどな……。となるとそのまま月の精霊で通した方がいいという事なのだろう。
そんな話を交えつつもイルムヒルトが歌を披露してエルナータが楽しそうに身体でリズムを取ったりすれば月の精霊も色々な楽器を夢の世界に想像してくれて。手すさびや教養として楽器を使える月の王族も多く、思わぬ所でご先祖様との演奏会になったりしたのであった。
そうして……夢の世界でのお茶会はのんびりと過ぎていく。
「では、また魔道具を使ってお話ができる時を楽しみにしているわ」
と、月の精霊とご先祖様達に「楽しかった」「魔道具の完成を待っている」と見送られて俺達は夢の世界から現世へと帰還するのであった。