番外841 月の王達
霊廟内部は強い魔力が満ちている。装飾に魔法的な意味を持たせたり紋様魔術での墓所の保全を行ったり……内装が実用と直結していて無駄がない、というのがここまで見てきての印象で、王家の霊廟もそれは同様だ。
月の生活は物資を無駄に出来ないから……この辺は徹底しているのだろう。
月の民が墓所に全く触れずに離宮で眠りについたのも、墓所を解体して素材を得ても結局状況が変わらずにジリ貧になると分かっていたからだろうな。墓所というものの性質自体、手を付けることに憚られるという点もあるが。
その点、残しておけば眠りにつくにしても精神的な拠り所がある事で再起の芽もあると、自分達を鼓舞する事もできる。合理性ばかりが全てではない、という事だろう。
「霊廟の内部に関しては幾つかの階層に分かれていて……古い時代程、奥の間に祀られているの。王だけでなく、王族として親しかった者達もその近くに配置してと……色々工夫されているのですね」
と、オーレリア女王が教えてくれる。
「では……シュアストラス家の系統樹のようになっているのですね」
「そうね。歴史書と共に遡れば見て取る事ができると思うわ」
それぞれの王と王族の間に碑文を残し、何という名の王だったのか。王とどんな間柄だったのか等が分かるようになっているのだとか。
ベリオンドーラに降りた月の王族――七賢者に直接関わりのある月の王は誰なのかと言えば……オーレリア女王やその曽祖父ということになるな。月の民が長命であるから、一番新しい区画という事になる。
オーレリア女王の曽祖父に関してはイシュトルムと交戦もしている。俺達の心情としても……墓前に挨拶をしておきたい人物だ。
オーレリア女王の先導に続いて霊廟を奥へと進むと、大きな部屋に出た。
中央に魔法の灯りで青く照らされた大きな柱。その周囲に少し小さな柱がいくつも建っていて……そこには王家に連なる面々の名がいくつも刻まれている。……王族達の墓にも月の混乱を収める為に勇敢に戦ったと明記されていた。
「イシュトルムとの戦いで亡くなった方々……ですね」
「……そうだね」
グレイスの言葉に頷く。
きっと、月の王家の墓所全体から見れば……先王の墓とその周辺については石碑に刻まれている文言も異質なのだろう。イシュトルムの被害が如何に大きかったかが窺えるな。彼らの墓石にも祈りを捧げていく。
最後の月の船でベリオンドーラを建国した……七家の祖に連なる人物もその中にはいて。
そうだな。こうした人達が眠っている場所、というだけで墓参りにきた意味はあると思う。イシュトルムを倒した事を黙祷の中に込めて報告をしていく。
「ただいま戻りました、大お爺様。見事イシュトルムを討ち倒した我らに連なりし末孫……テオドール公とその奥方達――。そして遥か昔にルーンガルドへ降りた尊き姫君……クラウディア様も今日は共に参っております」
オーレリア女王が先王の墓前に花を捧げて報告をし、俺達も共に祈りを捧げる。
魔人達との因縁の始まり。ヴァルロス達との今までの戦い。ハルバロニスの事や隠れ里の面々の話。魔人化の解除と、これからの道の模索。そして、ベシュメルクと魔界の事。
そういった事を祈りの中に込めていく。静謐な空気の中、みんなで祈りを捧げる事で周辺の魔力はかなり高まっている。周辺から感じる穏やかな気配が――俺達の来訪を歓迎してくれているような……そんな気配と暖かさがあった。
「何となく……暖かく迎えられているような気がします」
「ふふ。そうね」
エレナが言うとクラウディアが表情を綻ばせ、オーレリア女王も微笑む。
「……それでは、もう少ししたらクラウディア様の父君にも挨拶をしに参りましょう」
そうして暫くみんなと共に黙祷を捧げてから一旦通路に出た。
オーレリア女王の曽祖父の間からも……隣り合った間に連なる扉があったが、あれは先々代の王の間に至る扉との事だ。
そういった調子でその時代時代の王から王、祖先から祖先へと経路が構築され……シュアストラス家として一つの巨大な霊廟を構成しているわけだな。
クラウディアの父に関しては……そう、ルーンガルドに住む人たち全てにとっての恩人とも言える。
月の民全体としてはオリハルコンを守る為に月から離れられなかったし、地上を再建しなければ月の民も望みが無かったという、やむを得ない事情があるにせよ……月の船を降ろして地上を再建させるという選択肢を選んでくれたのは……当時の王であったクラウディアの父親に他ならない。
そうしてクラウディアの父王の間へと向かう。こちらの墓所は王に近しい親類縁者達の石碑に刻まれている文言も穏当なものが多いという印象だ。
「ただいま戻りました、父上」
クラウディアが花束を墓前に捧げて……先程と同じようにみんなで黙祷を行う。クラウディアの父王へ――先程と同じように黙祷の中に、様々な想いを込めていく。
オーレリア女王の曽祖父、先王に報告した事に加え――クラウディアの夫である事と……今の迷宮管理者代行である事。そして、地上を再建する決断をしてくれた事に、感謝の想いを伝える。どんな想いでクラウディアの言葉を聞いて、どんな想いをあのメッセージに込めて地上へと月の船を送り出したのか。
みんなの捧げる黙祷によって、場の魔力が更に高まって――。
「ああ……これは」
「大お爺、様……」
クラウディアとオーレリア女王の声が重なる。目を見開くとそこには光の靄に包まれる二人の人物が佇んでいた。
片方には見覚えがある。クラウディアが迷宮管理者の座から解放された時に現れた……つまりクラウディアの父親だ。そしてその隣に立つのは……オーレリア女王の曽祖父だろう。
月の墓所という……場の魔力が二人の顕現を支えているという印象だ。残留思念なのか魂なのか。いずれにしてもあまり長い間顕現はできない、ように思うが……。
二人とも威厳を湛えながらも優しげな表情と雰囲気で、それぞれクラウディアの髪を撫で、オーレリア女王をそっと抱擁する。実際に触れられるわけではないからそういう仕草を見せた、というだけだけれど。
「迷宮にて……お言葉と想いは、確かに受け取りました」
「ご無沙汰しております……大お爺様」
クラウディアとオーレリア女王からの言葉に二人は頷き、口を開く。但し……声は聞こえない。
「長い年月を耐え、良く勤めを果たしてくれた」
「女王として、よく皆を守ってくれた」
二人の唇の動きから言いたい事を読み取るならそうなる。クラウディアとオーレリア女王は、少しだけ泣きそうな表情になって。それでも今まで歩んできた矜持があるからか、父親と曽祖父に涙を見せまいと嬉しそうな笑みを返す。
暫くの間親子の再会の時間を過ごし……そして俺に視線を向けてくる。
こちらから一礼を返すと、二人も微笑みと共に頷き同じ場所に手を翳すと、ぼんやりとした光球が生まれる。その光は――何やらウロボロスに組み込まれたオリハルコンに共鳴しているようだった。
……何か伝えたい事がある、という事だろうか? そうして、二人は薄れるように消えて行ったが、光球はその場に残った。
オリハルコンと共鳴しているので……それを探ると、どうやら道案内をしてくれる簡単な光の術だという事が分かった。なるほどな。オリハルコンの解析能力を前提として何か残してくれたわけだ。
「どうやら、この術で道案内をしてくれるみたいだけれど」
「道案内……気になるわね」
ステファニアが顎に手をやって思案する。みんなも気になっているのか、俺を見て頷いた。
術式を起動させてやると、光球が案内をするというように緩やかな速度で動き出す。
雰囲気からすると荒事ではなさそうだが……顕現するための力を割いてまで伝えたい事があるのだろう。さて。二人の月の王は、一体何を俺達に見せたいのか。