番外842 太古の縁起
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
月の先王に関してはオーレリアの曽祖父という関係が正しく、描写上のミスをしておりました。
前までの話を修正しました。ストーリーの大筋での変更はありません。ご迷惑をおかけしました。
浮遊する光に続いて回廊を歩く。俺が形成した術ではない。環境魔力を固めて作られた術式をこちらで起動しただけだ。
オリハルコンの解析技術を前提に他者から託された術、という印象だな。分かっていた事だが、月の民は器用な術の使い方をするというか。
ともあれ、浮遊する光の球は俺達からつかず離れずの距離でゆっくりと漂うように先導してくれている。
「どこに案内しているのでしょうね。何だか、下に向かって進んでいるように思いますが」
グレイスが首を傾げる。
「そうね。深層に向かって進んでいるようだわ。王家の霊廟は……シュアストラス家の系統樹でもあるの」
「系統樹というのは比喩ではなく、実際そういう構造なのです。始祖という根があり、私達という枝葉がある……。ですからより深い階層へ向かうという事は、より古い時代の王の墓所へ遡るという事になるわね」
クラウディアが言うとオーレリア女王も頷いて言葉を続ける。見た目は城のようだが、目的が違うと言うか、確固たる設計思想に基づいているわけだ。
しかし古い時代、か。霊廟の更に奥。深奥へ。霊廟の回廊を進んでいき、俺達が辿り着いたのは一際大きな扉の前であった。
回廊も、もうこの後には続いていない。つまりは――ここが終着だ。
「シュアストラス家の高祖……」
ローズマリーが呟くように言うと、クラウディアとオーレリア女王は、揃ってその言葉を首肯する。
案内の術式を放ってくれた二人の月の王の雰囲気からすると危険は無さそうだったが……それでも辿り着いた先が月の民の高祖の墓所ともなれば、みんなも些か緊張してしまうのは否めないと言うか。
浮遊する光球は扉の前で止まってぼんやりと輝いている。
みんなで顔を見合わせ、それから頷くとオーレリア女王が前に出た。扉に手を翳し、マジックサークルを展開すると扉に光が走り、そうして僅かな間を置いて、奥へ向かって扉が開いていく。
そこには一際巨大な間と中央に柱のような墓石があった。そこから何方向かに分かれて上の階層に続く階段がある。シュアストラス家の高祖の墓石。それからその家族や子供達の墓所に繋がる通路だな。
清浄ながらも濃い魔力が、風のように扉の向こうから流れてくる。
案内役の光球は扉の向こうにゆっくりと入っていく。俺達もそれに続いて高祖の墓所へと立ち入るが……光球はそのまま高祖の碑文の前まで飛んでいく。
「これは――」
光球が一際強い輝きを発したかと思うと、壁の碑文が反応を示した。碑文全体では高祖の功績を称える文言が刻まれているようなのだが、一部の古代文字が飛び飛びに光を宿していく。
「碑文に隠し術式……? いえ、伝言、かしら?」
オーレリア女王がそれを見て目を見開く。クラウディアも同じなようだ。二人とも知らないとなると、これは――。
「これは――碑文の……光っている古代文字を、読み上げればいいのかしら」
「多分、そうだと思う。術式を解析した時の内容に光る文字を唱和せよってあったからね。そして、この内容だと詠唱じゃなく……特定の魔道具の起動かな」
恐らくコマンドワードだ。唱える事で何かが反応する、という仕組みなのだろう。
「では、当代の女王として責任を以って唱えるわ」
オーレリア女王が言う。
「では……危険はないと思いますが、魔力の動きを見ておいて、もしもの場合は対処します」
「ええ。ありがとう」
俺の言葉に頷いて、オーレリア女王はコマンドワードを口にする。魔力の動きに注視していたが、やはり無害なコマンドワードの類だったらしい。仕掛けが反応を示し、高祖の墓石の足元に更に地下へと続く隠し階段の入り口が開く。
「隠し通路を開く合言葉、のようなものでしょうか」
アシュレイが目を瞬かせる。
「んー。予想が正しいなら、王位継承の折に伝えられたりする、のかな」
クラウディアの父王と月の先王は二人とも知っていた様子だからな。だが、クラウディアは王位を継承したわけではないし、オーレリア女王の王位継承は平常時では無かった。
そうした考えをオーレリア女王も理解しているのか、静かに頷く。
「私の場合は――王位の継承がイシュトルムの事もあって平常通り、とはいきませんでしたからね。決戦に望んで相討ちになった曽祖父だけでなく、王族や重鎮も幾人も亡くなりました。その混乱の中で……私に伝えられない事があった、というのは十分考えられます。それと……お二方が顕現できるほど場の魔力を高められたのは皆さんのお陰ですね」
そう言って微笑みを浮かべるオーレリア女王である。或いはオーレリア女王に伝えたい事があったのかも知れないが。
「ともあれ、ここまで来たからには皆さんも地下へどうぞ」
「良いのですか? 王家の聖域かも知れませんが」
「そうであれば、テオドール公に術式を読み取ってもらうという事はしなかったかなと。お二方達の行動には、何か意味があるものと思っていますよ」
なるほど、確かにな。オリハルコンで解析して術式の起動ができるのはオーレリア女王も同じだ。そこを俺に任せたという事は――この場所に俺を招きたかったから、とオーレリア女王は予想を立てたわけだな。
そういう事であればこのままみんなと共に進ませてもらおう。
階段を降りると――そこはまた広々としたホールだった。壁に古代文字が彫り込まれている以外は特に何もないように見える。
相変わらず濃い魔力が広がっているが……何というか暖かくて静かな気配があるというか。墓所とまた魔力の質が違う印象があるな。
「高祖の墓石の下にこんな空間が……」
とクラウディアが少し戸惑いながら周囲を見回す。
「文字の他には……何もない、のかしら」
イルムヒルトが首を傾げる。
「そうなると、ここに刻まれている文字自体が重要な情報という事になるかしら」
「では――早速読んでいきましょうか」
ステファニアが言うと、ローズマリーも頷く。月の古代文字には関わる事が多くて、クラウディアやオーレリア女王は勿論、ローズマリーも解読できるからな。
解読や解釈で間違いが起きないように、みんなで壁の文字を読んでいく。
解読に時間がかかる事も予想したが……案外というか、冒頭の部分でこの場所が何なのか。こういった場所を作ってまで、何を伝えたいのかが分かってくる。
「――かくしていくつもの箒星が降り注ぎ、そして月は砕けた。幾千の月の欠片となり、大地に降り注いだ。それは地上に住まう者達を慈しむ温情であると、後に我らは理解するに至る」
それは遥か昔、過去に起こった出来事を伝える内容だ。
流星群が月に落ちて――月の欠片が地上に降り注いだ。その中にはオリハルコンも含まれており、それを巡って争いが起きた……と書かれている。
彼らは天文と魔法、精霊に明るい民族だったそうで……流星群が来る事も事前に予期していたらしい。本来なら地上にはもっと破滅的な被害が起こるはずだったのに、流星群の軌道が不自然に月に逸れるように動いた、という話だ。
だから――その観測を元に月の欠片の存在とその有用性にいち早く気付く事ができたという。
要するに……これはシュアストラス家と月の民が如何にして月に降り立ったかを伝える口伝だ。月の民が……今の形に成り立つまでの話。如何にして彼らがこの地に居ついたか。そういった内容を後世に伝えるためのものなのだろう。
なるほど。霊廟が王家の系統樹だというのなら、高祖の墓の更に奥に、何故この土地――月に至ったのかを語り継ぐ文言……縁起を残しておくのは道理だ。
月の先王達が、何故俺を含めてこの場所に招待したのかも……恐らくはこのまま読み進めていけば分かるだろう。