番外834 エレナと共に
イルムヒルト、ユスティア、ドミニクの公演はエレナの結婚を祝う意味合いを持ったものだ。
「新しい家族が増えて……ますますこれからの生活が楽しく、賑やかなものになりそうだってわくわくしているわ。これから一緒に楽しく過ごせるなって、楽しみにしているの」
「エレナさん、苦労してきたもんね。これからは幸せになってくれると、あたし達としても嬉しいな」
「今日の公演は新生活を祝してのものだわ。楽しんでいって貰えるように、頑張るわね」
イルムヒルトは家族として歓迎の意を示し、ユスティアとドミニクは友人として、これからの生活が明るく楽しいものになるようにと舞台に立って口上を述べる。
そうして公演が始まった。明るい音色と共に、シルクハットと蝶ネクタイという出で立ちのマギアペンギン達が舞台横から列をなしムーンウォークでもするかのように後ろ向きに滑ってくる。
今日の為の特別公演を行うという話をしていたところ、マギアペンギン達もお祝いしたいと伝えてきたのだ。だから何曲かだけ演出を手伝ってもらう、という事になった。その結果がマギアペンギン達のバックダンサーというわけだな。
リズムに乗せて、楽しそうにマギアペンギン達が身体を左右に揺らし、旋律に合わせて輪唱するように少しずつタイミングをずらして鳴き声を響かせる。マギアペンギン達の踊りに合わせてキラキラとした光の粒が宙を舞う。
そこにシリルがタップダンスでリズムを刻みながら現れ、シーラもドラムスティックを逆手に持って舞台の上からふわりと降ってきたと思うと、音もなくドラムセットのところに着地する。
ドラムスティックをくるくると回してマギアペンギン達の動きとシリルのタップダンスに合いの手を入れるようにドラムを叩いたりシンバルの音を響かせた。
シーラのドラムスティックにも先端が光の尾――軌跡を引く魔道具を仕込んであり、ドラムスティックの動きが客席側からでもよく分かる。それをシーラも分かっているからドラムを叩く合間にくるくるとスティックを回転させて光の輪を残し、パフォーマンスを見せてくれる。
楽しげな音色とダンスと共に、光の煌めきが舞う。それを見たエレナはみんなと一緒に笑顔を浮かべ、観客達も楽しそうに笑った。
舞台装置として幻影も曲に合わせて様々な景色を映し出したりと、幻影劇場の技術も色々とフィードバックされていたりするのだ。
海の中であるとか、南極をイメージした氷の国の幻影の中をマギアペンギン達が空を舞う。
境界劇場は他の楽士や歌手も公演ができるので、幾つかの背景とエフェクトを曲に応じて組み合わせるといったような応用の利きやすい仕組みになっている。招待客の面々も楽しそうに笑って、イルムヒルト達の公演は続いていくのであった。
そうして……境界劇場の公演が終わった頃にはすっかり夜になっていた。招待客は――国内の領主ならタームウィルズの別邸に泊まる予定だし、国外の面々はセオレムやフォレスタニア城に泊まったりする予定だ。
「幻影劇、すごく面白かった」
と、ダリルが別れ際に俺に感想を伝えて来てくれる。ダリルは父さんと共に、ガートナー伯爵家のタームウィルズ別邸に宿泊する予定だ。
「楽しんで貰えたなら良かったよ。ああ。ハロルドとシンシアには、旅行から帰ってきたら魔道具を届けにいくって伝えておいて欲しいな」
「分かった。伝えておくよ」
といった調子で挨拶を交わして、招待客の皆と別れる。
それぞれの場所にヴェルドガルの騎士団が護衛として付き添い、馬車が広場から走り去っていく。そうして俺達もフォレスタニア城へと向かう。
城に泊まる招待客を迎賓館に通してから眠る前の言葉を交わし……みんなと一緒に領主の生活空間である、城の上部へと早めに引き上げたのであった。
「そ、その、不束者ですが、よろしくお願いします」
着替えてから寝室へと向かうと、頬を赤らめたエレナが丁寧にお辞儀をしてくる。
えっと。そう、だな。幻影劇封切りだとか色々あったが、結婚式当日の夜だから……。そうして改めて言われると俺も顔が赤くなってしまうが。
「ん。まあ、ね。年齢とか、負担的な事も考えてゆっくりね」
と、俺も言葉を選びながらエレナに答える。世継ぎというか何というか、そうした点は真剣に考えなければいけないし、今日の幻影劇でも後継や意志の引き継ぎに関して考える場面があったからな……。
アシュレイ、マルレーンとクラウディアもそうだが、年齢的にはもう少し待ってからの方が良い、というところはあるからな。エレナも……氷の中で眠っていた期間を差し引いた肉体年齢を考えるとアシュレイと同じぐらいなのでそうなるというか。
「そ、そうなんですね」
エレナは顔を赤くしながらも、やや安堵したように目を閉じて息をつく。
「私やマルレーン様、クラウディア様もそうですからね」
「今は……そうね。一緒に添い寝したりして、少しずつ新しい生活に慣れていけば良いと思うわ」
と、アシュレイとクラウディアが言うとマルレーンもこくこくと頷いていた。
「結婚するまでそうした期間も結構長かったものね」
「確かに。ああいう期間があって結果的には心の準備をする上では助かったわね」
ローズマリーの言葉にステファニアが同意する。そんな二人の言葉に、エレナは真剣な表情で耳を傾けている様子だった。
何というか、王族、貴族の面々が多いので座学の上でそうした知識を持っていたりもするし、みんなも結婚に向けて困らないようにと知識を共有したりしていたからな。
こうして結婚したからにはそうした話はエレナも交えてという事になるのだろうけれど。
「何と言いますか……大切にされている感じもします」
「ん」
「ふふ、そうですね」
と、エレナの言葉にシーラが頷き、グレイスも微笑む。
寝台に共に横になるとエレナもおずおずと隣に来て身体をそっと横たえる。仄かな髪の香りが鼻孔をくすぐる。顔を赤くして……エレナの鼓動が早まっているのが分かる。そんなエレナの手を取ると、少し戸惑ったような反応の後でしっかりと握り返してくる。
「……テオドール様の手、暖かいです」
「うん。エレナの手もね」
小さくて細い手だ。肩も細い。刻印の巫女としてザナエルクと渡り合い、使命を果たそうとしてきた。色々と大変な思いをしてきたエレナではあるが、これからは彼女がみんなと一緒に笑って過ごせるように俺も頑張りたいところだ。軽く抱き寄せて額に口付けをすると、エレナは少し身体を堅くするも、目を閉じて身を寄せる。
そんな様子にみんなも穏やかに笑う。そうしてグレイス達も一緒に寝台で横になり、寝室の照明が落とされる。そんな調子で……夜は穏やかに過ぎていくのであった。
――明くる日。宿泊している客達と共に朝食を取り――食事を済ませて少し経った頃合いでオーレリア女王がフォレスタニア城を尋ねてくる。
今日帰る予定の招待客を見送って行ったら、俺達もオーレリア女王と共に月の新婚旅行へ向かう予定なのだ。新婚旅行の為の準備として旅支度等の手荷物も既に纏めてあったりする。
ボルケオールとカーラ、それにアルディベラとエルナータ、ティエーラ、コルティエーラとジオグランタのスレイブユニットも月旅行に同行して見学という事になっている。
「おはようございます、オーレリア陛下」
「ええ。おはようございます」
と、顔を合わせるとオーレリア女王は上機嫌そうな微笑みを見せた。
新婚旅行か。月の都があれからどうなっているのか……色々と気になる。割とわくわくしているというか楽しみだな。