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番外845 月の夢

「お待たせしてしまったかしら」

「いや、こっちも準備していたから待ってはいないよ。こっちこそいきなりで悪いね」

「ベシュメルクの方は落ち着いているから問題ないさ。できるだけ前回と同じ条件の方が安心だろうからな。しかしまさか、俺達も月に来る事になるとはな」


 俺の返答にユーフェミアが微笑み、スティーヴンが苦笑する。

 ティエーラやジオグランタとの夢の世界を構築した時はユーフェミアもいたという事もあり、魔力送信塔と転移門で繋がっているソムニウムに向かうのであれば、という事でスティーヴン達に協力を打診してみたのだ。


 結果から言うと通信機に「問題なくすぐに動ける」と返信があり、ユーフェミアと共に護衛としてスティーヴンがやってきてくれた。

 迷宮核の試算ではユーフェミア不在でも夢の世界に潜る事はできるが、ホルンの力のみに頼ると夢の中での相手の自意識が若干希薄になってしまうからな。


 何度か夢の世界に潜っている身としてはその辺も補う事はできるし、オリハルコンに月の王族の血と、儀式の繋がりを強くするための手段には事欠かないが……スティーヴンの言うとおり、条件を同じにした方が安定すると言うのは間違いないからな。

 オーレリア女王としても、数人同行者が増えたとしても宴席に支障はないという事だ。というわけで、スティーヴンとユーフェミアも、このまま数日月に滞在することになるだろう。


「――これで大丈夫です」

「ええ。ありがとう」


 と、アシュレイがクラウディアとオーレリア女王の指先に治癒の魔法をかける。鎮痛の魔法を施した上で、少しだけ二人から採血したわけだ。銀の皿の上に少しだけ血を垂らし、儀式の触媒として用いる。


 諸々セッティングして準備は完了だ。ホルンとユーフェミアが揃って、夢の主がこちらを受け入れてくれるなら、後から夢の世界にみんなを呼び込む事もできる。


「それじゃあ始めようか。先に行ってくる」

「ん。いってらっしゃい」

「後程会いましょう」


 そう言うとシーラやローズマリーがそう答え、みんなも笑顔で頷いた。

 最初は俺とクラウディア、オーレリア女王、ユーフェミアとホルンが魔法陣に入り、許可を貰えたらみんなにも夢の世界に来て貰うという寸法だな。ティエーラとコルティエーラ、ジオグランタもそれに合わせて同調する。


 離宮ソムニウムにて資材として保管されていたミスリル銀線をお互いの身体に軽く巻き付けて循環錬気を行う。ウロボロスの石突を床に立てると、オーレリア女王もオリハルコンのレイピアを抜き放ち、柄頭に手を置くようにして切っ先を床に触れさせる。


 そうしてユーフェミア達が能力を行使したところで、俺もマジックサークルを展開する。魔法陣が光を放って儀式場に力が満ちていき――同時に俺達の意識も夢の世界に向かって沈んでいくのが分かる。


 ティエーラの夢の世界に潜った時のように……月の感覚を知るというのも不思議なものだ。存在規模が違うので、縮尺を変えて感覚を揃えているからこうした感覚があるわけだな。

 隣り合う大きな存在――恐らくルーンガルドを感じながら回っているような感覚を覚える。


 ただ、月の重力は小さいからか、中心に向かって引き寄せられるような感覚もゆったりとしたものだ。少しずつ月の中心にある大きな存在に引き寄せられていき、そしてそれに触れた瞬間、弾けるように世界が広がる。


 それは――金色に輝く……どこまでも拡がる地平だった。この金色は……クラウディアの瞳の色にも似ているかも知れない。

 空には大きな青い星。青い星には無数の煌めきが瞬いていて……。あれは月の精霊から見たルーンガルドとそこに住まう生命のイメージだろうか。


 そして地平のあちらこちらに漂う光。それらは俺達の姿を認めると、歓迎するように暖かな波長の魔力を送ってくる。


「我らが高祖を導かれた、偉大なる精霊よ。願わくば我らの前に姿を顕しては頂けないでしょうか。私はオーレリア=シュアストラス。墓所の碑文を読み、この地を治める女王として恩人と共に挨拶に参りました」


 オーレリア女王がどこかにいる月の精霊に向かって呼びかけ、礼儀作法に乗っ取った一礼を見せる。

 僅かな間を置いて……光が一点から生じて、眩い輝きとなり人型を取った。長い髪を結った精霊だ。比喩ではなく髪が金色の燐光を纏っている。ゆっくりと地面に降り立ち目蓋を開く。青い色の瞳。……こうした色もまた、光の散乱の加減による月の輝きの一つ、という印象もあるが。


「ようこそ、オーレリア。私の夢の中に会いに来るとは驚きだけれど……よく来てくれたわね。歓迎するわ」


 そう言って微笑む月の精霊。オーレリア女王は再び一礼すると、俺達の事を紹介してくれた。


「クラウディアの事は、ヨルギオスとデルフィネから聞いているわ。地上に降りたと聞いていたけれど……月に戻ってくる事ができたのね。それから貴方は……不思議な気配ね。月の民……それもシュアストラスに関わりの深い系譜だというのは分かるけれど……」


 月の精霊はクラウディアと俺に視線を向けて言う。

 ヨルギオスとデルフィネはクラウディアの両親の事だ。王家の墓参りに行った時、クラウディアの父王ヨルギオスの間に王妃の墓もあり、その名が刻まれていた。デルフィネ王妃の墓にも花を捧げてきたが――墓所では顕現まではいかなかったな。


 過去の月の民と寄り添って眠る月の精霊であれば……彼らの魂とやり取りを交わす事もあるのだろうか。月の精霊の眠りは大分深いようだが、外の世界の情報を知る手段や機会が全くないというわけではないのだろう。

 そんな事を思いつつも、俺からも自己紹介をする。


「テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します。クラウディアの後に月の船に乗って地上に降りた七賢者――シュアストラス家に繋がる王族の、子孫ですね」

「なるほど……。ルーンガルドの民の気配もあるのに、誰よりも力強い輝きというのは驚きね。そして……オーレリアと同様、オリハルコンを大切に使ってくれている事が分かるわ」


 月の精霊は納得したように頷く。その言葉に……俺とオーレリア女王のオリハルコンが反応していた。月の精霊の寝所で感じたような、暖かな気配だ。


 月の精霊はそんなオリハルコンの反応に穏やかな表情を浮かべる。ウロボロスに組み込まれたオリハルコンについてはイシュトルムの一件で再び地上に落ちてしまった物ではあるが……。それも含めて月の精霊もオリハルコンからの反応を好意的に受け止めてくれているらしい。


 夢の世界に同行している面々――ユーフェミアとホルンの事も夢の世界を構築して繋がるために協力してくれる仲間であると紹介する。

 それから事情の説明だ。墓参りをした際に王達に導かれ、碑文を読んだ事。それを受けて挨拶に来た事。他にも……夢の世界の外で仲間が待ってくれている事も。


「――話は分かったわ。この夢に立ち入りたいというのなら私は歓迎よ。月の民はずっと眠っていたから、新しく誰かが会いに来てくれるというのは本当に久しぶりで……挨拶に来てくれたというのは嬉しく思っているのよ」


 微笑む月の精霊の周辺に、先程から中空を漂っていた光が集まって舞う。


「その輝きは――やはり月の民の魂、ですか」

「……そう。月の民は私達に近い性質を持った存在。私の事を心配して付き添おうとしてくれたり、現世に思いを残したりしている者は……墓所に残っているの。私の眠りの中で話をしたり、彼ら自身も眠りについたりね」


 その中には――先王やクラウディアの父もいる、というわけか。

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