番外833 物語も終わって
上映ホールに照明が戻ってきても、暫くの間拍手が鳴りやまなかった。
聖王と草原の王。二人の話は悲劇的ではあるから……目を潤ませたり、ハンカチで目頭を押さえたりしている者もいる。それに、何か感じ入るように目を閉じる者も。
「最後の場面は――本当にあった事なのでしょうか?」
「墓所の記述と表側の手記や資料を元に、できるだけ正確に再現したつもりだよ。まあ……俺の実体験や考え方の影響がないとは言えないけれど」
グレイスの質問に小さく苦笑してそう答えると、みんなも顔を見合わせ「良かった……」と微笑みを浮かべ合う。
聖王の白昼夢に現れた草原の王もそうだし。最後の戦いもそうだ。墓所の記述は聖王から見た懺悔の言葉でもあったから、聖王の主観から外れた視点も幻影劇を作るに当たっては必要だった。
資料には草原の王は最後の弓の一撃を外して聖王に撃ち抜かれた、とある。弓――宝貝の実物も調べたが性能に関しては劇中の通りだ。
だからそこから二人の本当の関係と、その気持ちを考えるなら……恐らくはああいう事だったのだろう。俺は――そう信じている。
「サーヴァ王の物語やアンゼルフ王の物語もそうですが……王たる者のなんたるかを考えさせられますね。私も……かくありたいものです」
「聖王陛下は我らが流派に連なる御仁でもありますからの」
「そうなのですか?」
シュンカイ帝の言葉にゲンライがそう答えると、カーラが興味津々といった様子で首を傾げて尋ねる。
「師父のそのまた師父の師父と遡って……まあ、そういう関係だな」
と、レイメイが応じるとツバキとジンもうんうんと頷く。そうだな。巡り巡ってヒタカの鬼達にも伝承されているという事になる。
「聖王カイエンはゲンライ老の流派の開祖と言いますか源流と言いますか。王としての執務の傍らで、術師を育て上げ、医術、治癒術等も研究を進めていましたからね。その中で跡継ぎとなる子孫とは別に高弟に墓所や本当の歴史等も伝えていたようです」
俺からも補足説明を入れる。
国が平和になれば妖魔の活動も下火になるとの事だが、備えを怠るのとはまた別の話だからな。聖王は何時か必要になる時が来ると考えていたのだろう。
実際……少し前の年代ではゲンライとレイメイは妖魔を退治して回っていたし、その後――今の時代でもヒタカでの騒動や、ホウ国の内乱に対抗する力となっていた。
そうした繋がりもあるし、今回の幻影劇で流れていた二胡のBGMはリン王女に依頼して録音したものであったりするのだ。
「おお……。それはまた……何とも素晴らしい」
大きく目を見開き、感動した面持ちのボルケオールである。
「私も……王族に連なる者として感銘を受けた」
「同じく。素晴らしい話だ」
そう言ったのはジョサイア王子。同意したのはファリード王だ。そんな様子に各国の王達も頷いたりして……。跡継ぎや現役の王としては二人の王の話には色々と思う所があるのだろう。
「術や遺産を守り伝える、というのも大事ですね」
「そうさな。境界門にも通じる話かも知れん」
エレナが納得したように頷くと、パルテニアラもそう言って笑った。
そうして幻影劇鑑賞の余韻も残ったまま、俺達は火精温泉へと向かったのであった。
火精温泉ではのんびりと風呂に入り、夕食を取るという流れだ。その後は境界劇場でイルムヒルト達の公演を見て招待客もタームウィルズやフォレスタニアに一泊していく、というような予定になっているわけだな。
「いやはや、幻影劇は臨場感があるからか、見た後の余韻が長引くな」
湯に肩まで浸かってイグナード王は笑う。
「確かに。未だに色々な場面を思い出してしまいます。良いものを見せて頂きました」
「デイヴィッドがもう少し大きくなったら一緒に鑑賞に来たいものだ」
と、マルブランシュ侯爵の言葉にクェンティンが楽しそうに笑う。
幻影劇はエンターテイメントではあるが、今現在の幻影劇のラインナップから言うと、王族や領主の規範にもなるというわけだ。
因みに、今現在の時点ではデイヴィッド王子は幻影劇を鑑賞できていない。
まあ……デイヴィッド王子もそうだが、赤子や小さな子供には話の筋を追うとか、幻術と認識するしない以前の問題として、周囲で一騎打ちや大規模戦闘が行われるというのは刺激が強すぎるからな。
そんなわけで幻影劇場には鑑賞中に子供が待っていられるよう、託児所も設置してある。
幻影劇場の託児所という事で穏やかなメロディと共に幻影のプラネタリウムやアクアリウムが立体的に映し出されて幻影が浮遊したり回転したりするので、待っている子供にも幻影を楽しんでもらったり、もっと幼い子は寝かしつけやすかったりするという仕様だ。デイヴィッド王子の乳母もよく眠っておいででしたと楽しそうに笑っていた。
しかしまあ……その辺りを色々考えると託児所以外にも子供向け、親子連れ向けのコンテンツというのは必要かも知れない。折角上映ホールもまだ余っている事だしな。
「子供や親子連れに鑑賞してもらっても楽しめる幻影劇……というのも良いかも知れませんね」
「ほほう。というと?」
「童話を元にした幻影劇の詰め合わせであるとか、子供が好みそうな題材の物語であるとか……自然や各国の名勝を体験できるとか、そういった内容ですね」
レアンドル王の質問にそう答えると「なるほどな」と感心するような反応を見せ、メルヴィン王達と共に頷いていた。
子供が好みそう、となるとヒーロー物だとか景久の記憶にも色々参考にできる内容があるが……説明が難しくなるのでこの場での詳細は省く。
上映ホールが余っていると言うなら……フォレスタニア城も余っている部屋が多い。
俺達の将来を考えた場合もそうだが、迷宮村や隠れ里の面々には子供もいるので、子供部屋を増やしてそうした機能を付けたり、孤児院の敷地にそういった施設を増築したり、というのは良さそうだ。中々悪くなさそうなアイデアなのでアルバートにも相談してみるかな。
フォレスタニアでの食事は俺達が用意したが……温泉ではセオレムの料理長ボーマンとホウ国の料理人コウギョクが協力してホウ国の料理を用意してくれている。異国の料理のレパートリーが増えるとボーマンとコウギョクは情報交換等もしているらしい。
そんなわけで……先程見た幻影劇の国の料理という事でみんな興味津々だ。
「良いお湯でした」
と、グレイス達も風呂から上がり、休憩所へ戻ってきたところで、みんなで食事だ。
迷宮産ではあるがフカヒレ等々、食材を色々と仕入れて渡したのでコウギョクとボーマンは気合を入れて料理を進めてくれた。
炒飯、小籠包、エビチリ、フカヒレスープに油淋鶏と、食欲をそそる匂いと共に美味そうな料理が次々休憩所に運ばれてくる。
「ふふ。この後幻影劇場に行くのが楽しみです」
と、それらの料理を作ってくれたコウギョクはそんな風に言って笑っていた。俺達が食事を終えたら幻影劇場で新作鑑賞というわけだ。皆鑑賞した後で内容を語りたいのも分かっているからか、ネタバレを避ける為に挨拶だけしたら会話が聞こえないように厨房に戻っていくコウギョクとボーマンである。
「ん、美味」
と、エビチリやフカヒレスープを口にして満足そうに頷くシーラ。
炒飯を口にしたルベレンシアも笑顔を見せたりと、みんな食事を楽しみながら、先程の幻影劇について色々と語り合っているようだった。
この後は――一段落したら境界劇場に向かう予定だ。ユスティアやドミニクもエレナとの結婚を祝福したいと言っていたからな。有難い話である。