番外837 月都観光
そんなわけでオーレリア女王とその護衛の案内を受け、浮石のエレベーターを通り、城の上部――貴賓室のある階層へと向かう。
月の王城の貴賓室については事前にこちらの希望を聞かれていたので、それを伝えてあったという事もあり、内装や調度品の面では落ち着いた印象の部屋だった。
家具等も俺達に合わせてセッティングしてくれたという……中々に至れり尽くせりな歓迎ぶりだ。
広々としていてカウチやソファ、寝台等も大きなものを用意してくれているので、居心地は良さそうである。特筆すべきはカーテンの遮光性が非常に高い事だろうか。
「月は昼と夜の周期がほぼ半月ごと、と長いのよね」
と、クラウディアが教えてくれる。
昼期は眠る時に遮光性の強いカーテンを使わざるを得ないし、夜期も街の照明が重要なものになってくるので結局は眠るときにカーテンを使うといった具合だ。
「派手すぎず味気なくもなく……家具が素敵ね」
ステファニアが微笑んで言う。確かに派手ではないが品が良いと感じられる家具類だ。
居間と寝室。簡単な厨房。トイレ。それに大きな内風呂もついている。
特筆すべきは広々としたドレスルームだろうか。鏡台や姿見が複数並んでいて、みんなが一度に身だしなみや着替えができる。俺達の事情を色々と考えて準備を進めてくれたのだろう。
といった調子で貴賓室だけで色々と完結している。滞在中はのんびりと部屋でくつろぐ事もできるわけだな。
窓側にはバルコニーがついており、そこから街が一望できる上に、ルーンガルドも見やすい方角と……景観に関しても完璧だ。オーレリア女王の厚意はありがたい。
俺達と一緒に来た護衛の面々。高位精霊の面々――ティエーラ、コルティエーラとジオグランタ、パルテニアラ。それから魔王国の面々は、それぞれ同じフロアの貴賓室を割り振られている。
動物組も護衛という側面があるから同じ階層――というか向かいに専用の部屋を用意してくれたとの事で、色々準備万端で俺達の来訪を待っていてくれたようだ。
まあ……護衛の面々はともかく、新婚旅行中の俺達とは訪問の目的が少し違うので滞在中はやや別行動が多くなるか。
魔王国の面々は月の民と国交に関する話もする予定なので仕事という側面があるし、高位精霊の面々はジオグランタがルーンガルドの外の世界を見る為に共にやってきたという側面が強い。
ジオグランタに関しては今まで魔界しか知らずにいて、閉鎖空間だったから先々の事を心配していたからな。境界門で外と繋がり、実際に月面から外の様子を見て、色々と感動していた様子だ。
「ふふ、世界がこんな風になっていると知ったからには……安心して魔界を維持できるわ」
と、微笑んでいた。始原の精霊にとっては残せるものがあるかどうか、というのは重要なようだからな。ジオグランタも魔界やルーンガルドの外を見て安心できるのなら何よりだ。
そうして部屋を見せて貰ってから各々手荷物を置いて部屋の外に出ると、先程までオーレリア女王の護衛をしていたエスティータとディーンの姉弟と、ハンネスが廊下に待機していた。
オーレリア女王は魔界との国交の話などもあるからな。代わりに見知った月の面々という事で、エスティータ達を月の連絡、案内役兼、護衛として俺達につけてくれたというわけだ。
「私達も同じ階層に寝泊まりしておりますので、何かあればお申し付け下さい」
と、エスティータは顔を合わせた時に微笑んでいたが。他の部屋のみんなも戻ってきて、手荷物を置いた事を告げると「では、ご案内致します」と、ハンネスが丁寧に一礼し、同じ階層にあるダンスホールへと向かう。
俺達の滞在中、みんなとの食事や歓待の宴等はここで行う、とのことだ。そこにはオーレリア女王が待っていた。
「お部屋はどうでしたか?」
「綺麗だし広々としていて過ごしやすそうですね。家具類も含めて、みんなも気に入ったようです」
「バルコニーからの景色も良いわね」
笑顔で尋ねてくるオーレリア女王に、俺とクラウディアがそう答えると「それは何よりです」と満足そうな表情を見せた。
昼食についてはこの後で。夜には宴会という事で、その合間は俺達の希望に沿うようにエスティータ達が案内をしてくれるとの事だ。
「勿論、お部屋でゆっくり日々の疲れを癒してもらう事もできますし、ご希望であれば街や色々な施設の見学もできるように手筈を整えておりますよ」
そう言ってオーレリア女王は相好を崩し、エスティータ達が改めて笑顔で一礼してくる。
「そうですね……。では、部屋に戻って寛ぎながらエスティータさん達と相談させて貰おうかと思います」
「分かりました。後程お食事の席でお会いしましょう。では、メギアストラ女王。参りましょうか」
「うむ。国交についての話を進めねばな」
と、オーレリア女王は魔界の面々を連れて謁見の間へと向かう。
魔界の面々は公式な訪問。俺達は新婚旅行だからな。滞在中は夫婦水入らずという事で別行動も増えるようにしたいと、同行している面々も言ってくれている。
という訳で部屋に戻り、月の都の名所であるとか各種施設についての話を聞く。
迷宮管理者代行でもあり、月の事情を知っている俺達であるから、現状の執務関係等でない限りは大体の場所に案内の許可が下りているとの事である。
「街の外の近場ではやはり農場と牧場でしょうか。少し離れた場所にも施設がありますが、今から行って戻ってくるにはやや遠いかな、と思われます」
エスティータとディーンが観光名所の説明というか、月の観光案内をしてくれる。少し話に出ていた月の上水施設、下水施設等も領主である俺ならば技術的な面での参考になるだろうと、案内に関しては希望するなら問題ない、との事だ。
その辺は確かに……俺としては有難い話だな。こういう風に言ってくれるというのは、オーレリア女王や月の民としても、俺にそうした技術面での情報提供をしてくれる、という事でもあるのだろう。
月の民はオリハルコンの守護者を自認しているので、通常の貿易だとか、そういうところとは離れた位置にある、と思っているようではあるが。
「他には――そうですね。城の一角にも庭園があります。庭園には星を見るための展望台と天文台があって……これは各種施設より新婚旅行向きかも知れませんね」
「月の天文台は凄そうですね」
「ルーンガルドと違って大気による歪みがありませんからね。星々の観測も地上より適していると思います」
地球でも天体観測は衛星等を用いた方が良かったしな。
「離宮ソムニウムから色々と過去の記録媒体等も移されているので、城内に図書館もありますよ。閲覧に許可が必要なものは分けてありますから、気兼ねなく閲覧していただけるかと」
と、ディーンが言うと、図書館と聞いてローズマリーがぴくりと反応を示していた。
「図書館も面白そうですね」
「それじゃ、どっちにも足を運んでみようか」
エレナの言葉に俺がそう答えると、ローズマリーも羽扇で口元を隠しつつ頷いていたりして。
そんなわけでエスティータとディーンに案内してもらって、まずは城の一角にあるという庭園に向かう。
展望台があるという事で――城のかなり上層に位置する場所だ。
街が一望できる上に植物も育てられていて……水路が通っているのか噴水まである。城の上層なので規模としては決して大きくはないが、東屋や噴水等々装飾が細かく、中々風情のある庭園であった。
「ああ……これは綺麗ですね」
「ん。景色も凄い」
グレイスが声を漏らすと、シーラも遠景を見て頷く。
城の上の方にあるから、周囲を遮るものが何もない。遠くの月面の様子、街並みや星空と……はっきりと一望できて、何とも絶景で……ゆるゆると水を流れる音も相まって、何とも落ち着く雰囲気の場所であった。




