番外838 天文台と図書館と
庭園の片隅に突端に突き出すようにドーム状の建物――天文台はあった。
天文台は通常、街の明かりから遠ざけて郊外に作るものだが――月の天文台は光魔法と闇魔法を駆使して昼夜と場所を問わず天体が観測できる、との事で。天文台自体が城の尖塔の外周を動いて全天を見回す事ができるようになっているらしい。
「昼期でも問題なく観測ができるよう、任意の方向から注がれる光――ええと、この場合は街と太陽からですね。これらからの光を術式で魔法的に遮断し、天体観測をしやすくしているのです。天文学士達の計算や術式が正確である事の証明になりますから」
と、エスティータが教えてくれた。天体を用いて迷宮への魔力供給もしているから、やはり月の天文学は大したものなのだろう。
そんなわけで庭園の片隅に作られた天文台の内部へと進む。真っ暗な内部であったが俺達の場合は加護もあって夜目が利く。見上げると巨大な鏡のようなものがあって――中央に操作盤らしきパネルもある。
使われている技術は高度なものだが、俺ならば触れれば直感的に操作できるだろうとの事だ。操作盤に触れると鏡の内側に天体が映し出され、みんながその光景に声を漏らす。
操作盤に触れて鏡を操作してみると、任意のエリアを拡大したり縮小して広い範囲を映し出したりできるようだ。鏡で覗く範囲を横に動かしていくと天文台ごと尖塔の周りを回転移動しているのが分かった。
「月の技術は……流石に凄いですね」
と、エレナが目を丸くして、マルレーンがにこにこしながらこくこくと頷く。そんなわけで天体の中から色々な星座を見つけてみんなに見せていく。
「この明るい星が鷲の星座の一等星だね。この時期はタームウィルズからじゃ見えないけど、月面からなら見られるわけだ。こっちが――ノルヴァス星雲だね」
解説をしながらみんなに色々と見せていく。星雲や天の川――それに星々の瞬きまではっきりと見える。
「――綺麗ね」
それを見たイルムヒルトが言うと、みんなも微笑みを浮かべて頷いて、穏やかながらも楽しそうに天体を見上げているようだった。
俺としては――星々に見とれるみんなの横顔を見られるので役得といった所だな。そんな調子で天文台を堪能した後は、庭園の一角にある展望台から見える景色を楽しませてもらう。
月の都を眼下に眺めながら、上機嫌そうなイルムヒルトの歌声が庭園に響き……セラフィナも手摺に腰かけて一緒になって歌う。みんなと一緒にのんびりとした時間を過ごさせてもらうのであった。
庭園と展望台、天文台を楽しませてもらった後は――まだ昼食まで少し時間があるので図書館へと向かう。
記録媒体が収められた図書館なので普通の図書館とはやや毛色が違う。八面体の結晶のような記録媒体が四方の壁全体を使った棚や柱にずらりと並んでいる様は中々に壮観だ。
記録媒体には番号が刻まれており、受付付近にある目録の記録媒体を操作してやれば目的とする書物を簡単に見つけられる、というわけだ。
今は同行していないが、魔王国の国立図書館の司書であるカーラが見ても興味深いシステムなのではないだろうか。
元々城の内部にある図書館なので、閲覧可能な範囲が一般に公開されている公立図書館よりも多彩というか……目録を見る限りでは技術書も閲覧が可能なようだ。一つの記録媒体に複数の書物が収めてあったりと容量も多いので、一つ持って来ればじっくりと読書ができる、というところがあるな。
記録媒体は原理的に別の記録媒体にコピーもできるが――本の内容によって閲覧可能ではあってもコピーによる持ち出しは不可能になっていたりと、きっちり目録で分かるようになっている。
図書館自体も俺達が訪問してきているからか、人はおらずに貸し切りといったところだ。そんなわけで、目録を見て気になる技術書が収められた記録媒体を覗いてみたり、童話の類が収められた記録媒体に目を通したりといった時間を過ごす。
月の童話ならルーンガルドではあまり知られていないだろうし、幻影劇場で使えるかもと思って調べてみたが……意外な事に結構その手の蔵書が豊富だ。
「まあ……そうね。月の平時は娯楽に飢えているところもあったから。こうした創作系のお話が作られるというのはあったわね。私の時代では――そうも言っていられなかったけれど」
と、クラウディアが月の事情を教えてくれる。なるほどな。確かに……月も閉鎖空間ではあるから、手軽に楽しめる創作物という娯楽は需要があるというか、発達しやすい環境ではあるかも知れない。
「折角だし記録媒体に複製させてもらおうかな。後でじっくり読み込んで幻影劇の題材として良さそうな話を見つけたら原作利用をさせてもらうっていう事で、月に代金を支払う方向で許可を貰ったりとか」
まあ、月が舞台だったりするなら、地上でも伝わりやすいように少々アレンジする必要が出てきたりするだろうけれど。といった調子で思いついたアイデアを口にすると、みんなの表情が明るくなる。
「それは――面白そうね」
と、ステファニアがうんうんと頷く。
図書館も貸し切り状態なので、クラウディアやエスティータ達にオススメを聞いたり、それらの童話で皆と共に朗読会のような事をしたりと、図書館でのみんなとの時間を楽しむ。
「昔々のお話です――」
と、グレイスが穏やかな声色で童話を朗読して……心地の良い時間だ。小さな頃に母さんやグレイスが本を読んでくれた、という事もあったので、俺としては懐かしさも感じてしまうが。
そうして朗読会を楽しんでいる内に昼食の頃合いとなったので、一旦切り上げて食堂に割り振られたダンスホールへと向かうのであった。
ダンスホールに戻るとオーレリア女王とメギアストラ女王達が笑顔で談笑していた。月と魔王国との国交に関しては円満に纏まったそうだ。
「といっても貿易をするには些か離れすぎているからな」
「そうですね。技術や文化面での交流をするのが良いというお話になりました」
メギアストラ女王とオーレリア女王はそう言って満足そうに頷き合う。お互いの陣営から人材を派遣して互いの技術を学び合ったりという具合だな。二人の様子からすると大分有意義な話ができたのだろう。
俺も午前中の行動を二人に語り、童話についての話をオーレリア女王に振ってみる。記録媒体の複製をするならオーレリア女王に話をして許可を貰ってからの方がいいだろうからな。
「――というわけで、幻影劇場の題材として蔵書の童話を使えたらな、と。原作を使用させて頂く事に謝礼等も考えているのです」
謝礼というかロイヤリティというか。
「それは中々興味深い話ね。細かい条件は後で詰めるとしても、良さそうな題材を探すという事でしたら、複製に関しては問題ありませんよ」
その辺の考えを説明するとオーレリア女王も笑みを見せてそんな風に答えてくれた。
では――複製に関しては許可が下りたという事で進めておこう。
と、そうした話をしていると料理が運ばれてくる。
月の料理に関しては元々地上で色々な作物を集めて保存してきたという背景があるので、色々とバリエーションが豊富だ。米を使った料理もあるので俺としては嬉しいが。
魔力送信塔から送られてくる魔力は、住環境維持の次に食料品生産にリソースを割り振られているという事で、それなりに食生活にも融通が利くという状況らしい。
まあ、その辺の収支の関係で魔力送信塔が無い時は離宮で眠りについている月の民を眠らせたままにしておくしかなかった、というわけだ。