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番外840 月の墓所

 月の荒野を浮石が行く。墓所まではそこそこの距離があるらしく、荒野を軽快な速度で飛ばしていけば――やがて荒野の向こうに何かが見えてくる。

 墓所の入り口を示すモニュメントだ。剣を地面に突き立て構える二体の騎士像だ。


 そこから地底に向かって緩やかな傾斜が続いており、傾斜の奥に巨大な門が聳えているのが見えた。騎士像の前まで行って浮石を降り、みんなで緩やかな斜面を降りていく。形式としては地下墓地――カタコンベという事になるのかな。


「あの騎士像もゴーレムの類ですか」

「ええ。墓荒らしの類を見極めて防衛を行う役目を負っているわ」


 クラウディアやオーレリア女王が一緒だから、大人しくしているというわけだな。

 王家の墓所も奥にあるが、門のすぐ向こうは一般の月の民の墓所でもあるそうで、一般の月の民もここには墓参りに来る。


 契約魔法によって訪問者の目的を判断し、違反が起きた場合に防衛戦力が起動する、という形式になっているらしい。


「けれどまあ……月の民はみんな都で肩を寄せ合って暮らしていますし、外部から誰かが訪れてくるような例も滅多にないですからね。みんな身内という側面が強く、わざわざ月の民の墓所に不埒な真似をするような輩は今まで現れたという事もないのですが」


 オーレリア女王が教えてくれる。まあ……確かにな。王家の墓所ともなれば副葬品等はあるかも知れないが月の民と対立していたエルベルーレの面々にしても、反旗を翻したイシュトルムにしても、そうした金品を目的にしていたわけではなかったからな。

 墓所を重要視して暴くというのは何かしらの確信や目的がない限り考えにくい。そんなわけで墓所はずっと平穏だったというわけだ。


 オーレリア女王が門に手を伸ばしてマジックサークルを展開すると、墓所に続く門に光が走り――少しの間を置いてから内側に向かって扉が開く。内側にもう一つ門があり……やはりエアロックのような区画があるようだ。

 俺達全員が門を潜ると、ゆっくりと外に続く門が閉じられ、内側の門が開く。そうして魔法の照明が回廊に沿って、奥に向かって次々と灯っていった。


「では――参りましょうか」


 と、オーレリア女王が先に立ち、墓所の中に招いてくれる。内側の扉の向こうに足を進めると内側の門も俺達の背後で閉じる。

 墓所の中には――空気が満ちているようだな。

 墓所の中は魔法の照明もぼんやりとした光量で、静謐な空気だ。

 精霊に近い性質を持つ月の民が眠る墓所だからか、内側は魔力も高い。きちんと埋葬されているからか、清浄な魔力、といった印象ではあるが。……魔法的に空気の浄化も行っているのかな。空気も清涼な感がある。


 壁や柱にも装飾が施されている。ただの装飾というわけではなく、建材そのものの構造強化や内部の環境整備の為の術式が色々と組み込まれているようだ。

 ……月の民が栄えていた頃の物と考えれば、使われている技術や注ぎ込まれた労力も相当な物という事が分かる。


「凄いですね……」


 エレナが呟くように言うと、みんなも周囲を見回しながら頷く。

 クラウディアとオーレリア女王の後に続いて奥へ続く回廊を進めば――脇にいくつも小部屋があるのが見て取れた。


「あの小部屋一つ一つが、月の民のそれぞれの家系の者達が眠る墓石ね」


 クラウディアが言う。歩きながら小部屋の奥を見てみれば、家名と共に部屋の中央にどっしりとした墓石があり、そこに眠る人名もしっかりと墓石に書かれているようだ。

 王家の墓所も奥にあるからか、かなり整然としたカタコンベという印象だな。回廊は少し傾斜しており、奥に進めば進む程地下になっているようだ。


 回廊を進めば突き当たりにまた大きな門があって――。門を守るように彫像が配置されている。これもゴーレムだな。


「ここから先は月の貴族の家々の墓所だわ」


 再びオーレリア女王が扉に向かって手を翳し、マジックサークルを展開する。光が走り――入り口と同様に扉が開かれた。


「なるほど。じゃあ、更に奥に王家の墓所」

「そうなるわね」


 と、その光景を見てシーラが納得したように言うと、クラウディアが首肯する。

 貴族家、王家。それぞれの墓所の扉は、そこに正統な用件と資格がある者しか開けないというわけだ。クラウディアとオーレリア女王は……流石に最奥までフリーパスだろうが。


 貴族家の墓所は――また趣が違う。

 広大な空間。壁や柱、天井や床も色々と細かな装飾が施されていて、これを作った職人達の腕が相当なものだと窺える。

 真ん中を貫くように下に向かって傾斜する回廊が続き、回廊脇に登り階段があって……登り階段の上層部に、それぞれ独立した小神殿のような建造物がいくつもある。


「これはまた……凄いわね」

「地下墓地にこんなに広々とした空間があるとは思いませんでした」


 ローズマリーが羽扇で口元を隠して言うと、グレイスもまた周囲を驚いた表情で見回していた。二人の言葉にマルレーンもこくこくと目を丸くして頷く。


 小神殿の一つ一つが――それぞれの貴族家の墓所、という事らしい。小神殿の入り口に家紋も刻まれている。


「ハルバロニスで見た事のある家紋も混ざっていますね」

「ルーンガルドへ追放されたとはいえ、かつては月の民の同胞として、助け合って暮らした家の方々ですからね」


 墓地に眠る先祖には罪はない。反逆をしたからと、墓所まで暴いて追放する等という事はしなかったという事だろう。


「ハルバロニスの方々とも和解した今となっては、彼らが望むのであれば、この場所への墓参りも、埋葬も許可を出しています」


 オーレリア女王が静かな口調で教えてくれる。先立ってハルバロニスの者達も月を訪れて、先祖の墓参りをしたのだという。


「それは……良い話ですね」


 イルムヒルトがオーレリア女王の言葉に微笑む。何世代も経てではあるが、里帰り、というのはイルムヒルトにとっては他人事ではないからな。


 貴族家の墓所を脇に眺めながら、更に回廊を下へ下へと進む。

 そうして――突き当たりまで進むと、そこに大きな扉があった。シュアストラス家の墓所へと繋がる門だ。


「この場は……クラウディア様にお譲りします」

「それは――ありがとう」


 扉を開く役をオーレリア女王はクラウディアに譲る。クラウディアは胸に手を当て、空を見上げるように目を閉じて一つ息をつくと、門に向かってその手を伸ばした。

 マジックサークルが展開されると、門に光が走って行き――そして見上げる程に巨大な門がゆっくりと奥へと開いていく。


「今までの墓所からある程度は予想していましたが……」

「これはまた……驚きと言いますか」


 俺の言葉をグレイスが引き継ぐように言う。

 扉の向こうに――魔法の照明が灯っていき、真正面の巨大な建造物が目に飛び込んできたのだ。回廊の左右に分かれて配置されていた各墓所の位置構造も真正面の突き当たりに変わっている事から、最終的にここに至る道だったのだという事が分かる。


 王家の霊廟なのだろうが……さながら地底城というか巨大神殿といった佇まいだ。

 地下だというのに水路があって、それらが下からライトアップされて青い輝きで霊廟を照らしているが……建築様式自体は墓所という事で落ち着いた印象ではあるか。


 月の王家の墓所という事で、肌に感じる魔力は更に強いものになっているな。


「では――参りましょうか」

「霊廟内にも歴代の王が眠っている場所があるから、もう少し内部を歩く事になるわね」


 そう言ってオーレリア女王とクラウディアは俺達に微笑みを見せて先導してくれるのであった。

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