番外846 感謝の言葉を
月の精霊に許可を貰えたので、外の状況はカドケウスとバロールに見てもらいながら、同行者の面々をこちらに引き込む。
少しの間を置いてみんなが夢の世界にやってくる。中空から実体化してふわりと夢の世界に降り立ってくるが……目蓋を開くと目の前の光景に驚いているようだった。
金色の燐光を纏う平野。空に広がる星々の瞬き。生命の反応が煌めくルーンガルド……それに俺達を歓迎するように発光する月の民達の魂――。
ティエーラとコルティエーラ、それにジオグランタも夢の世界に同調して降りてくる。
そんなティエーラ達を見て、月の精霊は驚いたような顔をする。
「――ルーンガルドの精霊……。力を分割した、のね。それから貴女は……」
「私は……魔力嵐の折に世界が別たれた後に生まれた精霊ね。ジオグランタというの」
「私も――今はティエーラという名前があります。私の半身はコルティエーラですね」
「ティエーラと私の名前はテオドールが名付けてくれたの」
月の精霊の言葉に、ティエーラ達がそう答える。
これでこの場には星や大地を司る始原の精霊が4人という事になるな。中々とんでもない光景ではあるが……月の精霊は力を抑えているから、夢の世界とスレイブユニット越しで丁度良かった、というところもある。
まあ、月の精霊と色々話をする前にみんなの紹介と、これまでの経緯について話をさせてもらおう。
月の精霊は月の民の先祖と一緒の眠りが長いからか、夢の世界に慣れている様子だ。色々と話をする前に月面から文字通りに家を生やして見せた。金色の平野から屋根が飛び出し、壁が伸びて、月の民の建築様式を踏襲した立派な屋敷を創造して見せた。夢の世界だから、想像した、という方が正確なのかも知れないが。
中に入るとそこは普通の屋敷ではなく、いきなりみんなで寛げる豪華な大広間と言ったような構造になっていた。スロープを登るとバルコニー席まである。
お茶の注がれたセットやらも最初から用意されているという状態だ。霊体というべきか。月の民の先祖達も淡い光を放つ人魂という姿ではあるのだが、バルコニー席のテーブルにそれぞれついて、寛いでいる様子だ。
月の精霊としては本当に話をする為に作った、という事なのだろう。
というわけで、そこでみんなを紹介し、色々と今までにあった出来事を月の精霊に話して聞かせる。月の精霊の眠りが深かった事もあり……月の民が知らない事情には色々と驚いている様子だった。
「……イシュトルム以外にも魔人が生まれてしまっていたとは……」
そう言って物憂げな表情を浮かべる月の精霊。月の民の間から魔人が生じてしまったと……悔いているのだろうか。
けれど、そんな月の精霊にティエーラは首を横に振る。
「貴女は優しいからそう言った点にも責任を感じてしまうのだと思いますが……。私達とて全てを見通せるわけではないですし、オリハルコンの守護者が月にいなければ別の問題もきっと起こってしまったでしょう。何より……共にある事やその絆を否定する気には私はなれません」
「生命に対する見方の違いは、ある。でも、私だって孤独は嫌だし、失敗だって……してしまった」
ティエーラとコルティエーラの言葉に、月の精霊は何かを感じ入るように目を閉じる。そう……そうだな。ティエーラは元々、虚無の海を孤独に旅する事を嫌っていた。
だから生命種や様々な精霊が生まれてそれを喜んでいたのだし、その中から自分がいなくなった後に続く者を欲しているからこそ、強く育ってほしいと望んでいるのだ。
月の民が生まれた事そのものも未来に繋がる可能性の一つだと……ティエーラ達はそう受け取っている。だから、月の民の間から魔人が生じた事も、ティエーラ達にとっては間違いではない、という事なのだろう。
「そしてそれは、私や魔界の皆が生まれた遠因でもあるわ。沢山の生命が生きる中で懸命になって選んでいった結果でもあるもの」
ジオグランタもティエーラ達の言葉に同意する。ジオグランタとしては……そう。魔力嵐の事も魔界に関わる全てが生まれた原因であるからと、それを責める立場にないとティエーラ達にもそう伝えている。
「そうですね。月の民であるとか魔人であるとか言うから複雑に聞こえてしまいますが……結局、根は人同士の争いであり、僕達自身の問題なのだと思います。けれど今は……魔人達とも和解を進めて、共に生きるための道を模索している」
「失敗から学び……力を合わせて努力し続ければ、良い方向に向かっていくと……私も信じているわ」
「はい。テオドール様や私の恩師もそう示して下さいました」
俺とクラウディアがそう言うと、エレナも真っ直ぐな目で月の精霊を見て言葉を紡ぐ。その言葉にみんなも頷いて……月の精霊は静かに目を伏せた。
「確かに……そうかも知れないわね。では私も――後悔や謝罪の言葉ではなく、貴方達にお礼を言わせて」
そこまで口にして、一呼吸置いてから顔を上げ、月の精霊が続ける。
「貴方達が和解の道を選んでくれた事が嬉しい。月の民に祝福を与え、共に長い時間を過ごして絆を育んだ身として、貴方達が彼らと共にあろうとしてくれている事を、とても感謝しているわ」
感謝……か。月の精霊に今の魔人達との関わりを、そう言って貰えるのは嬉しいな。
月の精霊は俺達の反応を見ると、穏やかな笑みを浮かべる。そうしてバルコニー席で待っていた月の民の先祖――魂達に視線を送り、頷く。
「今の話で、安心できる面々も多いと思うわ。私からもあの子達を紹介させてね」
と、月の精霊が言うと、魂達も応じるようにぼんやりと発光して応じる。そして空中を漂い、俺達の周りに集まってきた。そうか……。彼らの心残りというのは主に魔人の事か。
暖かいような感覚を覚えるのは彼らが感謝の気持ちを向けてくれているからだろう。
「ああ……。父上、母上まで……」
「大お爺様。お爺様に、お父様やお母様、兄上も……」
クラウディアが声を漏らし、オーレリア女王も驚いたように目を見開く。今まで静かに話を聞いていた月の民の魂であったが、紹介を受けるという段になって、生前の姿に近い形を取って姿を見せてくれた。
月の精霊の夢の世界だからか。色々影響があるのかも知れない。クラウディアは両親と手を取り合ったり、それにオーレリア女王を抱擁したり……。
クラウディアの母親……デルフィネ王妃は、確かにクラウディアの面影があるな。クラウディアによれば病弱で政治的な所からも遠く、王宮ではやや接点が少なかった、という話だったが。それでも母子なのだろう。クラウディアをそっと抱擁する。
クラウディアはデルフィネ王妃から抱擁されて少し戸惑っていた様子を見せたが、やがて少し涙ぐみながら抱擁し返していた。
オーレリア女王もだ。イシュトルムとの戦いで命を落とした親類縁者に囲まれて涙を浮かべながらも笑顔で彼らと手を取り合ったり、抱擁を交わしたりしている。
と、俺の周りに次々月の民の魂達が人型を取って、一礼してから握手を求めてきた。その手を取ると、「ありがとう」とか「彼らを止めてくれて感謝している」とか、「追放された彼らの子孫が元気にしていると聞いて安心した」とか……暖かな感覚と共にどこからか響くような声が聞こえてくる。
この場では喋れはしないが、テレパシーのように想いを伝える手段がある、という事なのだろう。クラウディアがああいう反応になった理由も分かる気がする。
そうして、俺だけでなくみんなや同行者の面々と丁寧に挨拶をし合ったり、ティエーラ達に深々とお辞儀をしたりする。
それから月の民の……女性陣の魂が動物組を笑顔で撫でたりして和やかな光景も拡がっていた。
こうした想いを抱いていた月の民と、月の精霊が共に眠る場所……か。あの墓所は、月の民にとっての聖地、と呼べるのかも知れないな。