番外839 もう一つの目的
月の都での昼食も終えて、食後の茶を飲みながらのんびりと過ごす。月の民の楽士達も目を覚ましているので、その腕前を披露してくれた。
月で使われている楽器はと言えば――かつて地上のあちこちから収集した品が今でも伝わっているとの事だ。
ただ、娯楽に関しては発達しやすい下地があった為、音楽文化は独自の進化をした、との事だ。
確かに、月の音楽はメロディに独特の味があるというか。イルムヒルトも興味深そうに耳を傾けていた。
そうして茶を飲みながら談笑していると、オーレリア女王が今後の予定ですが、と前置きをしてから言葉を続ける。
「私の予定はテオドール公の滞在中は融通がきくようにしてあります。メギアストラ女王ともお話を済ませましたので、例の場所への訪問の件は何時でも大丈夫ですよ」
例の場所――新婚旅行が月に決まったから、クラウディアと話して事前に訪れたい場所を決めていたのだ。
「そう、ですね。可能なら宴席より前に訪問しておいた方がいいのかも知れません」
「では、決まりですね。私も曽祖父の所へ挨拶に行きましょう」
オーレリア女王は相好を崩して頷く。折角夜まで時間があるのだから、というわけだ。
訪問する場所は――クラウディアの両親が眠る場所。月の王家の墓所だ。要するに、墓参りだな。クラウディアが迷宮管理者から解放された時の事を考えて幻術を組み込んでくれていたが……だからこそ月が落ち着いた今、改めて墓参りに行こうというわけだな。
オーレリア女王の曽祖父に関しては、イシュトルムと戦った先代の月の王に墓参りに行くという意味だ。案内も兼ねて同行してくれるわけだな。
王家の墓所は――月の民の墓所と共に都の外部にあるらしい。月面ではなく安定した地質、岩盤、竜脈等……諸々の条件に合致する場に建造されたそうだ。月の民も長命だからな。安定を目的とした墓所が必要だった、という事だろう。
というわけで、オーレリア女王と共に再び浮石に乗って郊外へ出かける事となったのであった。
みんなと共に城から浮石に乗って、大通りを通り……都の外へと向かう。
浮石と魔道具の効果があるので外部に出ても安心だ。
そうしてみんなと共に月の荒野を進んでいく。月の原野は見渡す限り荒涼としているが、遠くを見れば星々の輝きは美しいものだ。
それに完全に生き物がいない、というわけでもないようで。ライフディテクションや片眼鏡で生命反応や魔力反応を探ってみると、所々に小さな反応を見る事が出来た。
「反応としてはミネラリアンに近いかな。小さな鉱物生命もいるみたいだね」
そう言うとオーレリア女王とクラウディアが揃って頷く。
「シルバーリザードですね。私達とは生活圏が違うし、大人しくて害のない生物ですよ」
「魔力を与えるだけで活動できるし人にも懐くから、昔から月の民の間でも飼育する者がいたはずだわ。ルーンガルドで飼うには少し手間がかかるらしいけれど」
月面の表層付近……それもシルバーリザードと相性のいい地脈付近でしか見かけない、という事だそうな。魔物の一種ではあるが無害。あまり質の良い魔石が取れるというわけでもなく、利用法も少ないので狩りの対象にはならないという話だ。
地球側の月と違って、また一風変わった生物が生息しているようで。
「ん。少し気になる」
と、シーラがそう言うとみんなも少し気になっているようで、マルレーンもこくこくと頷いた。時間はあるので、浮石から降りてシルバーリザードを少し探してみる。魔力反応を当てに土をゴーレム化して少し除けてやると、銀色の鉱石のような質感を持つ生物が姿を見せた。
大きさは掌に乗る程度。手に取って軽く魔力を送ってやると、少しの間を置いてからもぞもぞと動き出す。
丸めていた身体を伸ばしてこちらを見てくるが……そうだな。全体的な姿としてはヤモリに似ているかも知れない。金属的な生物なので、小さな身体ながらちょっとした重さを感じる。
身体を丸めた状態だと銀色がかった石ころのようにも見える。月の原野に溶け込みそうな色と質感は、気を付けていないと視界に入っても気が付かないかも知れない。
「愛嬌のある顔立ちをしていますね」
「ふふ。確かに可愛らしいです」
みんなの所に持っていくと、それを見たアシュレイとエレナが笑みを浮かべる。
目がつぶらで大きく、正面から見ると口角が少し上がっていて笑っているようにも見える。動きは緩慢で……こちらから逃げる気配もない。
捕食者がいるわけでもないのでそうした防御行動をとるという性質もなければ、肉食でもないので攻撃性も持たないわけだ。
「なるほど。飼育したがる者の気持ちも分かる気がするわね」
と、ローズマリーが頷く。
「身体の大きさの割に結構重い気がする」
「比重の大きさがルーンガルドにはいない理由かしらね。月面から地上に持っていくと、自重がかかってしまうから」
クラウディアが教えてくれる。
「じゃあ、手間っていうのはそこかな。レビテーションを維持し続けたりする必要があるわけだ」
人工的な環境を作ってやれれば飼育もできるが、地上においては野生種として適応や繁殖ができない気がするな。
「起こしちゃって悪かったね」
一通り観察してからそう言うと、シルバーリザードは翻訳の魔道具でこちらの言いたい事を理解したのか、返事をするように微妙に身体を振動させていた。
「これは?」
「月面の生物だから声帯は発達していないけれど、振動を発して仲間と意思疎通するそうよ」
「これは確か――肯定的な反応だったかしら」
「なるほど……」
クラウディアとオーレリア女王が答えてくれる。となると、翻訳の魔道具でこちらの意思は伝わっているから、大丈夫とか気にしていないとか、そういうニュアンスだろうか。
そうしてシルバーリザードは何やらコルリスとアンバーの方に目を向けて俺の掌の上で振動を発してくる。先程と同じく、肯定的、好意的な振動反応だが。
「土属性の魔力が高いから、かな?」
シルバーリザードと引き合わせると、コルリスが爪を軽く差し出す。シルバーリザードはのそのそと動いていって、コルリスの頭の上に乗って満足げにしている。
コルリスとアンバーも揃ってこくんと頷いてと……シルバーリザードを気に入ったらしい。
「コルリス達からすると何だか落ち着くような、良い匂いに感じるらしいわ」
と、ステファニアが教えてくれる。それは……悪くないかも知れないな。コルリスとアンバーの間に子供が生まれた後も、良い影響が得られるかも知れない。
観察が終わったら月の原野に返そうと思っていたのだが……魔力が心地良いから向こうの方がすっかりこちらを気に入ってしまったと言う面もある。当のシルバーリザードは俺達と一緒に行きたいと希望しているようだ。小さな頃から育てないでもこんなに慣れるのは珍しいとオーレリア女王は笑っていた。
「んー……。まあ、レビテーションの魔道具を用意する分には問題はないから、住みやすい環境も作れるとは思う」
そう言うと、シルバーリザードは嬉しそうな振動反応を見せていた。
「それじゃあ、決まりかな」
「そうなると名前も考えなければなりませんね」
グレイスが言うと、みんなが微笑んでこちらに視線を向けてくる。
「……ルージェントっていうのはどうかな。そのまま銀の意味のもじりだけどね」
少し考えてから言うとシルバーリザードは嬉しそうな反応を見せていた。では、決まりという事で。
そんな調子でみんなと共に月の生物観察等を挟みつつ、俺達は月の王家の墓所へと向かうのであった。




